〜 →Restart? 〜


 最近忙しくなった。
 エリンは書類を持って、あっちこっちと歩き回る。そして、
「エリン、ちょっといいか?」
 声をかけられ、立ち止まる。貴族の一人だった。
「この書類をね、王子に渡してくれないか?」
 そう言われて差し出された書類を、エリンは受け取りもせず、ざっと読む。
「……水源と税金に関わる条例の制定……ですか。これは以前、領主の方から反対が出ていたのでは?」
「いやね、それからまた書き直したやつなんだが。」
「それでしたら、王子の秘書官にお渡しになったらいかがでしょうか?私はただの女官ですし。」
「いやいや、秘書官の方から書類はエリンに頼んでくれと言われてね。お願いするよ。」
 そう言われ、エリンは少し考えて息を吐く。
「わかりました。受け取り、お渡しするだけでしたら。それ以上は王子の方から沙汰が下ると思いますので。」
 貴族はエリンに書類を渡すと、拝みながら去っていった。

 最初は共に勉強するだけだと言われたのだ。
 だがディスカッションの一つとして、国政の問題を話し、それがまとめられ、やがて意見を求められたり、 書類を書くのを代行したり、案を提出したりしているうちに、なんだか秘書や補佐官のような存在に なってしまった。
(充実している、とは言えるのだけれど。)
 この国に良かれと思った案が、すったもんだの末了承され、今のところいい結果が得ていると知れば、やはり 充実感がある。元々この城に残ったのは、そんなことがしたかったからで。だからなんの不満もないといえばそうなのだが。
(なんだか、腑に落ちないのよね……。)
 そもそも、こんなどこの馬の骨とも知れない人間に、国政に欠片とはいえ携わらせるなど、何を考えているのか。
 王子の学友として、さまざまな行儀見習いまで仕込ませて、やるべきことではないはずなのだが。 王子はなにも考えていないとはいえ、あの国王が自分の出した案を見抜けないはずはない。
 そんなことを考えながら歩いていると、そこに王子の本当の秘書官が通りかかった。

「秘書官様。あの……。」
「おお、その顔だと書類を受け取ったようだな。」
「これは秘書官様のお役目ではありませんか?」
「そうなんだがねぇ。そっちから渡した方が、王子も早く読んでくれるし……、助かってるよ。」
 どうやらそれは事実らしく、エリンを介すと話が早いと評判を呼び、この事態になっているとも言えた。
「私のように年下の女から指図されるのが悔しいだけでしょう。」
「それにね、今あれのことがあるだろ?ついでに色々私に渡そうとするやつらが後を耐えなくてね。どうしても 知りたいそうだよ、王子の結婚相手を。」
 王子もそろそろお年頃だ。もう結婚していてもおかしくない年齢で、王族ならば最低でも婚約者をすえるべきだが、王子には いまだそれはない。それはゾーマのことで国政がゆれていたことが原因で、回復した今は、外交を優先すべきか、 それとも国の団結を深めるべきかと相談が活発に持ち上がっているらしい。
「どうやら国の中で決めることになりそうだと分かるとね。誰が候補にあがっているかつかんで、色々アプローチ したいようなんだよ。」
「そちらになったのですね。まぁ、今は外の国も落ち着いて外交をできるような状況ではありませんものね。次世代に まわした方が無難でしょう。」
「まぁ、そちらにはそんな話は振ってこないだろうから、しばらくお願いしたいところだね。」
 はっはっは、と笑って秘書官が去っていく。どうにも食えない人だと思いながら、エリンは書類を渡すべく王子の 執務室へと足を運んだ。

 書類を渡し終え、なんだかんだと王子とやり合っているうちに昼になってしまった。 どっと疲れたエリンは、久々に食堂へと向かう。
「やっほーエリン。久しぶり。」
 食堂につくと、ジーンがこちらに手を振ってきた。エリンは開いていた横の席に座る。
「そうね、ジーンの顔を見るのも久しぶりだわ。最近は自室で食事を取ることが多かったから。」
「忙しそうよね。活躍は聞いているわよ?」
「別に、ただの雑用係よ。けれど充実はしているわ。」
 エリンは微笑を浮かべて、持ってきた食事を口に運び始める。
「それで、何か用なのかしら?」
「あえー?バレた?」
「いつもの昼食の時間じゃないでしょう?」
 ジーンは照れたように笑う。
「別に待ち伏せとかしてないって。まぁ、会えるかなって思ってちょっと昼食の時間ずらしたけどさ。」
「言っておくけど、王子の結婚相手のことなら、私は何も知らないわよ。」
 エリンが冷たくそういうと、ジーンはまたしても微笑して、ちょっと困ったように言葉を発する。
「えっとー、まぁさ、そのさー、エリンって恋人、いる?」
「……突然ね。いないわよ。」
「じゃあ好きな人ってのは?」
「……いないわ。言っておくけれど相手を斡旋しようとするのはやめて頂戴ね。今はそんな余裕も気もないわ。」
 エリンがそう牽制すると、ジーンはひらひらと手を振る。
「そうじゃなくってさー。いたらやっかいなのかなっと。そういやエリンは勇者ロトの恋人だとかいう噂もあるけど。」
「まさか。」
 エリンはくすりと笑う。勇者ロトは今頃ドムドーラで生まれたばかりの娘の世話と自分の療養に必死だろう。
 休みをもらって見に行ったら、それはそれは信じられないほど小さな人間が、細く、力強く泣いていて、 命そのものに妙に感動してしまった。
 そんなことを思い出しながら、食後のお茶へ手を伸ばす。
「いや、実はさ、王子の結婚相手の最有力候補がエリンだって噂があってさ。」
「は?」
 エリンの手の中から、紅茶のコップが滑り落ちた。

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