時針のずれた時空(そら)
「アリーナさん、顔色が悪いですわよ?」
「あんた、最近寝てないんじゃない?」
「ううん、大丈夫よ。…でも、ちょっとくらくらしてるかも。…馬車に入ってもいい?」
 そう言ってアリーナは馬車へと入り込んだ。車輪の振動に身を任せ、静かに横たわった。
 クリフトはそれを静かに見守り、ブライへ小声で話し掛ける。
「どうなされたのでしょう…ロザリーヒル以来…どうも様子がおかしいようなんですが…」
「やはりロザリー殿のことで…」
 いつも青空のように輝いていた目は今は雨空のようだったし、攻撃にも張りが無い。黙り込む事が多く、 食事も残す事が多くなっていた。
「女性には辛いのかも知れませんな。しばし休ませてあげるが良かろう。」
「ちょっとライアン、それどういうこと?」
「いやいや、マーニャ殿もお疲れだろう。休まれるが良かろう!」
 にっこりと微笑んだマーニャにライアンが必死で弁解する。
「そ、じゃあ休ませて貰うわね。」
 そう言ってマーニャは馬車に上がり、アリーナの横に座る。
「…ねえ、アリーナ。なんかあるなら言いなさいよ。」
 そっと言うマーニャの声にアリーナが体を起こした。
「ねえ、マーニャさん…マーニャさんは…」
「ん?」
「ううん、なんでもない。…ごめんなさい。」
 そう言うとアリーナはまた体を横たえた。マーニャは横で頭をかきむしった。

 この気持は、なんだろう…
 最初は、目標だった。倒したかった。
 あえなくて、怖かったけど、少し残念だったのを、私覚えてる。
 お父様や皆がいなくなって、真っ先に思いついたのは、きっとそのため。タイミングが 合ってた、ただそれだけだったけど、唯一の道しるべだったから。
 ただ、それだけだと、思ってたのに…

「姉さん、どう?」
「とりあえず眠ったわ。…なんか悩んでるのかしらね?」
 ミネアの声に小声で返す。ミネアは少し考えた。
「国を失った重圧も、あるのかもしれないわね。」
「ねえ、ミネア。占ってみたら?」
 マーニャにそう言われ、ミネアは簡単にタロットを一枚ひいた。
「塔のカード…破滅…予期せぬ災難…」
「何かあったかしら?」
「サントハイムの事が尾を引いてるのかしら?…これ以上、アリーナさんに無断で詳しく調べるのは気が引けるわ。」
「そうね…」
 激しい、激しい炎を見た。戦いを求めた自分と比べるのが恥ずかしいほどの、炎。
 たった一人を求めて、生きていく姿が美しいと思った。
 知ってるつもりで知らなかったのよ。自分の中に炎を持つことが、…こんなに、苦しいなんて…

 夜、アリーナはたった一人でいつも外に出る。
 夢を見るのが怖かった。望んでしまいそうで。イムルの夜を。
(私は、塔の中でおとなしくなんかしてない。できない。)
 あの人を、ロザリーさんを見たとき、私はどう思った?
「私なら、きっと…」
 イライラした。どうしてこんな所に留まっているのか。
 望まれているのに、何もしないで祈っているのがなぜか悔しかった。
 そんな、醜い自分を、見つけたく、無かった。
 どうして、そんな気持ちになるのか、考えたく無かった。

 だけどアリーナは一人で夜を明かす。
 たった一人のことを、ただ考える。


「あれが…デスピサロ…」
「魔族の長ってわけね。」
 夢に見た、銀の髪、紅い眼。それがアリーナの頭へとしびれはいる。
(どうして?どうしてなの?)
 この人は、父を苦しめているのだ。…父は死んでいるかもしれないのだ。
(なのに…どうして?…)
 アリーナは頭を振る。
 あれは、敵なのだ。父は、必ず取り戻さなければならないのだから。
 私は、サントハイムの姫。
 父のあとを継ぎ、サントハイムの女王となる。国を立派に盛り立て、そして次代へと繋ぐ役割があるのだ。
 武者震いで、胸は高まったの。…きっとそう。
「行かなくちゃ…デスピサロは、アッテムトに行ったのよ!」
 久々に声をあげるアリーナを皆は珍しそうに見た。
 クリフトは、少しだけ嬉しそうな顔をしていたような気がする。
 だけど、アリーナの眼には、やきついた銀の髪がいつまでもひらひらと目の前をかすっている気がしていた。
 …その夜は、久々に良く眠れた。


