「へえ…」
 ラグにとっては初めて聞く話だった。外の伝説や噂話といったものにまったく今まで触れてこなかったラグにとっては、 とても新鮮で、心躍るものであった。
「きっと強いんだろうな…。」
「それはもう!しかし剣や魔法の腕前が強いだけではきっと勇者であるとは言わないでしょう。大切なのは心の強さです。 勇者は人々の希望。人々の一番前に立つものなのです。揺ぎ無く、迷わない、常に正しい事を行い、 弱きを助け、前のみを見て生きていく。そんな強さがきっと勇者を呼ばれる所以でしょう」
「凄いんだな…勇者って…」
 ラグは、憧れたようにぼそっとつぶやいた。
 人には聞こえぬその呟きを、まるで確かに聞き取ったかのように、吟遊詩人は笑う。そして、 同じ大きさの声で、返す。
「けれど、はたして人間に、そのような事ができるのでしょうか?それに 勇者といえどもただの人。ましてや子供の時ならば、きっと…」

「ラグ!!!」
 吟遊詩人の話をさえぎるように、宿屋の主人が扉から出てきた。
「おじさん?」
 今まで見たことのない、怖い表情。いや、主人だけじゃない、村の住人の誰かが、こんな顔をするなんて、 初めて見た。主人はラグが開けた窓を閉め、周りを見渡した。
「どうしたの?おじさん。僕はいま、あの人に、外の話を聞いてたんだよ?」
「ああ、そうなのか。あの人を見たのか… あの人が村の外に倒れていたとき、村の掟を判ってはいたが、ついつい助けてしまった…」
 罪悪感を帯びた目。ラグは村の外に出たことは無いが、たまに外に買出しにいく人たちには絶対の掟が あった。それは、”村のことを誰にも知らせてはいけない。”宿屋の主人はその事を気にしていたのだ。
「でもおじさん、困っている人がいると助けるのは当然でしょ?おじさんはいい事をしたんだと思うよ?」
「ありがとう、ラグ。しかし、掟を破った事で災いが起こらねばいいが…」
「大丈夫だよ、おじさん。それにあの人いい人だったよ?話、楽しかったし」
「そうかよかったな。ん?ラグの手に持ってる物は何だ?」
「あ、やば。じゃあ、おじさん、そろそろいくよ!大丈夫、内緒にしとくからさ!じゃね!」
 ラグは走っていった。後ろからの心配そうな目と、そして妖しい邪気に気づかずに。

 ラグは今度こそ急いで、村の奥にある池に走っていった。そして村の真ん中にある、花畑にさしかかった。
「まずいなあ…父さん、待ってるかな…」
「ふふふふ、相変わらず、落ち着き無いのね、ラグ。」
 花に隠れるように、花畑の真ん中で眠っていた幼馴染のシンシアが、ゆっくりと上半身を起こした。
「あ、シンシア、こんな所にいたんだ…みてたの?」
「ええ、ラグが剣の師匠に一閃されるところもね。」
「うわーー、かっこ悪いところ見られたなあ…」
「ラグはいつだってそうじゃない。」
 シンシアはくすくす笑いながらからかってくる。 ラグは少し頬を膨らませ、言った。
「そんなこと無い…と思うよ。昔みたいにシンシアで剣で負ける事はないし。魔法じゃ…まだ適わないけど」
 物心つく前からラグはシンシアと剣と魔法を教わっていた。 もっとも昔はエルフであるシンシアも教師だったが、ラグは10歳になった頃からは共に教わるようになっていた。
「そうね、ラグ、とっても強くなった。かっこいいわよ。」
 シンシアはそうやわらかく微笑み、空を見上げた。

「空がとっても綺麗。風も爽やかだし。」
「ここはシンシアのお気に入りの場所だもんね。」
 そう言ってラグはシンシアの隣に座った。
「ええ、空は雲を運び、鳥は静かに鳴いているの。平和…」
「この村はいつだって平和だよ。いままでも、これからだって、絶対。」
 そう笑っていうラグに、シンシアは顔を少し曇らせた。
「判ってるわ。でも、怖いの。平和すぎるからかしら。なんだか、嫌な予感がするの…」
「大丈夫だよ、シンシア。もしモンスターが襲ってきても、僕がシンシアを守ってあげるよ。 こうみえても、どんどん上達してるんだよ。」
「ええ、知ってるわ。私はいつだってラグを見てるもの。…ねえ、ラグ。」
 シンシアは真剣な表情で、ラグに話し掛けてきた。
「さっき、宿屋で何してたの…?」
「ええ?そんなとこも見てたの?」
「私はいつだってラグを見てるのよ。隠し事、しないで」
 ラグはしばらく悩み、結局こう言った。
「ごめん、僕はたいしたことじゃないと思うんだけど、宿屋のおじさんに約束したから、誰にも言わないって。」
「そう…それなら、しょうがないわね…」
 うつむき、ひどく落ち込んだように見えるシンシアを見、ラグはあせりながら言葉を重ねる。
「本当に、ごめん。僕もシンシアに隠し事なんてしたく無いんだけど…」
 そういうとシンシアは顔をあげた。
「いいのよ。それに私だって、ラグに隠し事、あるもの。」
「え?なんだよー?」
 やっと笑顔になったシンシアに、ラグはほっとしながら尋ねる。平和の象徴が、まさにここにあった。
 ラグはほっとした。シンシアは笑ってるのが一番綺麗だから。もちろん愁いた顔も、綺麗だと思う。だけど、 笑っていて欲しい。

 ―この感情をなんというのか、少年はまだ知らない。―

「秘密よ。ラグにだって秘密があるんですもの。」
 シンシアはくすくすと笑いながら答えた。そのあと、ゆっくりラグの顔を見、 真面目な顔をして、こう言った。
「私たち、いつまでもこうしていられたら、いいわね。」
 唐突に言われたその言葉に戸惑いながらも、何も疑いもしない未来を答えた。
「なに言ってるのさ、シンシア。僕たちはいつだっていっしょじゃないか。」
「ええ、そうよね。…何があってもいつまでもいっしょよ、ラグ。」
「約束するよ、シンシア。僕はシンシアから離れたりしないよ、何があっても絶対に。」
「ええ、…あら、太陽が真上だわ。もう、そんな時間なのね。」
「うわ!」
 ラグははじかれたように起き上がり、お弁当をもった。
「お父さんに届けなきゃ!きっとおなか減らしてるよ!」
「いってらっしゃいー」
 走っていくラグに、シンシアはくすくす笑いながら手を振った。そして、手を下ろす。
 (いつまでも、ずっとこうしていられたらいい。それは思ってはいけない事かもしれない、けれど… それでも、私はラグ、あなたと一緒にいたい…)


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