「姫様…」
 夜、眠らなくなって、もう何夜目だろう?そんなことも判らなくなった頃、クリフトが声をかけてきた。
 少し、ため息をついた。…聞きたい声じゃ、なかったから。
 アリーナは笑う。自分のこの態度が、臣下に心配をかけてるのだとわかったから。
「どうしたの?クリフト?」
「姫様が、夜に眠られていないようでしたから。心配で…」
「ごめんなさい。…ちょっと星が綺麗だったから…」
 星は、銀色で。綺麗に瞬いているから。
「笑わないで下さい、姫様。」
「どうして?本当に、何ともないのよ。」
「嘘です。」
 ごまかしたアリーナの笑顔を、クリフトは消した。
「姫様。お気づきですか?姫様が食事を今までの半分も食べられなくなった事を。今までは馬車に入るのを嫌がってられたのに、 今では洞窟の中にも入られようとしない。…どうされたのですか?よろしければ、私がご相談にのりますよ。」
 アリーナはため息をついた。…きっともう限界だと思った。自分の心に炎を飼うことを。だから、吐き出そう。 きっとクリフトは言ってくれる。私の心を安らぐ事を言ってくれる。
「ねえ…クリフト?ある人を思うと、私胸が苦しいの。…何もする気がしないの。だけどね。 苦しいはずなのに、何回も何回もその人の事、思ってしまうの。その人に会えると考えるだけで、嬉しいの… ねえ?これって…何て言うの?」
 クリフトが息を飲んだ。…みつめるアリーナの目が艶っぽく見えるのは、はたして気のせいなのだろうか?
 その言葉を振り絞るのに、今まで生きてきた中で使った以上の勇気を必要とした。
「…ひ、姫は…きっと、恋をなさったのですね…」
「恋…?」
 クリフトはうなずいた。…できるだけ、普通の顔で。
「そうです。ずっと一人のことを考えて、その人とともに過ごす事を夢見て…そう言う気持ちを『恋』と言うのですよ。」
「嘘よ!…そんな…そんなわけないわ!」
「姫?」
 いきなり叫んだアリーナにクリフトは手をかける。
「落ち着いてください、姫。」
「嘘よ、嘘よ!だって…だって私は…私はサントハイムの姫だもの…!なのに…なのに…」
「落ち着いてください…姫。身分のことなら、気になさらないで下さい…王様も、姫様が是非にと望まれるなら、きっと お許しになられます。…私も…私も口添えさせていただきますから…」
 身を切るような辛さがあった。だが、姫が他に…他に好きな方が出来たなら…自分は臣下として応援しようと、決めた。
 アリーナは涙を浮かべながら首を振る。
「嘘よ…クリフトの馬鹿!そんな事言わないで!私は…私は…」
「姫?どうなされたのですか?」
「どうしてこんなに苦しいの?恋って楽しいものでしょ?胸が締め付けられるのよ?痛いのよ? こんなの…恋なんかじゃない!」
 そう泣き叫ぶアリーナを見るクリフトの胸も、締め付けられて痛かった。だけど、ただ笑った。 自分に出来ることを、しようと思った。
「愛…と呼ばれるものかもしれませんね。姫が感じていらっしゃるのは。…恋は…愛は苦しい ものなのですよ…特に届かない想いは…」
 アリーナは泣きながら首を振った。
「そんなこと…言わないで、クリフト…私の…私のピサロへの想いが…愛なんて言わないで…」


「姫様?」
「ねえ、嘘よね?こんなの、愛じゃない。…だけど、だけどどうして?ロザリーさんを想って泣くピサロを見て、 どうして私は胸が苦しかったの?どうして、ピサロに会えた時、あんなに胸が高まったの?ねえ・・・どうして…?」
 力なく、アリーナは言葉を吐き出す。うつむいて、ただひたすら泣いた。
 力強く、抱きしめるものがあった。
「クリフ…?」
「どうして、どうしてピサロなんか!姫様、どうして…ピサロは、ピサロは王様を闇に閉じ込めたのですよ!サントハイムを 魔の巣窟にしたのですよ?なのに、どうしてピサロなのです!」
「判らない…だけどクリフト?もしピサロがやったなら、きっとお父様、既に死んでたわ。死体が 転がってたわ。ピサロは強いもの。なら、どうして死体が無かったの? きっとピサロがやったんじゃないと私思うの…。」
「それでも、それでもピサロの部下がやった事には代わりません!ピサロは、人間を滅ぼしてしまおうとしている 人類の敵ですよ!」
「でも、それはロザリーさんが亡くなったせいなのよ。人間がロザリーさんを殺したんだもの…憎んでも当然なのよ…」
「どうして…かばわれるんですか…ピサロなんかを…もしそれが、ほかの誰でも、私は姫の幸せを願う事が出来ました… そのために尽力を尽くす事ができました。…よりによってどうしてピサロなのです…」
 クリフトは、アリーナを強く抱きしめた。
「クリフト…苦しい…」
 クリフトは少し力を緩めた。そうして、想いを吐き出す。
「私は、私は、ずっと貴方を想ってました、姫様!なのに、なのにどうしてピサロなのです!皆を 恐怖に追いやっている魔族に、どうして貴方が心奪われるのです!」
「クリフ・・・ト?」
 体を離してぐっと肩を強くつかむ。そして顔をうつむけた。クリフトの涙がぽたりと地面に落ちる。
「私では…姫様、私ではいけませんか…?ずっと、お慕いしておりました…姫様…」
 もう一度、強く抱きしめた。
「クリフト…?」
「姫様…」
 ただきつく、抱きしめる。きっとそれは暖かいのだ。
 だが、アリーナは跳ね除けた。
「ご、ごめんなさい…わ、私クリフトのこと、そんな風に思った事、なくて…」
 それだけ言うとアリーナは宿へ駆け出す。
 たくさんのクリフトが頭に浮かぶ。小さい頃から面倒を見てくれたクリフト。自分の代わりに しかられてくれたクリフト。共に旅に出ると言ってくれたクリフト。回復魔法をかけてくれたクリフト。 病に倒れているクリフト。…そして、泣きながら想いを告げてくれたクリフト。
(だけど…)
 だけど、想いに答えることができなかった。自分の…心に浮かんだのは…クリフトじゃ、なかったから。


