カザヤはなにやら指をくるるとまわしながら、上目遣いにつぶやく。
「勝手なお願いって言うか、こんなこと言ってもどうにもならないって分かってるんだけど、 それでも言っておきたいっていうか……とにかくお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「なによ?なんだかまどろっこしいわね。言ってみなさいよ」
 エリンはその場に立ち上がる。カザヤはじっとエリンの顔を見た。
「僕、エリンねーちゃんが好きなんだ。」
「それは知っているわ。」
 さらりとかわされるも、カザヤはそれに動じない。
「だからさ……待ってて欲しいんだ。なんていうのかな、僕がいない間他に好きな人、作らないで欲しいなって。」

 意外な言葉に、エリンは目を丸くする。
「わかってるんだよ、人の心をこんな言葉で縛れないって。でも嫌なんだ。僕がいない間にって……勝手だって 分かってるんだけど。 だからこれは僕のただの希望。言っておきたかった。言ってみたかったんだよ。……駄目、かな。」
 カザヤは再びうつむき、自分の足元を見ている。エリンは小さく息を吐く。
「確かに勝手ね。約束はできないわよ。今のところ好きな人を作る予定はないけれどね。あまり興味もないし。 心には留めておくわ。」
「……ありがとう、その言葉だけで、僕は十分だよ。」
 そういって柔らかに笑うカザヤの目線が、自分の目線とほとんど変わらないことに初めて気がついた。
 ああ、そうだ。村の人たちと違い、普通の人間は背が伸びるのだ。そんな当たり前のこと、自分はずっと気がつかずにいた。

「……エリンねーちゃん?」
 じっとカザヤを見つめていたらしい。カザヤは不思議そうにそう問いかけてきた。なんだか 恥ずかしくなって、椅子に座りなおした。
「いいえ、なんでもないわ。それよりも……そうね、すでに他に好きな人がいるということは想定しなかったの?」
 エリンはごまかすようにそう口にする。カザヤはその言葉に当たり前のように言葉を返す。
「ああ、それはいいんだ。だって今更告白とかする気ないでしょう?」
「それはそうだけ……。」
 言いかけて。そして口をつぐむ。
『今更』『告白とかする気ない』
 それは、ただ一人に対してしか、出ない言葉。

 エリンは同様のあまり口を押さえて立ち上がる。
「え、ええ、えええええ、あ、あの、ちょ、ちょっとあのね、」
 言おうとして言葉が出ない。そうこうしている内に足がもつれ、大きな音をたて、椅子ごとその場に倒れてしまった。
「エリンねーちゃん大丈夫?!」
 カザヤはびっくりして側に寄る。体のあちこちが痛い気がするが、それ所ではなかった。
「あの、違うの、そのそんなそんな想いじゃなくて、ただ憧れていたって言うか、あんな風にされたかったっていうか、 その、違うのよ!!」
「エリンねーちゃん、落ち着いて、ね?」
 カザヤは自分の側にしゃがみこみ、そっと腕を引く。だが立ち上がる気にはなれなかった。
 顔が熱い。きっと真っ赤になっているだろう。
「どうして……どうして、……皆に聞いたの?」
 意味不明な言葉だったと思う。けれど、この想いを知っているのは、遠く異世界に残してきた友と、そしてその場に いたであろう、村の皆。
「誤解しないで。あのさ、僕は何も聞いてない。前にも言ったけど、エリンねーちゃんを守っている人たちは もう気配くらいしか感じないんだ。あの人たちが僕に言ってくれたのは、村でのこととか、エリンねーちゃんが どんな風に育ってきて、こんなことが心配なんだってことだよ。そういう事は言ってなかったよ。」
「じゃあ、どうして……。」
 カザヤはエリンの横に座り込んだ。そっと手を放し笑う。
「僕がなんとなく気がついただけなんだよ。エリンねーちゃんはルウトにーちゃんが好きなんじゃないかなって。」


