それはラグが今まで見たものの中で、一番大きいものだった。思わずぽかんと見上げる。 町の声が耳をつく。ここは今まで見た人の数を遥かに超えていた。
「何突っ立ってんだ?」
 そこへ男が話し掛けて来た。どうやら四人連れのようだ。僧侶らしき人や、商人までもがいる。
「そんなところでぼさっとしてると、馬車に踏み潰されるぜ。」
 その男は気さくに話し掛けながら、ラグの体をじろじろ見回した。ラグは少し身を引いて聞く。
「あ、あの…僕の体、どうかしましたか?」
「ははん、おまえ王様の話を聞きに来た、冒険者か?」
「はぁ…そうなんでしょうか…」
「ってえことは、お前も勇者候補ってやつか。残念だな、俺達がもう王様の啓示を聞いてきた勇者さ。 もうすこし逢うのがはやけりゃ、お前も勇者ご一行に入れてやったのに。もう人数がいっぱいでな。お前は お前で別の仲間を探しな。仲間はいいぞ、自分の足りない力を補ってくれるからな。」
 そう一方的に並び立てる。その言葉に疑問を覚えた。
(この人たちが…勇者なのか?)
 そう思い、聞き返してみる。
「貴方が…その、勇者なんですか?」
 ボーっとしている田舎の少年に痛いところをつかれたとばかりに男は口を閉じた。後ろにいる 人たちが話し掛けてきた男を笑い出す。
「ま、まあ、今伝説にされてる勇者じゃあなさそうだな…だがな!俺達は立派に魔王を倒し、世界を平和に導くのだ! 魔王さえ倒したら、伝説なんてもん、後から付いて来るのさ!そしたら 立派な勇者になれるって寸法さ!じゃあな、死ぬなよ!」
 そう言って、男達はそそくさと城門をくぐった。ラグはその背中を見送る。
 男の言葉にショックを受けた。胸が痛んだ。そうしてそのまま城門をくぐる。 とりあえずあの男が言っていた王様のところへ向かい、啓示とやらを聞いた。
「地獄の帝王をたおすのじゃ!そのためにその情報をあつめるがよい!」
 どうやらそれが勇者のやるべき事、らしい。そう耳に入った。だが頭には入らなかった。
(勇者って…魔王を倒すものなのか…誰にでもなれるんじゃないか…ならどうして…皆は…)
 そう思いながら謁見の間を出た。初めて見た城も、王様も今のラグには何の感慨にも にぎやかな町の声も、耳に入らない。ただ父の、みんなの「勇者になれ」、 その声が耳につく。ラグは首を振った。その声を一端頭から離す。自分の目的は魔王を倒す事ではない、 皆の仇を討つことなのだから。
 望んで勇者になろうとする人達が、妙に恨めしかった。勇者だなんて、言われたくなかった。

「どうしたの?」
 ふと気がつくと、ラグは城のバルコニーにいた。どうやら考え事をしているうちに変なところへ出てしまったようだ。 目の前には綺麗な格好をした女性がいた。
「貴方、旅人さん?」
「あ、はい、そのようなものです。」
「最近、この城によく旅人が来るのよ。まあ、この城は小さいし古いけど、その分歴史があるからね。 伝説が眠る城、なんて異名もあるのよ、かっこいいでしょ?」
(このお城が小さいだって?僕には今まで見た中で一番大きい建物なのに…)
 びっくりした様子のラグを見て、女性はラグが余り世間に出ていないことを悟る。もっともこの女性もこの城から 外に出たことは数えるほどしかなかったが、自分より世間を知らなさそうなラグを見て、物知りぶりたくなった。
「貴方これから旅に出るんでしょ?じゃあいろんな人に話を聞いたほうがいいわよ。ここは旅人が多いから色んな情報が聞けるわ。 それにここは『伝説が眠る城』なんだから、いろんな伝説があるのよ。」
「そうなんですか…」
 伝説、その言葉が嫌だった。そんなもの、聞きたくなかった。嫌な言葉を思い出すから。けれど女性はラグに言葉を続けた。
「一番ロマンティックだなって思うのはね、天女ときこりの青年の恋物語よ。」
「天女と…きこり?」
 あのお世話になったきこりの男を思い出し、思わずラグは聞き返してしまった。
「そう!昔ね、北の山奥に天女…天空人っていうらしいの、それが舞い降り、きこりの青年と出会ったの。 そしてきこりの青年と、天空人の女性は恋に落ちたのよ。そして一緒に暮らすようになって可愛い赤ちゃんを産んだんだって。 その後きこりの青年は、稲妻に当たって死んでしまった、そう言う伝説よ。」
 ふと、ラグの頭にきこりの家のお墓を思い描いた。
(まさか、ね)
 そう思って首を振り、女性に聞いた。
「その天女はどうしたんでしょう?そしてその赤ちゃんは?」
「きっと、愛する人を胸に抱きながら、空に帰っていったに違いないわ…ああ、許されざる恋…なんてロマンティックなの…」
「そう…なんですか?」
 女性の考える事はわからない、そう思った。そして自分の中に一人の女性を浮かべる。
(わからない…どうして…死んで…)
 何を見ても、何を聞いても忘れられない、思い出してしまう哀しい出来事。消えない痛みは体を侵していく。
 ラグの言葉に女性は浸っていた自分を恥ずかしく思ったか、浸る思いを振り払うように言った。
「まあ、ただの御伽噺だけどね。実際の出来事じゃないとは思うけど。でもそういう伝説なんかが 残ってるからこそ、勇者候補の人たちがこの城に来るのよ。だから人の話も馬鹿にしたもんじゃないと思うわ。 じゃあねー。」
 そういって女性は去っていった。その忠告に従って、ラグも城の人たちに話を聞いていった。実際この後どうすれば いいか、まったく判らないのだから。

「エンドールで話題の踊り子がいるのよ。とっても綺麗なの。この踊り、真似てみたんだけど、どうかしら?」
 といって踊る女性。
「エンドールに話題の占い師がいるらしい、よく当たるらしい、俺も占って欲しいな」
 という兵士の言葉が心に残った。『エンドール』。どうやらそれは大きな街らしい。ここより大きな街というものを ラグは想像つかなかった。ほかに行く当てもない。自分が何をどうすればいいかもわからない。だからその噂に導かれるように エンドールを目指す事にした。

 装備を整える為、ラグは街に出た。店で買い物をしていると、人々が噂話をしているのが目に入った。 どうやらこの街はある噂でもちきりのようだ。そして、不幸にもその噂を耳にしてしまったのだ。
 頭が真っ白になった。そして心がまた痛くなった。剣で貫かれたように、心をえぐる。 その噂の一言一言が、ラグを攻め立てるようだった。 お前が勇者だから、皆は死んだのだ。そう言ってるように思えた。ラグはこの城から逃げ出すように旅立った。

 「勇者が、魔物に殺されたらしい。」

 
戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送