「こら!廊下は…」
 教師の声がドップラー効果に聞こえるほど、レオンは走る。ひたすら走る。逃げ場所にめぼしはついていた。 放課後、時々入り浸ってお菓子などを食べていた場所。あそこならだいたい常時人が居るし、 あいつが出没するとは思えなかった。

 ついたのは、文化部棟と呼ばれる、文化部の部室が立ち並ぶところ。棟の端、「チェス部」と プレートがついた扉をがらりと開ける。
「あ?レオン先輩、昼にいらっしゃるなんて珍しいですね。」
「部長は教室ですよ。ここに来るかどうかは知りませんが…」
 すでに昼ごはんを食べながら一局打っていた二人の部員が、レオンの登場に手を振った。

 慎重に扉を閉め、息を整えながら部員に言う。
「ああ、いいんだ。ちょっと匿ってくれ。」
 ここはチェス部室。レオン自身は帰宅部だが、部長が友達で、レオン自身もチェスは好きなため、 時々入り浸る場所だった。部員ともたいてい顔なじみで居心地がいい。
「匿ってくれって…レオン先輩、何したんですか?」
「この前みたいに、また人体模型を屋上からバンジーさせたのがばれたんですか?」
「ああ、それともおとついプールに、でかい紙の船を浮かべたのってレオン先輩だったとかですか?」
「いや、先輩のことですから、教頭のかつらを金髪に染めたとか!!」
 好き放題に言いまくる部員にヘッドロックをかける。
「おめーら、俺を何だと思ってやがる!!いや、まぁプールは俺の仕業だけどよ…」
「あー、やっぱり!絶対先輩だと思ったんですよー!植物部のプランターをミステリーサークルの形にしたのも 先輩ですか?」
「いや、それは俺じゃねえ…って、そうじゃなくてだな。追ってるのは先生じゃねえから。」
 そう言いながら弁当を広げる。後輩は少しつまらなそうな顔をした。
「そうですか…あ、じゃあ、またリィンディアさんに何か怒られてるんですか?」
 学園一の美少女と謳われる幼馴染を思い出し、レオンは首を振る。
「ちげーよ!!まぁ、とりあえず昼休みここに居させてくれ。」
「いいですよー、あとで一局打って下さいねー」
「おーう」
 部長ほどの腕前ではないが、レオンはチェスが好きだった。この部員たちなら「指導」ができる程度の腕前が ある。快く頷いて、目の前の弁当を片付けることに専念しはじめた。
 がらりと扉が開く。
「レオーン!お客さんだよーー!!」
 にっこりと笑うチェス部の部長、ルーンの後ろに、にっこりと笑うオストが立っていた。


「レーオーン、見つけたぜー!さあ!俺の頼みを聞いてくれ!!」
「絶対嫌だ!!ルーンの裏切り者!!!」
 恨みの視線を投げかけると、ルーンが首をかしげた。
「もしかしてー。つれてきたら駄目だったの?」
「俺は、こいつから!逃げてたんだよ!!」
「でもー、オスト先輩、二年の僕の教室まで来てたんだよ、とっても困ってたんだよー?」
「俺だって困ってるんだ!!こいつにしつこくしつこく迫られてだなぁ!!」
 レオンがそう怒鳴ると、横で聞いていた部員二人がぼそぼそとつぶやく。
「やっぱり…」
「レオン先輩、その筋の人には人気あるっていうもんなぁ…」
「ああ、知ってるか?柔道部の部長、ひそかにレオン先輩の顔写真持ってるんだってさ。」
「そうなのか?俺は隣の男子校にレオン先輩のファンクラブがあるとか聞いたぞ。リィンディアさんの ファンクラブと併設らしい。」
「そういや、その系統が好きな女の生徒は、うちの部長と組み合わせるのが好きらしいぞ。」
「あー、部長ってそんな感じだよな。ちょっと線細くて女顔だし、レオン先輩と別系列の美形だもんな、 わかるわかる。」
 なにやら聞き捨てならないことを言っているような気がしたが、精神衛生上、それは聞かなかったことにして 怒鳴る。
「ちがーう!!こいつは俺に!剣道部の練習試合に出てくれって頼んでるんだよ!!」
「まぁ、そうでしたの?ところでレオン、廊下まで響くような叫び声をあげるのは、わたくしたち生徒会にも迷惑 ですわ。」
 からりと扉が開き、幼馴染の後輩、リィンディアことリィンが姿を現した。

