蝶の館に突入だ?

 どうやらかなりの時間を食ったのだろう。あれほど人が集まっていた館の入り口には誰もいなかった。
 玄関の扉には高価な色ガラスが、蝶の形に象られている。ノッカーも精巧な蝶の形をしていた。
「ずいぶん大きなお屋敷ですわね…それにとても綺麗…」
「ええ、祖母の趣味なんです。祖父は祖母をとても愛していましたから、調度品なんかは 全て祖母の趣味に合わせたんですよ。」
「そのばーさんはどうしたんだ?」
「ずいぶん前になくなってしまいました。…けど、祖父はその調度品を捨てずに、ずっと持ち続けてたんですね。」
 少し寂しそうに笑うエレン。
「うん、とっても愛情あふれたお屋敷だね。ちなみにー、何人くらい住んでいるの?」
 ルーンの言葉にエレンが少し考えてから答える。
「祖父の他に、住んでいたのはジャックとメアリだけです。」
「この広い館に三人だけじゃ、寂しいだろうね…」
 エレンに先導されて、三人は階段を登る。その階段も豪奢で、地方の商人とは思えない美しさだった。
「そのほかには週に2回、村の人たちがお掃除に来てくれるのと、 一週間に一度、別の街の方が食料品を持ってこっちに来る時は、一泊してくれるそうなんですけど、 それ以外にも村の人たちがちょくちょく遊びに来るんですよ。特にゼキさんや、村長さんがよく尋ねてきてくれたんです。。」
 エレンが扉の前で立ち止まる。その扉は丈夫な樫で作られた豪華な扉だった。ドアノブのところが小さく扇形に切り取られており、 その中で蝶が飛んでいる絵が書かれていた。
「…なんだ?これは?」
「鍵が開いているという表示です。鍵が閉まると蝶が花に止まっている絵になるんですよ。」
「…まぁ、そんな仕掛け、初めて見ましたわ。…ずいぶんと豪華ですわね。」
「ええ、この館全体を完成するのに8年かかったと聞かされましたわ。」
 そう言ってエレンは扉を開けた。言葉の通り鍵はかかっていない。
 部屋はとても広く、レオンたちの部屋と比べても損傷がない。おそらく元は二人部屋だったのだろう。美しい 鏡台や衣装棚があり、応接用に机と椅子も置いてある。内装は女性好みの部屋だった。
 そして鏡台の鏡を磨いていた一人の女性がいるのをみつけるや否や、エレンは怒鳴った。
「メアリ!!ここは掃除するなと言ったはずでしょう?」
 その言葉にメアリと呼ばれた女性は、雑巾を持って振り返った。茶色の髪と茶色の目、そしてそばかすの残る顔立ちには、 驚きとおびえの表情が見て取れた。
「も、申し訳ございません、お嬢様!!」
「私が良いと言うまでここに入ってはいけません。母に何か言われた時は、私に禁止されたと言いなさい。… いいですね、ここを掃除してはいけません!!」
「は、はい…」
 そういうと、ぱたぱたと部屋を出て行った。

「…良かった…まだ、これは無事ですね。」
 そう言って指差したのは、入り口からベットへと往復した、かすかな泥の足跡だった。
「…これはなんですの?」
「おそらく、犯人の足跡です。これがあるから、犯人はジャックだと言うことになりました。」
「これでか?」
 レオンの言葉に頷くエレン。
「この靴の大きさ、どう見ても男性でしょう?この館にはジャック以外男はいませんでしたから。」
 見ると確かに靴のサイズは大きかった。レオンより少し小さいくらいだろうか。
「けれど、靴の跡なんて、靴を履き返ればいくらでも偽装できましてよ?」
「それだけで犯人扱いは、いくらなんでも無茶だろ?」
 リィンとレオンの言葉に、エレンは首を振る。
「まず、事件のなりゆきをお話しますね。こちらに座ってください。」
 応接セットを指し示し、エレンもそこに座る。三人もそれに倣った。


現場検証は探偵のたしなみ?