 声を抑えて部屋に入ると、同室だったマーニャとミネアが迎えてくれた。
「おかえり。」
「おかえりなさい…寒かったでしょう?」
「…起きて…たの?」
 驚いて、二人を見た。
「ずっと、心配してましたのよ。…アリーナさん。」
「仲間だしね。…ねえ、アリーナ。苦しい事があったらそろそろ吐き出しなさいよ。」
 アリーナは泣いた。ずっと悩んで一人だと思っていたから。…ずっと誰かを傷つけていたから。 暖かい、心に触れたから。

「アリーナさん、それ、本当ですの?」
「まあ、いい男だと思うけどね。…それにしたってよりによって…」
「アリーナさん…その想いは…正直私には応援できませんわ…本当に本当ですの?」
 諭すミネアをマーニャが止める。
「違うわ。想いってのは理屈じゃないわ…あんただってオーリンが、もし進化の秘法に手を出してたら?」
「オーリンはそんなことしませ…ごめんなさい、姉さん」
 同じく道を共にした仲間だったのだ。バルザックと、オーリンは。多分、たまたま道を違えてしまった、それだけだった。
「マーニャさんと同じなのかな?私… クリフトは、こういうの恋って教えてくれた。…やっぱりそうなのかな?私はずっとピサロが…?」
 アリーナの言葉に、マーニャとミネアが同時にため息をつく。
「それにしてもよりによってクリフトに相談しなくてもいいと思うけどね。」
「お気の毒ですわね…クリフトさん…」
「二人とも、知ってたの!?」
 驚いて見返すアリーナに、マーニャとミネアはそっくりに苦笑いを見せた。
「…皆さん、ご存知だったと思いますわ。」
「きっと、知らなかったのはあんたらだけよ。」
 アリーナは膝を抱えた。
「私はクリフトをずっと傷つけてたのね。…ねえ、私、どうしたらいい?」
 そんなアリーナの頭をミネアが優しく撫でる。
「アリーナさんのせいではありませんよ。」
「そうよ、気にする事はないわ。そうね…」
 マーニャは頭をぐちゃぐちゃとかきむしる。
「あんたが明日の朝、ピサロの事忘れてクリフトの手を取れば、きっと一番幸せになれるわ。」
「姉さん、さっきと言ってる事が違うじゃない!」
「事実は事実よ。…忘れられるんなら、忘れた方がいい。そういう想いもあるわ。」
 アリーナはうなずく。
「そう、思う。…だけどだめ…きっとクリフトの側にいても、私はピサロの銀の、あの銀の髪を捜すの。」
「アリーナさんは、ピサロさんと恋人になりたいですか?」
 アリーナは首を振る。
「側にいたい・・・けど、私はお父さまを捨てられない。私たちを待つ、国民を捨てられない。…そう思う反面自分が怖いの。 もしデスピサロにあったら、私はどんな事をするか、判らないの…」

「ねえ、アリーナ。」
 マーニャが据わった目でアリーナに言葉を投げる。
「あたしはピサロを倒す。何があってもね。そう決めたから。父さんの遺産を奪って、バルザックを実験台にして。… あたしは許せないと決めた。絶対に倒すと決めた。だから、もしあんたがあたし達の前に立ちふさがるなら、 あたし達はあんたを殺さなきゃいけないわ。…わかってる?」
 ミネアは一瞬抗議しようとして…やめた。それは事実だった。何があっても、デスピサロを倒さなければ ならないのだ。
 だが、アリーナはマーニャの言葉に嬉しそうな声をあげた。
「本当?本当に?もし、私がデスピサロの側についたら、私を殺してくれる?」
「約束するわ。あたしが絶対に殺す。」
 その言葉に、アリーナは息をつく。
「よかった…なら、私はきっと間違えない。間違っても、きっと滅びに手を貸すことはしない。 マーニャさん、ミネアさん、私決めた。」
 そうして迷いを吹っ切ったアリーナは、とても力強かった。
「私、この心のまま、生きてみる。苦しいけど、熱いけど…この心の炎は捨てられない。ピサロに会ったら どうするかわからないけど…きっと大丈夫。もし間違ったら皆が止めてくれるもの。」
 マーニャはアリーナの手をとった。
「そうしなさいな。多分あんたなら大丈夫。悔いの無い愛が出来るわ。…どんなに悲恋でも辛くても、 悔いさえ残らなきゃ、最後にはいい恋だったって思えるわ。そしたらもっといい女になれる。あたしが 保障する。」
 ミネアはもう片方の手を取る。
「そうね…たとえ叶わなくても、最後まで想い続ければ、きっと何かが得られます。応援する事は出来ないけれど… 見守らせていただきますわ、アリーナさん。」
 アリーナは頷いた。逃げない事をこの両手に誓う。きっと最後の瞬間も心のままに生きると、そう誓った。


