それから一年経った。「私」はがむしゃらに勉強をした。…今ここで、邪教と呼ばれている 神の教えことを。破壊神。この間違った世界を滅ぼし、全てに等しく無を与える神のことを。このゆがんだ世界を 全て滅ぼせる。それが嬉しくて何度も笑った。
 そして学ぶ。ここでは禁忌の術とされているさまざまな呪術。魔物を従える術。魔の世界に繋げる術。 …邪神を召還する術。そんな様々なことを。


 そうして、ようやく準備が整った。全ての算段ができた。…まずはフェオを殺す。全てを 跪かせる。自らの血肉として取り込む。
 扉からノックの音がした。誰だかは判っている。扉が開いてマリィが顔を出す。
「お兄ちゃん?…用って何かしら?」
「…フェオの事なんだ。」
 マリィはなんの疑いもなく自分の部屋に入ってきた。…今、フェオは礼拝堂の掃除をしていて二人きりだった。
「…フェオの?そういえばフェオが心配していたわ。お兄ちゃんがずっと元気がなくて…沢山勉強しているって。 去年の秋から、ずっと…」
 ああ、あいつにはそう見えたのか。確かに秋から…マリィの気持ちを知った日から変わっていないように見えるのだろう。 …だが、今は違う。邪神と呼ばれる神の教えに心を宿した自分は、あの頃の自分とは違う。
 フェオの加護を手に入れる。その体をのっとり、ルビスの加護とやらを我が手にして…世界を滅ぼす。それは なんと素晴らしいだろう。ルビスに祝福されたものが、ルビスの世界を滅ぼすのだ。
 そのためには、あるものが必要だった。…大量の処女の血が。

 ためらいなくナイフを取り出し、マリィの細く白い首に突き刺した。
「…お、おにい…」
「違うだろう?マリィ?私たちは兄弟ではなかったはずだ。…ああ、でも心配することはないよ、マリィ。義理の 兄としてお前にだけ苦しい思いはさせない…あいつには地獄より辛い苦痛を与えよう…」
 今度は手首を刺し、心臓を刺す。その度に血があふれ、部屋中血の匂いが漂う。下に敷いてあった敷布に、その血が 溜まっていく。
 そのまま倒れたマリィをベッドまで引きずり、放り投げる。体は邪魔だ。いるのは血だけだ。
 敷いてあった敷布をはがし、血が落ちていない部分に魔法陣を書いた。




「…死?」
あまりにもそぐわないその言葉に、レオンは絶句した。
「わたくしは、ずっと貴方を待っていたわ、レオン。レオンなら、きっとここに来て、わたくしを探してくれると 思っていた。…そして、呪いを解く方法を探してくれると。アレフの姿を映し、勇者になろうとする貴方なら…」
 遠い目をしていた。空を仰ぎ、ぼんやりとしたリィンの目は、どこか遠くを映していた。
「もし、わたくしの呪いを解いてくだされば…その時はきっとレオン、貴方に抱きつこうと思っていた。」
「あ?」
 リィンの言葉に、レオンは少し顔を赤らめる。だが、リィンは意に介さずぽそりとつぶやく。… 何でもないことのように。
「…そして、貴方の腰に手を回して…剣を奪い取って、その場で喉を突こうと思っておりましたわ。ずっとずっと、 そのことだけを考えておりましたの。…王族の最後の一人として…相応しい死を迎えることだけを…」