「どこから話しましょうか…?」
「んーんと、とりあえずその日最後におじいさんを見たのは、いつだったのかな?」
 ルーンの言葉にエレンが頷く。
「はい、ではそこから話しますね。いつもは村の人たちが良く遊びにくるんですけど、昨日は雨のせいと… 実はもうすぐお祭で、その準備で忙しかったんでしょうね、誰も尋ねてこなかったんです。」
「では、昨日は五人だけでしたの?」
「いえ、ちょうど晩御飯が終わったあと、村長さんが尋ねてきたんです。お祭の打ち合わせに前々からの約束だった らしくて、メアリにお酒を運ばせて、いろいろお話なさったそうですわ。そしてお話が終わる頃には すっかり祖父は酔っていたそうです。そしてメアリに片づけを命じさせて、祖父はジャックに支えられながら、 村長さんを玄関まで見送ったそうですわ。…本当はジャックは村長さんの家まで送りたかったと言ってましたが、 村長さんは足取りがおぼつかない祖父を気遣って一人で帰られたそうです。その後、祖父を 部屋まで送り、ベットに寝かせた後、ジャックは鍵を閉めて部屋を出た…それが祖父を見た最後です。」
「その時には、じーさんは生きてたんだな?」
 レオンの言葉に、エレンが頷く。
「ジャックが部屋を出て鍵を閉めたのは、片付けを終えて、共に部屋を出たメアリも目撃しています。 そして、片づけをしていたメアリが言うには、その時には足跡はまだなかったそうです。」
「その後、みんなはどうしてたのー?」
 ルーンに促され、話を進める。
「その後はいつもどおりだと言っていました。私と母は別室だったので、母は何をしていたか知りませんが、 寝ていたと言っていました。メアリはその後晩餐の後片付けをして眠ったそうです。…ジャックは、館の見回りをして 戸締りを確認した後眠ったそうです。」
「つまり、アリバイがあるやつは、とりあえず誰もいないってことか。」
「…はい。」
 どこか口を濁すエレンに気づきながらも、三人は気がつかないふりで、話を進める。
「それで、次の日の朝のことです。いつまでも祖父が起きてこないので、ジャックが起こしに行ったら…祖父が ベットの布団の上からナイフを一突きにされて死んでいたんです。私が村長さんを呼びに言って… 村の皆がこの家に集まりました。そしてゼキさんがしばらく丹念に部屋を調べた後、みんなの前でジャックが犯人 だと言ったのです。」


 エレンの言葉に、三人の顔が引き締まる。
「一体どういう理由で、ジャックが犯人だと言ったんだ?」
 レオンが代表して、問いかけると、エレンは立ち上がり、ベットの近くにある小さなたんすを開けて、何かを取ってきた。
「これを見てください。この部屋の鍵です。」
 それは紫色の、美しい鍵だった。持ち手の部分が蝶の片羽を象っていて、宝石がはめ込まれている。これだけでも 相当な値段がしそうだった。
「どうせ盗むなら、こっちを盗めばいいのにな…」
「…なんのお話です?」
「いや、こっちの話だ。で?」
 レオンがごまかすと、エレンは鍵の先を見せた。その鍵は通常では考えられないほど複雑な仕組みをしていた。
「ずいぶんと、複雑ですわね…」
「この鍵は、この部屋の鍵であると同時に、館の扉全てのマスターキーだったんです。」
「?どういうことですの?」
「この部屋以外の鍵は、別々にあるんですけれど、この鍵があれば、どの部屋の鍵でも開くんです。逆に、 この部屋だけは専用の鍵というものがなくて、この鍵でしか開くことはありません。」
 ルーンはエレンから鍵を借り、まじまじと眺める。それは繊細にして複雑だった。マスターキーと言うだけあって、金や 銀の鍵に少し似ている気がした。
「その鍵は何本あるの?」
「二本です。一本は祖父が、もう一本はジャックが持っています。」
「ずいぶんジャックさんは信頼されておられたんですね。マスターキーを渡されるなんて。」
「本当は祖父と祖母が持っていたんですけれど、祖母が死んでしばらくして譲り受けたそうです。 もともとジャックのお仕事に、戸締り確認があったのですけれど、それまでは大きな鍵の束を抱えていたのが 楽になったと言っていました。今までは夜中にちゃりちゃりと音を立てていたそうですから。あ、すみません、 話を戻しますね。」
 ジャックの話をするときのエレンはとても嬉しそうだった。自分でもそのことに気がついたのだろう、 顔を引き締めて続ける。

