結局悩んだ結果、ルウトは酒場に入った。腹も減っていたし、なにも考えるのが嫌だった。 適当に酒と食べ物を頼むと、団の仲間が声をかけてきた。 「なんだなんだ、珍しいな、お前が酒場に来るなんて。奥さんはいいのか?」 「いいんだよ!!」 はやされて、それに答える気力もなく、ただ気迫を込めてそういい捨てる。それを察したのか、団員たちは へらへら笑いながら、自分のテーブルに戻っていった。 (……まずい……) 多分、酒場の食事のレベルとしては普通くらいのパンとソーセージ、そして簡単なサラダは、クレアが 出してくれる食事の味の深みなど、まったく感じられない代物で、ルウトは酒でそれらを流し込んだ。 ただひたすら、黙々と腹を満たし、酒を飲み、そしてなんだかどうでも良くなったところでお金を置いて店を出る。 (……帰りたくない……) クレアを顔をあわせるのが嫌だった。 クレアに愛されたい、クレアを愛したい。それはもう、ルウトにとって当然のことで。 だからこそ、関心をもたれてないというのが辛い。名ばかりの夫なのだとしたら、これこそこっけいなことだ。 クレアの理想の家庭。そこに入る男ならば、誰でもいいのだろうか?そんなはずはないと首を振っても、 ルウトはクレアの気持ちが理解できないまま、ただ苦しむしかできなかった。 朝日のまぶしさに目を開ける。どうやら牧場の隅で寝てしまったらしい。 (まぁ、野宿なんてなれたもんだしな。) ルウトの小さな小川で顔を洗うと、そのまま団舎へと向かった。 「よぅ、ルウト、奥さんと喧嘩したんだって?」 どうやら団中に申し送られていたらしく、何人ものそう声をかけられる。 「なにしたんだ?浮気か?ばくちか?借金か?」 「なんもしてねーよ。」 ルウトはただそれだけを言って、その場を離れる。今日は何もしたくなくて、せっかくだからと たまっていた事務を片付けることにした。 意外と没頭できていたようで、苦手な書類作業もほぼ片付いたところで腹がなった。 (そういや朝飯食ってないもんあ……。) こんな時、クレアの食事を食べれば、すぐに元気になるのに。 クレアを求める。そして求められたい。そう思うのは間違いなんだろうか。 「おい、ルウト。」 「団長?」 見るといつも忙しく走り回っている団長が、こちらに笑いかけていた。 「今日弁当じゃねーんだろ?飯行こうぜ。」 ついたのは、ここの自警団御用達ともいえる、近くて安いと評判の食堂だった。 「で、お前、なんかトラブルがあったんだって?」 自分より2倍以上齢を重ねている団長は、面倒見が良く、頼りがいがあるともっぱらの評判だった。団の皆がよく相談を 持ちかけているのを見るが、まさか自分がその立場になろうとは。 「トラブルというか……ミラベルがオレにちょっかい出してきてうっとうしかったんですが、多分 解決しました。他の女団員とはうまくやってると思います。」 「そうじゃねーんだろ?女房と喧嘩したって聞いたぞ?」 団長はおもしろそうににやにや笑っている。面倒見が良く頼りがいがあるというのは、裏を返せばおせっかいかつ野次馬 気質なのだろう。 「まぁ、女房と喧嘩するなんてよくあらーな。俺も若い頃はそりゃあもう、家中の皿を割られるくらいの 喧嘩をしたもんだ。」 「はぁ……。」 クレアとは喧嘩などしたことはない。たいていのことはクレアが、自分についてきてくれていたおかげなのだろう。 「けどな、喧嘩はしとくべきだぜ。それが若いうちならなおさらだ。」 「喧嘩なんてしないにこしたことはないでしょう。」 そういいながら、ルウトは茶を飲んだ。腹がなったはずなのに、なんだか食事を取る気になれなかったのだ。 「そりゃ、四六時中喧嘩してるのはあれだがよ。喧嘩ってのは究極のコミュニケーションだからな。」 若いな、と笑いながら団長は言う。 「コミュニケーションなんか他でも取れると思いますけど。」 「違う人間なんだから、違う考えがあるだろう。それがどうでもいいことなら、たいてい譲り合って側にいるもんだ。 喧嘩ってのはそうじゃない時に起こるんだな。意味分かるか?」 「はぁ……。」 「だからだな。お互いの大事なことが良く分かるってことだ。そうやってやりあって、分かり合って 相手を知っていくもんなんだろうな、人間関係ってのは。相手が大事ならなおさらだ。」 ルウトは金を置いて席を立つ。 「団長、オレ今日早退してもいいですか?」 「おう、特別だ、明日も休みにしておいてやる。女任せっきりにしてた俺たちにも責任があるからな。 明後日からは働けよ。」 ルウトはその言葉を聞くと、身を翻して走り出した。 そうだ、クレアはいつも、自分の側に寄り添って、自分に合わせてくれた。いつだって自分の意見を聞いてくれた。 けれどそれでもどうしても、意見を動かそうとしないこともあった。クレアはあれで、一度決めたことには 頑固で。その芯の強さも好きだった。 そしてそれは、クレアにとって、本当に大事なことではなかったか。 考えてみればどうでもいいのならば、それこそ自分に寄り添った振りをして、言葉を重ねればよかった。 それをしなかったのは、それが大切で、そしてきっと。自分が大切だからだ。 旅立つと決めた時。クレアは決して引こうとしなかった。あの時と同じ強さで。 ああ、自分はなんて愚かなんだろう。 自分の考え、自分の価値観に相手を押し込めて決め付け、罵倒する。 それはかつて嫌っていた、自分の親兄弟と同じことだ。 相手を信じもせず、突き放した自分こそが、愛していなかったのだ。 「クレア!!」 