それは急な知らせであった。
 オルデガが死んだという知らせ。
 それは、城の占い師によってもたらされ、やがて火山に落ちたところを見たという目撃者まで現れた。
 彼こそが、救世の勇者。彼によってこの世は救われると誰もが信じていた人気者。だからこそ アリアハン全体は沈み込み、彼の葬式には多くの人間が涙を流した。
 そこには、ルウトもいた。幸いにしてというべきなのか、その葬式を取り仕切ったのは、ルウトの家の教会では なかったため、こっそりまぎれる形で、葬式に参加したのだ。
 クレアと、その母は泣いてはいなかった。家ですっかり泣いてしまったのだろうか。二人ともすこし目が赤い。
 それでもオルデガの父、クレアの祖父と共に、少し暗い表情で参列者に挨拶をし、葬式を進めていく様子は 立派でもあり、痛々しくもあった。
 あとで、何か言葉でもかけられたら、そう思いながら少し人が引くのを待っていた、そのときだった。
 人がざわめき始めた。人波の間から壮年の男性が現れる。それは、王宮の遣いだった。
 おそらくは、大臣だろう。王が貴族の冠婚葬祭に遣いを送ることは日常茶飯事だが、 これくらいの身分のものだと、王がそれだけ気を使っているのが良くわかる。人々はざわめいた。
 大臣は、クレアの母に弔辞を述べ、クレアもそれに頭を下げて応えた。そこまでは、みな予想の範囲内。
 だが、この次の言葉が、世界のすべてを揺るがした。
「ご報告すべきことがございます。特に、ご息女クレア様に……。」
「……私に?」
 行儀よく横に控えていたクレアが不思議そうな顔をする。
「本日、城の預言者が神託を受けました。勇者オルデガの後を継ぎ、世界を平和に導く勇者は、 オルデガのご息女であらせられる、クレア様である、と。」
 人の声が弾けた。誰もが信じられないとささやく。その言葉を告げられた勇者は、 たおやかな、剣を持てば倒れてしまうような少女なのだから。
「……恐れながら、何かの、お間違いではありませんか?」
 震えた声で、クレアの母は言う。
「この子は普通の女の子なのです!剣など握らせたこともない、魔術書など読ませたこともない、 ただの、料理好きの女の子なのです!戦いなんて、そんな、そんな、勇者なんて、とても力不足でございます!!」
「預言は絶対でございます。そこに間違いなどありえません。何よりオルデガ様のご息女様 であらせられるクレア様は間違いなく、勇者の素質を持たれた方。王も期待しているとおっしゃっておられました。」
「そんな……。」
 クレアは真っ青になっている。そんなこと、考えたこともなかったのだろう。
 大臣が去った後も、周りの皆が小声で、だが耳に届く声で噂しあう。
 本当なのか。この世界は大丈夫なのか。女の勇者なんて役に立たないだろう。 せめて男なら安心できたのに。あのやさ腕ではオルデガ同様死ぬだけだ。 当てにならない。それでも勇者なのだろう、旅立ってもらわないと。勇者である以上、モンスターを倒して もらわないと。信用できるのか。やってもらわないと困る。どうせなら息子を産めばよかったんだ。
 そんな無責任な声が響く。やがて空が暗くなるまで、ルウトはその場から動けなかった。


 国中、噂で持ちきりだった。
 大丈夫なのかという不安。勇者なのだから大丈夫だと言う期待。……大丈夫でなければならないという希望。
 そして、かの勇者オルデガでさえ潰えたというのに、あの娘ではだめだと言う、絶望。
 もちろんそれは学校でも同じこと。
 毎日まじめに学校に行っているルウトの前に、クレアが顔を出すことはなく、学校にさえ来ていないようで、 ただ、無責任な噂ばかりが蔓延していた。
「なぁ、聞いたか。」
「聞いたって、クレアって、あのクレアだろ?」
「ああ、俺すっげえ人に交際申し込んじまったんだよなー。」
「俺も憧れてたけど、勇者様じゃなぁ。」
「でもさ、クレアさんって戦えるのか?」
「剣持ってるとこなんて、見たことねぇよな。」
「なぁ、ルウト、お前、クレアと仲良かったよな?どうなんだ?」
 仲の良い友たちがそんなことを言う。
「……知るかよ。」
 吐き捨てるように言うルウトの言葉を不審に思わなかったのか、友たちはまたわいわいと噂をしだす。
「お前ら、所詮他人事なんだよな。」
 そうつぶやいて、ルウトは立ち上がり、その場から立ち去った。
 どうしているのだろうか、泣いているのだろうか。苦しんでいるのだろうか。
 こうなった以上、クレアはもう、この国にはいられないのではないか。けれど、彼女が勇者なんて、想像も つかない。
 彼女はいつも、優しくやわらかく笑っていて、勇ましく剣を振るう姿など、まったく似合ってないと思った。

 やがて、もうひとつの噂を拾ったのは、家でうんざりとした食事を取っているときだった。
「そういえば、あの、勇者の家の、トーヴィーの奥様。精神を病まれたのですってね。」
 かしゃん、と音を立てて、ルウトのナイフが落ちた。
「ルウト、行儀が悪いぞ。まったくこれだから……。」
 兄の説教など、まったく耳に入らない。無意識にナイフを拾い上げ、母の会話に耳を傾ける。
「ああ、オルデガの妻か。精神を病むってどうなった?」
「なんでも、年頃の男だとすべて娘さんだと思い込んでしまうらしいわ。女を勇者にしたてるなんて、 まっとうな母親のすることじゃないわ。そのせいでしょうけれど、そんな病にかかるなんて、心弱い証拠だわ。大丈夫なのかしらね。 ジェスト、ルウトあちらには近寄ってはだめよ。」
 母親はため息を吐きながら心無い言葉を吐くことに耐え切れず、ルウトは食事半ばに席を立った。
「こら、ルウト!終わりの挨拶くらいしろ!!」
 父親の怒鳴り声も聞き流し、ルウトは部屋へとこもった。

戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送