そして皆の別れの言葉を聞きながら、村の奥の倉庫に連れられるラグを、シンシアは遠くで見ていた。 自分は今、お別れが言えないのだ。そういう役割だからだ。それに、自分が戦うと言ってしまえば、ラグは 決して隠れたりはしないだろう。かといって一緒に隠れるわけには行かないのだ。ラグを 守る為には―。
 チガウ。心のどこかで声がする。自分は、そんなに物分りが良くなかった。認めたく、なかった。 別れを。決別を。何度も思っただろう、もしもラグが、勇者でなかったら、と。そうしたらずっと、 ずっと一緒にいられたのに…けれど。もしもラグが勇者でなかったら、 自分はラグに逢えなかった。逢えてよかったと思う。だから、これは受け入れるべき宿命だ。

「さあ、もうすぐだ。来るぞ。」
 剣の師匠がそう言う。どうやらラグは、無事隠れたようだ。そう判っていても 聞かずにはいられなかった。
「ラグは…どうでした?」
「呆然としていたよ、無理もない。あいつは何も聞かされていなかったんだ。これだけ情報を詰め込まれては しばらく何も考える事もできまい。私に渡される荷物を持ったまま、暗い顔をしていたよ。」
「そうですね…終わった時、ラグは旅立つ事ができるのでしょうか…」
「この17年間、短い間だったが、やれる事は全てやったさ。あとはこれから、私達がやれる事をやるだけだ。」
 その言葉にいつのまにか集まっていた村人が口々に言う。
「そうじゃ、あやつはわしの弟子じゃ!どうして旅だてんと思う。」
「あいつは私の息子だ。私の今までをみて、育ってきたのだ。きっと旅立つさ。それだけの行いを、私はしてきた自信がある。」
「私たちはラグを信じているさ。」
 誰一人として言わなかった。『勇者だから』と。それは別れで余りに辛い言葉を言ってきた反動だろうか。 そしてそれは誰しもの本心なのだ。

 地響きが聞こえる。もうまもなくだ。皆も身構える。
「シンシア!お前は隠れておけ!できるだけ、お前の出番を作りたくない!だが…いざという時は… 頼んだぞ。」
 戦いの作戦を簡潔に言いながら、剣の師匠はシンシアに言う。
「待ってください…せめてこれを…」
 そう言って、シンシアはスクルトを唱えた。気休めかもしれない。けれど、何でもいいから役に立ちたかった。
「ありがとう、でも魔力は取っておけ。いざという時には…判っているな。」
「はい、わかっています。皆さん…合図を忘れないで下さい…」
「忘れた事などないさ、あいつに逢った時からな。」
「あいつは、我らの誇りだ。何を忘れても、忘れないよ。」
 皆が次々に同意していく。力強い声。17年間恐れていた事が来たというのに落ち着いていた、哀しいほどに。
「よし!いくぞ!」
 そういって師匠は鬨の声をあげた。皆が答える。

 
― そして、魔物たちの姿が見えた ―


 戦況は、圧倒的に不利だった。いまだ誰一人死んでいないのは、幸運だと言えた。 皆が血の海に倒れるまで、後一時間もないだろう。
(いかなくちゃ…いけないわ…)
 もしかしたら、という期待があったのは、否定しない。敵はまだ若い勇者とあなどってくれれば。しかし魔物たちは ラグはおろか、村の人たちも戦力だと認め、軍を組んできたようだ。まるで魔物の山が襲ってきたような量。 この全てがラグを探したとしたら、きっと見つかってしまうだろう。…今、ラグを守れるのは自分だけ。
 今こそその時だとシンシアは隠れながら、倉庫に向かう。自分の姿が見つかってしまっては、元も子もない。 そうして倉庫に忍び込んだ。


 ただ、呆然とするしかなかった。どれくらい、そうしていたのだろう?  外が何かおかしい。
   頭上から音がする。聞いた事の無い音。だけどわかる。…これは、命が、消え行く音。
(…違う、消えさせられる、音だ)
 そう考えるのが恐ろしかった。上で起こっている出来事に予想がつく自分。
 …だけど動けなくて。
(僕は怖いのか?それとも、みんなの願いを聞き届けてるだけなのか。…それを言い訳にしてるだけなのか? …判らない、判らないよ。)
 ボクハナンデ、ココニイルノ…

 悩むラグの耳に石畳の音が響く。ラグの呆然とした意識は覚醒した。


 
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