玄関を開け、大声で呼ぶ。すると、テーブルに突っ伏していたクレアが、顔をあげた。 「お帰りなさい、ルウト。」 「クレア……ごめん、ごめん。オレ、ひどいこと言った。」 「いいえ、ルウト、私も、ルウトを傷つけてしまいました。」 「クレア、……ずっとここにいたのか?」 良く見ると、クレアの頬に、しわがついている。 「ルウトが、帰ってきてくださった時、出迎えるのが私の役目で、喜びですから。あ、でもご飯まだないんです。 すみません。」 「いや……昨日の晩飯、残ってたら食わせてくれるか?そんで食べて、寝て、そしたら話そう。」 そうして二人は、冷めた食事をこの上なくおいしく食べ、そして二人で眠った。 こんこんと眠り、そしてルウトが目が覚めたのは、夜半すぎだった。隣にクレアがいないことを 確認すると、居間へ向かう。 「ごめんなさい、起こしました?」 「いや、自然に起きた。クレアはいつから?」 クレアが台所から茶を持って出てくる。 「半時ほど前です。少し落ち着かなくて、お皿を洗っていたんです。」 「そっか。……なぁ、オレ達ってさ、喧嘩、したことなかったよな。」 ルウトは椅子に座り、クレアにも座るように促す。クレアは持っていたポットでお茶を入れてから、向側に座った。 「そうですね、いつもルウトは私のことを尊重してくださっていましたし……ですから、ごめんなさい。 貴方を傷つけてしまいました。」 「違うって、オレが傷つけた。クレアはいつだってオレの意見を聞いてくれるだろ。そんで たいていのことならそれにうなずいてくれるだろ。」 「そんな……。ルウトのしてくれることは、正しいって思いますから。」 クレアが謙遜するように首を振る。ルウトは微笑む。 「だからさ……今回クレアがオレの言葉にうなずいてくれなかったのはそれがクレアにとって、大事なことなんだなって。でも オレにはわからないんだ。だから教えて欲しい。クレアはオレを独占したいって思ってないのか?」 そう問われ、クレアは少し困ったように笑う。 「……ルウトは私にたくさんのものを下さいました。その上、私をこうして妻にしてくださって、私は もうそれ以上望むなんておこがましいこと……、」 「そうじゃなくてさ。オレに対して悪いとか、そういうことじゃなくて、 クレア自身の心が聞きたい。妻とか、そんな立場とかじゃなくてさ。 たとえばオレが他に彼女とか作っても『クレア』にとってまったく傷つかないのか?なんともないのかってことなんだ。」 そういうと、クレアの顔が苦悩に染まる。 「それが例え我慢できるかも知れないけど……。いや、たとえまったく平気って言われても、オレはクレア一筋だけど。」 「…………。」 あせったように言うルウトに、クレアは何も言わない。ただ、とてもとても困ったような顔で。その顔は 覚えがあった。それは、母親がらみの困った顔だった。 「クレアが言えるようにでいいから。……頼む。オレは、クレアが知りたい。」 「……小さい頃、寂しかったんです。お父さん、いつも家にいませんでしたから。それに不満を覚えて、 お母さんに話したら、お母さんに諭されたんです。妻たるもの、たとえ夫が外でどんなことをしていようとも、 信じて家を守りなさいって。夫のすることに口出しするなんてとんでもないって。それがたとえどんな裏切りで あろうとも、最後に家に帰ってきてくれるのならば誇らしいことで、ましてお父さんは世界を救うために 家を出ているのだから誇りに思いなさい、って。」 オルデガは称えられて、世界中を回っていた。当たり前のことだが、その分二人は寂しい思いを していたはずだった。 「お母さんはすごいなって思ったんです。私もこんな風になりたいと。お母さんみたいになれたら、 きっとお父さんみたいな人のお嫁さんになれるんじゃないかって。お母さんは……私がふがいない せいで壊れてしまったけれど、それでも私も、ああなりたいって、思っているんです。」 遠く隔たってしまった世界。あの世界に大切なものなど何もない自分と違い、クレアには大切なものがあって。それを 大切にするためには、もうそんなことしかできないのだと。 「……そっか、ごめんな。」 遠く隔たらせてしまったのは、ルウトだ。オルデガを送り返し、そしてクレアをこの地にとどめたのは。それでも 手放すなんてできなかった。 「いえ……。あの、ルウト……。」 ルウトの寂しげな顔を見て取ったか、クレアはとてもためらって、そして口にした。 「こんなことを言うと、その、怒られてしまうかもしれないんですけれど、」 「なんでも聞きたい、言って欲しい。」 「その……私、ルウトが勇者じゃなくて、良かったって、思うんです。」 「ん?」 「お父さんは、その、私世界にとられてしまったみたいだって、小さい頃すねたりもしたんですけれど。……ルウトは 勇者ではないからずっと側にいてくれますから、嬉しいんです。」 「クレア!!」 ルウトは立ち上がり、座っていたクレアを抱きしめた。 「ありがとう、クレア。オレはどこにもいかない。必ずクレアの側に帰ってくるから。」 「はい。」 「いろんなことしような。休みに畑作ったりとかさ。」 「はい。」 「喧嘩もしような。悪くないって思ったから。クレアの心を聞けるならさ。」 「はい、ルウト。私の心も、いいえ、私の全てがルウトのものです。側にいてください。それだけで私は 世界一、幸せになれますから。」 |
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