「な…お、おま…なんだって、お前ら皆揃って…」
 口をパクパクさせて、レオンはリィンに抗議しようとした。
「わたくしは、紋章で言えば月だわ。誰かの力によって輝き…けっして自分の力で燃えることができないの… けれど、レオンは太陽だわ。貴方は、自分の力で燃えることが、生きていく事ができる…ですから、 レオン、きっと貴方にはわたくしの気持ちが…お分かりにはなりませんわ…」
 頬に、真珠のような涙が伝う。
「…お父様もお母様も…誰もいなくなって、わたくし、何のために生きればいいかわからなくなって… わたくしに出来ることなんて、もう名誉を守って死ぬことしか思いつかなかったのですもの… 人間の姿になって、かつてのムーンブルクの面影を感じながら、王族らしく誇りをもって、国に殉ずることしか…」
 その気持ちを、レオンは理解することが出来なかった。そして理解したいとも…思えなかった。
 だが『大切な仲間』がとても苦しんでいることは、理解できた。その傷がとても深いことを。
「…じゃあ、なんでお前は、今生きてるんだ?」
 それは乱暴な言葉に聞こえるが、その奥にある優しさを、リィンは感じ取って笑った。
「あの時のことを、覚えていて?」
「あん時…?」
 レオンは頭を抱える。そしてそこに浮かんだ状況を思い出す。
「ルーンが…?」
「ええ、ルーンがわたくしを抱きしめてくれて。…とても驚きましたわ。わたくしが抱きつこうとしていましたのにね。 けれど…少し予定と違ったけれど、構わないと思いましたわ。ルーンも剣を持っておりましたもの。わたくしは 確かにルーンの腰に手を回して…」
「けど、お前はそうしなかった。」
 レオンの言葉にリィンは笑う。だが、レオンはあくまで真顔だ。
「…俺にはわからねえよ。死にたいなんてそんな気持ちも、ルーンみてーに死んでもいいと思う気持ちなんて、 理解したくもねえ。…けどな、お前たちがそんな風に思ったとき、どうやったらいいのかは…俺知りたいと 思うぜ。」
「…あの時ルーンはこう言って下さった。『リィンが生きていてくれて良かった、本当に 嬉しい』って。…きっとルーンはそういうつもりで言ったのではないでしょうけれど…わたくしにはこう聞こえましたの。『 ただ生きていてくれるだけでいい。』…って。国のためにならなくてもいいって、そう言ってくれているようで… わたくし…どうしても死のうと思えなくなって…」

 呆けたように空を見つめるリィンになんて言っていいか判らず、レオンが小声でつぶやいた。
「…さっきさ、俺が太陽で、お前が月だって言ったよな。…じゃあ、ルーンはなんだ?」
「…例えるなら…水ね…全てを潤い…流してくれる…どんな醜い心も…辛い思いも… ゆっくりと流し清め…癒してくれるの…」
 リィンの目に、また涙が溢れ出す。
「生きていいって…そう言ってくださったのに…そのルーンが死んでしまったら…わたくし、どうすればいいの…何のために 、誰のために生きればいいの…」
 本格的に泣き出したリィンの横で、レオンが勢い良く立ち上がった。


「お前、女で良かったな。」
 あまりに唐突な言葉に、リィンは涙を流しながら目を丸くしてレオンを見つめる。
「俺には女を殴る趣味はねぇが、もしお前が男だったら今頃殴ってるぜ。」
「…どうして…」
 ぼんやりとそういうリィンに、レオンは怒鳴る。
「いいか!!ルーンは死なねぇ、死なせねぇ!!絶対にだ!!それからな!!お前も死なせねえよ!さっきも おんなじようなこと言わされたがな、俺はお前も好きなんだよ、好きな奴を殺そうとさせねえ、絶対にだ!!」
 その言葉に、リィンは声を上げて笑い出した。
「ふふふ、…ルーンと同じように、ですの?」
「ああ、そうだ。同じだ。二人とも大事な仲間なんだからな!」
 見ると、耳が赤くなっている。さっきまで泣いていたことも忘れて、リィンは微笑む。
「それは…とても光栄なことですわね。…きっと。」
「お前も、ルーンが大事なんだろう?じゃあ最後まで諦めんなよ。絶対にだ、絶対に助けるんだよ!!」
 そういうレオンは、先ほどの落ち込みようが信じられないくらい強気だった。怒っていたのだ。 泣いているリィンにも、落ち込んでいたレオン自身にも。
  そしてその横で颯爽と立ち上がったリィンにも、もはや先ほどの暗い影は見えなかった。
「…ええ、わたくしが間違っておりましたわね。希望がある限り、それを目指して進まなければ。 …ルーンはまだ死んでおりませんし、死なせもしないのですから。」
「よし、それでこそ俺の仲間のリィンだ。」
「それは光栄の至りですわ、レオン。」
 そう笑いあう二人の前。海霧の向こう側に、うっすらと高い何かが近づいてきていた。


   一応個別に分けますが、ほとんどこの話は次回との二部作、いわゆる「前編」です。 なんで「前編」にしなかったかと言うと…
 ちょっと休載するのにおもいっきり前編で放り出すのも…なー、なんて。えへ。文章自体は 変わらないんですけれどね。

 楽しいです、楽しかったです!こんな楽しい文章は久しぶりに書いたと言うくらい、ノリノリで 書きました!!いや、あんな文章ですけれども(笑)
 ずっとずっと暖めてたところだったので!!複線の大放出!!って感じでございまする…ハーゴンの過去もようやく はっきり書けましたし。

 それでは次回更新は2005.3/11を予定しております。どうぞしばらくお待ちくださいませ。


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