 久々に、思い切り体を動かした。
「姫様、今日はご機嫌うるわしいですね。何かありましたか?」
 クリフトに言われ、体に心地よい疲労感があるのを感じた。
「そう?何もないわ。それよりエスタークを倒しましょ。頑張ろうね、クリフト!」
 その笑みは、とても美しく…なぜかぞくりとする色気を感じた。
「ひめさ…」
 クリフトが声をかける前に、アリーナはその場にいなくなっていた。アッテムトの奥を目指して、ただひたすらすすむ。
 弾む胸を感じる。
 また、会えるのだ。あの銀の髪をまた見られるのだ。
 …あの、紅い瞳に入ることも出来るかもしれない。だから、強く、もっと強く…
 足は、少しずつ速くなっていった。


「な…なんということだ!こ このようなことがおきようとは……! われらが長きにわたり その復活を待ち望んだ魔の帝王がおぬら人間どもに敗れただと…… ………………。 し しかし予言では 帝王を倒せる者は天空の血を引く勇者のみのはず……。お前たちはまさか……!?」
 初めて近くで見た。その紅い瞳は皆を、そして一瞬私を映してくれた。
 声は少し低くて、よく響いた。憂いを含んだ眼が、とても綺麗だと思った。
 嬉しかった。もっと、もっと映りたい。
 心のどこかで誰かが言う。「その感情は、いけないことだ」と。
 なんでだっけ?…この人は…誰だったかしら…?

 ロザリーさんが、死んだ。
 塔の中で、愛されていた人が、人間に殺されて。
 そんな夢をみて、アリーナは飛び起きた。
 あの人は言った。
「たとえこの身がどうなろうとも ひとり残らず根絶やしにしてやる!」と。
 とても、ロザリーさんを愛していたのだ。
 そう思うと、なぜか哀しくて、涙が出た。
 それから、夜がまた眠れなくなった。

(私、一体何を思った?)
 違う…こんな自分は違う!!!!
 消えない…消えない。本に落としたインクのしみのように。ただひたすら、奥へ奥へと入り込んでいく。
 振り払おうとしても、どんどん奥へと。
(デスピサロは、敵なの…!魔族、なんだから…ピサロは、ただの仇…)
 何度心の中で叫んでも、銀の髪を思い出すだけで胸がしめつけられるのだ。
「きっと…私、病気なんだわ…」
 きっと病なのだろう。自らのせいで国を失った、そのことがじわりじわりと毒のように苛んでいったのだ。
 そうでなければ、ならないのだ。だって。
(私、あの時、なんて思った?)
 ロザリーさんが死んだとき、可哀想って確かに思ったのに!
 もう片方の自分が、こう、囁いた。
(「これで・・・私も・・・」)
「なんなの、これは…ねえ!」
 叫んでも、答えはでない。ただ、ひたすら自らの声が静寂を深める。
 この気持ちは、一体なんなの?
(私は、ロザリーさんにはなれないのに。どうして、あんな事、思ってしまったの?)
 ”私なら、きっとこの塔を出て、共に過ごす”
 同じ時を、過ごしたい。共に、同じ敵と戦って、時には武術を深め合って、共に生きていきたかった。
(ピサロは強いわ…誰よりも…)
 だけど、きっと、もう後戻りできない…消えない思いにこの身を焼かれるまでは。
 いっそ消えてしまいたい…こんな自分は、苦しくて。
 でもきっと、想いは残る。この、正体のわからぬ想い。 …余りにも強すぎる想いは…この身が消えても、消えたりしないもの…


 

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