「この鍵は本当に複雑で、ムーンブルクの鍵職人に依頼したそうなんです。…その方はハーゴンの攻撃に巻き込まれて死んで しまったようで、同じ鍵を作ることは不可能だと言われてます。」
 その言葉に、リィンは少し表情をなくす。
「そしてあの足跡は確かに扉から犯人が入ったことを示していると、ゼキさんは言ってました。つまり扉を 開ける事ができるのはたった一人。だから犯人はジャックでしかありえないと。」
「あの足跡は足跡として、窓から入ったって事はありえないのか?」
 レオンの言葉に首を振る。
「戸締りはジャックの役目なんです。祖父を寝かせる時に、必ず窓の鍵も閉めたと思います。 昨夜は雨でしたから。窓の鍵もかなり複雑なんです。外側から開けるのは不可能だと思います。」
 レオンが立ち上がり、窓に近づく。鍵は少し変わっていて、裏側からひねって開けるもので、仮に外から 細い針金などを差し込んでもあけることは不可能だった。もちろんどこか割れている場所などはなく、 不審な点はない。
「窓の鍵は開いていたのか?」
「閉まっていたはずです。ゼキさんがそう言ってましたから。ただ…私が村長を呼ぶ間に、母やメアリが鍵を かけなおした可能性はあります。」
 リィンも立ち上がり、ベットを見てみる。かけ布団は見られないが、シーツには穴はない。 血の跡などは残っておらず、特に異常は見られなかった。

「シーツは変えられましたの?血の跡などはないようですけれど…」
「祖父は…その、ナイフが刺さったままでしたから…それが蓋になった状態で、血は あんまり出なかったのです。」
「しかし、ナイフで心臓を一突きか…相当力もいるだろう。この村で強い奴はいるか?」
「いえ…その、平和な村ですから…もちろん農作業をしている村ですから、力のある方は沢山 いるでしょうけど、技術がある人と言うのは…少なくとも私にはわかりません。私も よそ者のようなものですから。」
「おじい様を恨んでいらっしゃった方に心当たりは?」
 リィンの言葉に首を振る。
「祖父はこの村の人気者だったと私は聞いています。ですから、私には遺産目当てとしか…けれど、 この村で借金があるという方の噂は聞いたことがないんです。もともと質素な村ですから、 もしそんな借金するような買い物をしている人がいるなら、噂になったと思うんですけど… 私より、村長さんの方が詳しいでしょうね。」
 ルーンはその横で、鏡台などを調べている。鏡台の上や、引き出しの中には宝石箱が沢山並び、 中には沢山のアクセサリーが入っている。
「これは、おばあさんの?蝶の形のが多いねー。」
「はい。祖母は蝶が大好きだったんです。」
 パタパタと、アクセサリーの箱を開けていく。
「…おばあさんが亡くなったとき、形見分けとかはしたの?」
 ルーンの言葉に、エレンは首を振る。
「祖父は祖母の物を何一つ手放したくないと言って、母にはお金を渡しました。母もそれで満足したようでした。」
 リィンは何気なく尋ねた。
「そういえば、お母様にご兄弟は?」
「いえ、母は一人っ子です。」
 エレンの言葉にリィンが頷く。つまりゼフの遺産はエレンの母が総取りになると言うことなのだ。だからこそ、 エレンは母を疑っている。
「…じゃあエレンさん、貴方にご兄弟は?」
「いえ、私も、一人っ子ですけど…?」
 首をかしげるエレンに、レオンは部屋をまだごそごそ探りながら聞く。
「そういえば、その刺されたナイフは誰のなんだ?」
「おそらく、この部屋にあったものです。蝶の持ち手がついておりましたから。ですから祖父の…もともとは祖母のものですね。」
「今どこにあるんだ?」
「ゼキさんが持っているはずです。」
「んじゃ、そのゼキって奴のところに言ってみるか。事情も聞いてみたいしな。」




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