「院長様、私はやっぱりここで神への道を歩みたいと思います。」
「それは、貴女の信じる道に、沿っていますか?」
「はい、私はここで、神に仕えたいのです。」
「ヘンリーさんや、今はまだ眠っていらっしゃるカルアさんとは離れることになりますが、よろしいですか?」
「はい、私に迷いはありません。お許しがいただけるなら…洗礼を受けたいと思います。」
「わかりました。私たちはよろこんで、マリア、貴女を迎え入れましょう。」
「ありがとうございます。」
 迷いなど、本当になかった。ここで、自分は神に仕えて生きていこう。
 この罪が完全に償えるなんて思っていないけれど、いつか少しでも犯した罪の償いを、他の人にしていけるように。 この病んだ世界が平和になるように、あの恐ろしい教団が少しでも早くなくなるようにここで祈っていきたかった。 それが、私の生きる道なのだと、マリアは信じて疑わなかった。


 カルアが起きたとき、ちょうどマリアの洗礼式が終わった。カルアも、ちょっと複雑そうな顔をしていたヘンリーも 祝福してくれた。
 二人は旅立つと言う。カルアの母親を探すたびに。ある程度の事情はヘンリーから聞いていたから、マリアは 二人にこう、旅立ちの言葉を送った。
「本当にいろいろありがとうございました。私はここに残り多くのドレイの皆さんのために毎日祈ることにしました。 そしてカルアさんがお母様に会えるようにも…どうかお気をつけて…」
 二人は嬉しそうに、そして寂しそうに礼を言って旅立って行った。
「あの方々には・・・とても大きな使命があるのですね。」
 その後姿を見送りながら、院長がつぶやいた。
「大きな使命…ですか…」
「ええ…二人とも、何か大きなものを支えていく、とても大きな使命です。…あの方々一人の腕には、きっと支えきることが できないような、大きな物を守らなければならない…そんな気がいたします。」
「そうですか…」
「あの方々に、幸運が訪れるように祈りましょう。…あの方々に大いなる神の幸運が訪れるように…」
「はい、院長様…」


 そうして、マリアは毎日祈った。兄のこと、教団のこと、そして二人の幸運を…毎日祈った。 二人のことを思い出しながら。そして・・・
 ぱっと顔が熱くなった。
 ”ここには男の服がないだろうしな。マリアさんだけでもちゃんとした服が着られて良かったよ。 そっちのほうが、ずっといい。とても綺麗だよ。”
 考えてみれば、そんなことを言われたのは初めてで。その恥ずかしさに、いきなり照れた。
(いやだ、私…とても失礼なことを言ったのではないかしら…)
 そこまで考えて首を振る。そんなことはいい。二人の幸せを祈らなければ。…それが罪を負った私に できる唯一のことなのだから。
 ただ、少しだけヘンリーの笑顔や軽口がないのが、寂しかった。
 ここは静謐で穏やかで、暖かくて、神聖で優しい場所だけれど、ヘンリーがいたときは楽しさがあったから。 自分だけではなく、ここにいる全ての人が楽しそうにしていたから。
(もしかしたら、このことなのかもしれないわ。院長様がいってらしたお二人の使命というのは…)
 いまのこの暗い世の中で、人を明るくする才能は何をおいても得がたいものだ。そうやって世界の闇を払うのが、 二人の使命なのかもしれない。
(二人が変わらないように。その明るさがいつも二人と共にあるように…)
 そうして、また祈った己が信じる、天にいる神へと。



 そして、一ヶ月ほど経ったころだろうか。二人が修道院へ帰ってきた。
 それは、あの時とは違う、なにか抱えた表情だった。
「神の塔に行きたいのですか?」
 修道女のそんな言葉が聞こえてきた。
 神の塔と言う言葉は、聞いたことがあった。ここから南方にそびえる、神がいる塔だと。そして、その 門は、真に神に仕える乙女にしか開かないと・・・
「私に行かせてください!」
 気がつくとマリアはそう叫んでいた。
 試したかった、自分がその資格があるか。神は、自分を認めてくれるのか。
 そして、少しでも手助けがしたかった。『何か』を抱えた二人のために…


 そして、道は開けた。マリアの目の前に徐々に光が差し込んできた。
「すごいな、マリアさんのおかげだ。」
「オレはマリアなら絶対できるって信じてたぜ」
 二人はとても嬉しそうに笑ってくれた。
 そういう二人に笑って答えたけれど、実際マリアは、二人のおかげだと思っていた。
 もし来たのが、この二人じゃなかったら、自分はここまで来られなかった。
 そして、この二人じゃなかったら、きっとここまで自分を信じて連れてきてはくれなかっただろう。
 信じてくれたから、その信頼に応えられた。応えるように頑張れた。
 だから、自分も信じよう。力になろう。
 この人たちが、ラインハットを救える力があると信じよう。そう思えた。そして、その信じることが、 この人たちの力になると、そう信じよう。
「あ、あの…私もう用済みですけど…でも最後まで見とどけさせてください。ヘンリーさんたちが 勝利を収めた瞬間を、この眼で見届けたいと思いますわ。」
「もちろんだよ。協力してくれたマリアにはその権利があるさ。なっ、カルア。」
「うん、危ないかもしれないけど、ついていてくれる?僕たち守るから。」
「当たり前だよ、俺が命に代えてもマリアを守るさ。じゃあ、行くぜ、ラインハットに!」
 ヘンリーが鏡を掲げ持ち、ラインハットへと赴いた。