「うるさくて困りますわ。端の生徒会室まで声が響きましてよ。」
「リィンディアさん…」
 その美貌は学園随一。全生徒の憧れの人、リィン。その出現に部員たちは色めきたった。
「ごめんなさいね。わたくしもお邪魔させていただいて、構わない?」
 にっこりと笑ってお願いすれば、断る男など誰も居ない。後輩たちはこくこくと頷いた。
「お前、何しに来やがったんだよ。」
「うるさくて生徒会の仕事どころではありませんでしたもの。でしたらせっかくだしお邪魔させていただこうかと思いまして。」
「んな野次馬、邪魔なだけだ、帰れ帰れ!!」
 冷たく追い払うが、リィンはにっこりと笑う。
「ねえ、ルーン。わたくし、お邪魔かしら?」
 レオンとルーンとリィンの三人は、遠い親戚筋にあたる幼馴染だった。当然、リィンはルーンの人柄をよく知っている。 人の頼みを断るような真似はしないと。
「ううんー、僕は別に構わないよー。たくさんでご飯食べたほうが楽しいしねー。リィンとご飯食べるの、久々だねー。」
 予想通りの答えにリィンは満足げに頷き、レオンは頭を抱えた。
「お前、男の友情はどこにやったんだよ…」
「まぁ、どうしても、そちらの先輩とのお話し合いに邪魔だと言うのなら去ってもよろしいですけれど? そんなにスムーズに話を運ばせたいの?レオン?」
 勝ち誇ったように、リィンがにっこりと笑う。所詮リィンに勝つことなど不可能だとレオンは悟った。
「あー、もう勝手にしてくれ…俺は飯を食うからな!!」
 外野を無視して弁当をかっ込むことに、レオンは決意した。


「それで…確かこの夏まで剣道部の部長だったオスト先輩でしたわよね?どうして練習試合にレオンを出したがってますの?レオンは そもそも部員ではなかったはずですし、オスト先輩も引退なさっているはずでしょう?」
 リィンの言葉に、今までレオンに迫っていたオストはでれでれと笑う。
「リィンディアさんが、俺のこと知ってるなんて意外ですね。うちの剣道部弱いですから…」
「一応生徒会の一端に携わるものですもの。たとえ弱くても真面目にやっていらっしゃることは、生徒会 一同、よく知っていてよ。ですのに、何故部外者のレオンを?」
 リィンの疑問はもっともだった。男は言葉に詰まる。
「そういやそうだよな。お前、不正とかするタイプじゃねえのに。」
「レオンってば、何も聞かずに断っていらっしゃいましたの?」
「お前な、んな事言うけど、朝俺の下駄箱の前で待機してる男が、突然『来週剣道の試合に出てくれ!俺を 助けると思って!』とか言いながら腕をがっしり掴んできてみろよ。とりあえず逃げることしか考えられねえぜ?」
「あははー。びっくりしたんだねー。」
 和やかに話す三人の横で、オストは少し暗い顔をしている。
「ねえ?大丈夫だよ?話してくださいー。」
「いや、そんなたいしたことじゃないんだ。」
 オストはそう前置きして、話を進めた。

「やめたがってるんだよ、うちの部員…俺は、もう現役じゃないから、うちのって言うのはおかしいけどさ。 何でかって聞いたら勝てないからだってな。」
 ぼそぼそと語るオストは、どこか優しさにあふれていた。
「そんなに悪くないんだ、あいつらは別に弱くない。…ただ、めぐり合わせとか、運とか…大将の俺が弱いから 勝てなかったんだ。だから、一回でもいいから勝たせてやりたいんだよ。」
 そう言って、ぐわりと顔を上げ、レオンを見た。
「去年お前と授業の剣道の試合をやって惨敗したのは、俺の思い出の中で一番悔しい記憶だ!けど、 だからこそお前に頼みたいんだ!頼む!一回でいいんだ!!」
「俺は、授業以外剣道やってねーんだぞ!!負けるのがオチだ!!」
「あら?レオン、剣道の段持ちのおじい様は居ないことになっておりますの?」
 リィンが余計な事をにっこりと笑う。レオンの祖父は『健全な肉体には健全な魂が宿る』をモットーにしている人間で、 家には大きな道場があり、幼いころは師範の資格を持つレオンの祖父が毎日レオンをしごいていた。
「余計な事言うな!!いーやーだー!!俺は土日は昼過ぎまで寝るって決めてるんだ!だいたいあんなくそ重い防具付けて 歩き回るなんてかったるいんだよ!」
「低次元…」
「あははー、レオンにとっては大切なことなんだよー。」
 レオンの言い分に、リィンとレオンはそうコメントを加える。
「だいたい、そんなことしてもなんにもならねぇし、部員以外の人間にやらせるなんざ反則だろうが!」
「向こうの大将は剣道の特待生なんだ!反則みたいなもんだろ!一時入部でいいんだ!!頼む!!」

しかたねーな   絶対絶対嫌だ!!  

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