陽は洋々と海面を照らし、まぶしく光っていた。
 そしてその光の影の部分のように、レオンの顔は翳っていった。
(なんで、今まで気が付かなかったんだよ…俺は…)
 思い返すと様々なことが蘇ってくる。
 たとえばペルポイに向かったとき。船から下りるときにルーンの腕を掴んだ。
 あの感触は…先ほどの感触ととてもよく似ていた。火傷だと言っていたが…おそらく…
 デルコンダル。踊ろうともせず、握手も避けていた。這い上がろうとするリィンを、ルーンは支えようとも しなかった。…しなかったのではなく、できなかったのだ、きっと。
 そういえば、良く腕をさすっていた。腐っているのが一番ひどかった、左腕を。
 くゆる薔薇の匂い…その向こう側に腐ったような匂いがしなかったか?
 振り返れば、何度でもそれが判ったはずなのに。判ることが出来たのに。…気がつかなかった。今まで。

(くそう…)
 そもそも、あのテパへの道。目覚めた後、どうして自分はルーンを調べようともしなかったのか。 ルーンは確かにハーゴンの呪いに『触れて』いた。…自分をかばうために、左腕を犠牲にして、呪いを絡めたのを 覚えている。
(俺の、せいだ…)
 …もう先は長くないとあせった態度。…それが自分にリィンを託そうとさせたのだろう。
(それを…俺は…)
 思い出した。今頃になって。どうして自分が旅に出ようとしたか。何を思っていたか。
(フェオに、よろしくって頼まれたのに…リィンを守るんだって、俺ずっと思ってたはずなのに…なにやってるんだよ…)
 面倒なことを押し付けられたと思った。だが、それは自分の役目だったのだ。自分がそうしようと 思ったのに。思っていたはずなのに。
 一緒に旅をして。ずっと側にいて。リィンはいつも強くて、背中を任せられる仲間。自分 一人で立ち上がることができる強い戦士。…だからこそ自分が『守る』という感覚を失っていた。…それは、今も。
 何もかも、遅すぎた。自分がのんきに怒っている間に、ルーンはどれだけ苦しんだのだろう。もし、怒っていなければ 、何か気づけたかもしれないのに。
 神に跪きたい気分にさえなった。苦しくて崩れ落ちそうだった。
 それを支えてくれそうな人間は…一人しか居なかった。リィンなら、こんな自分を叱咤激励してくれるだろう。今日の 朝のように。
 この船のどこかにいるはずのリィンを求めて、レオンはふらふらと歩いた。



 船の舳先に丸まっている紫の塊を見つけた。…うずくまっているリィンだった。
「…よぉ、リィン。」
 その声に反応して、リィンは顔を上げる。リィンの顔には涙が伝っていた。
「お、お、お、お、お、まえ…何、泣いてんだ…」
 レオンの体が固まる。だが、その様子にも反応せず、力なくリィンは涙をこぼす。
「…ルーンが…ルーンが、死んでしまうかも…しれなくて…わたくし…どうしたら…いいのか…」
「な、なに泣いてるんだ…」
 その姿は余りにも弱弱しく…とても意外に思えた。
 いつだって毅然としていて、弱いところなんか、自分に見せない、見せることを恥だと思っているリィンが 泣いていて。レオンは固まるしかできなかった。
「…わたくしのせいですわ…」
 涙を流しながら、リィンが懺悔をする。
「…テパの道並でハーゴンに呪いをかけられたこと、…覚えていらっしゃいまして?…あの時、お父様と お母様の所に向かおうとするわたくしを、…ルーンは体を張って止めてくださいましたの…その 呪いに背中を見せて…抱きとめて、くださって…ルーンの体、背中が一番ひどかった… あれは、わたくしを止めた時に…」
 そういうと、リィンはまた泣き出す。
「ルーン…ルーン…ごめん…なさい…ルーン…」
 レオンはリィンが泣きやむまで、ただ見つめることしかできなかった。

「…ごめんなさい…話があって、来たんではなくって?」
 まだ弱弱しく笑うリィンはいつものリィンらしくなく、レオンは戸惑いながらそれを口にする。
「お前らしくねえな。…お前ならいつもみてーに毅然としてるかと思ってた。お前はもっと強いだろう? どうしたんだ?」
「…わたくしが、強い…?……どうして、そうお思いになるの…?」
 リィンの言葉に、レオンがひるみながらも答える。
「…ど、どうしてって…そりゃお前…なんつーか…、いつも俺を怒鳴るし…今まで 泣いたりしなかったし…」
 レオンの言葉にリィンは儚く笑った。そしてじっと海を見つめた。
「…そうですわね…。それは、わたくしが悪いのですわね…」
「…悪いって何がだよ?」
「レオンが…わたくしをそう思ってくださっていて…今まで頑張ってましたもの…レオンには強い自分しか、見せないようにって… いいえ、お父様にもお母様にも…ずっと頑張ってきましたもの…女王にふさわしい、強い自分でいられるようにって… けれど…わたくしはもっとちっぽけで…情けないくらい…」
 肩を落とすリィンに、うわずった声でレオンがフォローのように言う。
「けど、お前は犬になっても頑張ってたじゃねーか。俺たちのこと、待っててくれてたんだろう? 俺だったら…きっと、駄目だったと思う…多分、待っていられなくて、街の外に出て…死んでただろうなって 思う…」
 レオンの言葉に、リィンは苦笑した。リィンのその横顔は、消えてしまいそうなほど弱弱しい。
「…そうね、この間まですっかり忘れていたの…わたくしが何を考えてこの旅をしようとしたのか… どうして待てたのか。…わたくしが犬の間何を望んでいたのか…わたくしは…」
 リィンはこちらを向く。真顔でまっすぐにこう言った。
「…ずっと、名誉ある死を、望んでいたから…」


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