 そうして、魔物にとらわれていた国を二人は開放し、平和に導いた。…そして、別れが来た。 ヘンリーはここに残り、王を助け、カルアは自らのやるべきことを果たすために、旅立った。
「寂しく…なりますわね…」
 そうつぶやいたマリアに、ヘンリーはあさっての方向を見ながらつぶやく。
「マリアはカルアのこと…いや、なんでもないさ。それより、もう少しだけここにいてくれよ、マリア。」
「まぁ、ヘンリー様、寂しいんですか?カルアさんとは仲がよろしかったですものね。」
 マリアがそう笑うと、ヘンリーは頭を掻いた。
「いや・・・まぁいいや。マリアも疲れてるだろ?強行軍だったし。しばらく休んでたほうがいいぜ。 修道院のほうには手紙を出すからさ。」
 マリアは少し考えて頷いた。



 そうして少しの間、ヘンリーはマリアと過ごした。忙しい時間でも魔法のように時間をひねり出し、ヘンリーは 毎日マリアの所へ会いに行った。
 できれば、長くいて欲しいと思っていた。すでにヘンリーにとってマリアは手放しがたい人物になっていた。
 ここにいて、たくさんの女性を見ていた。着飾った貴婦人に口説かれたこともあった。
 でもマリアより綺麗だと思えなかった。マリアより勇敢だと、優しいと、けなげだとどうしても思えなかった。
 …それでも口説けなかったのは、ただ決めていたから。
 ”結婚なんてしない”と。父王のように争いの種をまくのは嫌だった。今ここで結婚して、デールより早く子供が生まれれば、皇太子に 祭り上げられる可能性もある。そうすれば…またあの戦いが起こるのだ。…そんなことはまっぴらだった。…なのに。
「ヘンリー様。ずいぶん明るくなられましたのね。この国も、ヘンリー様も。みんな幸せそうですわ。教会に 訪れる方もたくさんいらっしゃいますのよ。とても・・・良いことですわね。」
 そういって嬉しそうに笑うマリアを、いつまでも見ていたくて。…ずっと側にいて欲しくて。…前に進むことも 後ろに下がることもできないまま、ヘンリーはただマリアを眺めていることしかできなかった。

 それが変わったのは、一つの噂話を聞いたからだった。
「おい、教会にいる修道女がヘンリー様の恋人だって話、聞いたか?」
「まさか、そんなことはないだろう。身元が不明らしいぞ?身分もないんだ。」
「ああ、じゃあ、ただの遊び女か。」
「そうだろうな、先王も好きだったからな…さすがヘンリー様、その血をひいてらっしゃるか。」
「でも、けっこう上質だぜ?俺見たからな。」
「おお、じゃあ、俺らも声をかけてみるか?乗ってくれたらもうけだぜ?」
 そこまで聞いて、ヘンリーは壁を叩いた。血が上る。
「お前ら、俺の友人に何をする気だ?」
「「へ、ヘンリー様・・・!」」
「彼女はこの国を救った手助けをしてくれた女性だ。…その彼女に対して、お前たちは今、どんな暴言を吐いた? 彼女が俺たちを助けてくれたとき、お前たちは何をしていた?…言ってみろ。俺の目の前で、言えるものならな!!」
 男たちの顔が真っ青になる。日ごろひょうきんで温厚、怒ることはめったにないヘンリーが本気で怒っているのを察したからだ。
「も、申し訳ありませんでした!」
「今後、そのような暴言を吐かないことをお約束いたします!」
「…当然だ。もし、お前たちが影ででもそんなことを言って、俺の耳に入ってみろ。…その体に屈辱を味あわせてやるぞ… 覚えておけ!!」
 男たちは一礼をして、一目散に去っていった。だが、ヘンリーはすでに男たちを視界にとどめていなかった。

 ヘンリーは早足で歩いた。
 自分のせいで、彼女にそんな噂を立たせた。彼女に迷惑をかけた。
(そんなことを配慮できないで、何が側にいたいだ。何が守るだ…俺は、俺は…!)
 そうして早足で教会に来た。
「ヘンリー様…お顔が…」
 どこか険をもった顔をしていたのだろうか。ヘンリーは急いで顔を整える。
「いや、なんでもないさ。」
「そうですか?それならいいのですけれど…」
「それよりさ、マリア。ずいぶん長いこと、ここにいてくれたな。ありがとう。」
「いいえ、とても楽しいです。神父様のお手伝いができました。」
「でも、そろそろ院長さんも待ってるかもなって思ってさ。俺のわがままで、いつまでもお世話になった 院長さんを困らせるわけにはいかないからさ。そろそろ帰ったほうがいいような気がしてさ。」
「そうですね。ずいぶん長い間、留守にしてしまいました。」
「うん、馬車を用意するよ。1等いいやつをさ。」
「そんな、申し訳ありませんわ。」
「いいっていいって、それくらいさせてくれよ。デールだってきっとそう言う」
「国王様にもずいぶんとお世話になりましたわ。二度ほど会いに来てくださったんですよ。」
(あいつ…俺に黙ってマリアに会いに行ったのか…なに考えてるんだ?)
 そんなことを思いながらも顔には出さない。
「それくらい、感謝してるんだよ、あいつも。だからさ。…ありがとな、マリア。」
「いいえ、そんな。ヘンリー様にそんなことを言ってくださるなんて…私のほうこそ、よくしていただいて… 本当にありがとうございました。」
 ぺこんと頭をさげた。…それが別れの合図だった。


 


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