 それから、いくつもの辛い想いをアリーナはした。天空城に着いたとき。エビルプリーストと戦った時。 面影を求めて、涙を流した。ピサロの辛い思いが城から伝わって、自分も苦しかった。
 そして、再会したピサロには既に恋焦がれた紅い瞳も、銀の髪も無い化け物だった。
「ピサロ…これが、ピサロ…」
 そうならざる得なかった事が哀しくて、涙の代わりにアリーナは攻撃した。
 攻撃しても攻撃しても、ピサロはさらに不気味な化け物になっていった。
 けど、アリーナは面影を探した。
 腕の動き、魔法の威力、悲鳴の響き。これが、きっと最後のピサロ。…きっと、もう会えない。
 愛しくて、辛くて、切なくて。だけど、こうするしかなくて。
 あれほど戦いたいと思っていたその結果がこの戦いだという事が、哀しかった。
 燃え盛る炎が、ピサロを、苦しみ嘆くピサロを楽にしてやれと燃え盛る。その心のままに、アリーナは攻撃を 加える。

 そして、最後の一声。
 その声は高かった。響き渡り、耳に残る。すでに泣きはらしたアリーナの赤い目に、ピサロは最後に 笑みを残していった気がした。
 少しずつ消えていったピサロの面影を、アリーナはいつまでも見ていたかった。
 遠くにガラガラと崩れる音。とっさに反応できなかった。
 さっき見た、火山が爆発するのだろうか。…ここで死ぬのだろうか?
 …それは、できない。
(ここで、ピサロと…死ぬわけにはいかないのよ。)
 アリーナは立ち上がり、そして…右につけていた炎の爪で、利き手である左手の腱を切った。
 血がだらだらとピサロが崩れていったところに落ちる。そして、それを感じながらアリーナは、マスタードラゴンに 導かれていった。

 天空城。降り立ったアリーナにクリフトが近寄った。
「姫様!一体何を!」
 そうして回復魔法をかけようとしたクリフトをアリーナは止めた。
「もう、いいの。私は戦う事をやめる。これからは戦いを捨てて、国のためだけに生きていく。… これはその決意よ。」
 戦う事は、ピサロのところに置いてきたから。もう、私は戦わない。
 そう告げる目を見ながらクリフトはアリーナの左手をそっと持った。
「姫様、私に、私に名誉を下さいますか?」
「何?」
「この左手の代わりを勤め、姫に生涯を捧げるという名誉を、私に下さいますでしょうか?私は 貴方と、国の為に生涯を捧げたいのです。」
 アリーナは微笑んでうなずいた。クリフトは、そっと血の流れる左手に口付けをした。


 サントハイム再生の女王と呼ばれたアリーナ女王。導かれし者として世界を救い、国を救った。
 冒険を終えた後は負傷した左手をものともせず、国の為に命を尽くし、サントハイムをよりいっそう豊かにし、 独身のまま、生涯を終えたと伝えられる。
 そして、その左手の代わりのように、導かれし者として旅の共をした神官クリフトが、いつも隣りに仕え、 生涯をアリーナ女王に捧げたと歴史書に書かれている。そしてそのクリフトは、 女王から「名誉ある左手」と言う称号を授り、その後にサントハイムの 忠実なる王の腹心に与えられる最高の名誉の第一人者として、その称号と共に生き続けている。


 多分、非難轟々だと思います。はっきりいって一般向きじゃない作品です。
 最後を皆さんはどう受け止められるでしょうか?アンハッピーでしょうか?理不尽だと思うでしょうか? それとも、この作品全体で「こんなのアリーナじゃない」と思われるでしょうか?
 あ、マーニャと同じじゃないか、と思った方もいらっしゃるかもしれません。はっきり言うと違います。 マーニャは、ごまかしてました。苦しいほど恋しい思いを「憎しみ」だと、思い込もうとして、実際 思い込んでました。
 アリーナは気づきませんでした。自分の気持ちが何か。怖くて気づこうとしないようにしてたと思うんですけど、 自分の気持ちに気づいた以上はその気持ちをほかのものと取り違えようとしませんでした。 アリーナは素直すぎて取り違えることも許されなかったように思います。
   読んでいただけで、ありがとうございました。

 


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