 エリンは顔を赤くしてうつむく。搾り出すような声が漏れた。
「どうして……。」
「どうしてって言われても……本当になんとなくだから、理由とかは覚えてないし分からないな。ごめん。」
「じゃあ、いつから?」
 そう言ってようやく顔を上げたエリンの顔は本当で真っ赤で、カザヤは始めてみたその表情を可愛いと思った。
「そうだなー、うーんと。なんかあの、幽霊船につく頃にはなんとなくわかってた、かな?」
「……ほとんど、最初からじゃないの……。」
 エリンは脱力したように、両手を床についた。
「えっと、ごめんね、でいいのかな?」
「私、そんなに分かりやすかったかしら?あの、ルウトやクレアには……。」
「それは大丈夫だよ。いくらなんでもそんな気持ちに気がついてたら、あんなに目の前でいちゃつけないよ。」
 その言葉に、安堵の息を吐く。その様子にカザヤは微笑む。
「エリンねーちゃんは優しいね。」
「……優しくなんか、ないわ。」
「エリンねーちゃん?」
 不思議そうなカザヤに、エリンは自嘲の笑みを浮かべる。
「ただの偽善よ。全部嘘、さっき言ったことも。憧れなんて嘘よ。何度も何度も考えた。どうしたらルウトを手に入れられるの かしらって。どうしてらクレアと引き離せるかって、毎日毎日考えていたもの!」
 どうしてだろう。この汚い想いは、誰にも、誰にも言うつもりはなかったのに。レットにも言わなかった。ただルウトが 好きだから、この世界にも着いていくってそう言っただけだったのに。
「クレアが一緒に来ないかもしれないって、そう思ったら嬉しかった。もう二度と会えないなら付け入る隙があるかもって ずっと思ってた。ルウトが欲しかった、あんな風に守って欲しかった。 ……ルウトに愛されたかった、優しくされたかった、守られたかった!!」
 涙があふれてきた。情けなかった。それでも止まらなかった。まるで吐きそうなほどの嗚咽。その背中をそっとカザヤは 撫でた。抱きしめるように。

「けどしなかったね。」
 優しい声。
「エリンねーちゃんにはできたはずだよ。ルウトにーちゃんとクレアねーちゃんを引き離すこと。けどしなかった。 想いを告げることも出すこともなかった。ただ憧れた。それって悪いことじゃないよ。だってエリンねーちゃんは クレアねーちゃんに優しかったじゃないか。」
「……ルウト、にきらわれ、る、から……。」
「それにクレアねーちゃんにも、ね?嫌われたくなかったでしょ?」
 エリンはうつむく。
 偽善だ。完全な偽善だ。
 それでもクレアと一緒に食卓を囲むこと。一緒に話す事。楽しかった。優しく微笑む笑みはとても暖かかったこと。
 だから、嫌われたくなかった。
 欲しかったのは、あの暖かさ。
 守られたかった。消えていくものにじゃなく、本当にある暖かさで包まれたかった。
 絶対的なものに、ずっと憧れていた。
「僕はまだ頼りないけど、けどいつか絶対そうなってみせるから。だから待ってて。」
 カザヤはするりと体から手を放す。
「年だけはどうしようもないけどさ。でもルウトにーちゃんも一応年下だしなんとかなるかなって。」
「カザ……。」
「まだ泣きたいなら泣いても良いよ。吐き出したいなら全部聞くよ。それを振り払う事はまだできないけど、 受け止めることくらいならできるから。」

 目の前が曇る。涙があふれる。
「それでさ、この世界で一番最初で見た太陽みたいな気持ちで、二人の結婚式をお祝いしよう。ね、エリンねーちゃん。」
「……私は、汚いわ……カザヤが思っているほど、綺麗な人間じゃない。……私がそうしなかったのは、 私はどうしてもクレアになれないから……。」
 何度も考えて、そして分かる。
 クレアの位置に自分が立てたとしても、ルウトは自分をあんな風に扱わない。
 ルウトはクレアだからあんな風に全身全霊を持って守るのだ。
 けれど、それでは嫌だった。それでは意味がないとそう思ってしまった。
 自分は自分に接するルウトが好きなのではない。
「私は、クレアが好きな、クレアと接するルウトが……ルウトと、クレアの二人が、好きだったの……ずっとずっと好きだったのよ… …。」
 そうしてエリンはカザヤにすがり付いて泣き出した。カザヤはエリンをもう一度包むように、ただ抱きしめた。

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