軒並ぶ店の裏側を先導しながら、ミネアは考えていた。
(私は勇者様のどの傷に触ったのだろう?あの表情を見る限り、やはり過去に何かあったのでしょうか… けれど、過去に触れることなんて私、言ってないわよね…)
「ミネアさん。あの…」
 考えをさえぎるように、ラグが話し掛けてきた。
「すいません、足が速かったですか?」
 格好などを見る限り、おそらく勇者様は余り都会の生まれではないだろう、とミネアは考えていた。 占いは人を見る商売だ。ミネアのように天性の才能が与えられなかった占い仲間は、人の表情、 背格好を見ることで、その人の生い立ちや行動を予想し、そこからタロットなどの絵柄で運命を告げる、 ということをしていた。ミネアは幸いそのような事をしなくてもある程度はわかるが、それでも 人を見つめ、その人を予想する事は商売柄長けていた。
(でしたらこの人波は、お辛かったでしょう…私もはじめてモンバーバラに行ったときは息が詰まりそうでしたもの。 姉さんは、まるで水を得た魚のだったけれど…)
「いえ、違います。あの、僕田舎で育ったので、世間を良く知らないんです。だから、恥ずかしいんですけど…」
「いえ、私も田畑ばかりの田舎で育ちましたから、お気持ちはよく判りますわ。なんですか?」
「…カジノってなんですか?」
 ・・・。一瞬の沈黙が走る。ラグは顔が赤くなった。そしてあせって言った。
「すいません!僕本当に何も知らなくて。でも、判らないことは知ったかぶっちゃいけないって…」
「いえ、いい心がけだと思いますわ。ごめんなさい、別に呆れたわけじゃありませんわ。ちょっとどう説明しようか 悩んでしまっただけです。」
 そう言ってミネアはにっこり微笑んだ。その微笑が、『判らない事は知らないと素直に 聞くのはいいことよ。』そう言った誰かに似ている気がした。ラグの緊張がすっとほぐれる。
 二人は宿屋に前にきていた。ミネアはすっかり開け慣れた扉を開ける。そうしてラグを先導し、階段を降りる。
「カジノとは娯楽の一種ですわ。お金でコインを買い、それを増やすという賭け事が集まった場所ですわ。」
 着いたその先は、別世界。タバコの煙が漂う、大人の世界だった。ジャラジャラ!とコインの出る音。 すった、と大声で怒鳴る声。ウサギの耳のようなものをつけた女性が、色っぽい格好で給仕をしていた。
「す、凄い所ですね…」
 その迫力に圧倒されながら、ただミネアの後をついていく。ミネアは一刻も早く用事を済まそうと、早足で歩く。
「私がずっとこの街にいた理由は、姉がこのカジノから離れたがらなかったからですわ。確かに刺激的だと思いますけど。 こんな早くお会いできたのも、認めたくはないですが、姉のおかげなのでしょうね…。」
 そういうミネアの視線の先には一人の女性が、スロットに向かっていた。

「姉さん。」
 ミネアがその女性の肩を叩きながら話かけた。
「何よ!このスロット全然出ないじゃない!もう、ナンパならお断りよ!コインでも置いて出て行って!姉さん なんて言…。」
 そこまで言ってその女性は手を止めた。ゆっーくりこちらを向いた。
「姉さん。」
 そういうミネアの顔は、笑っていながら妙な威圧感があった。
(そう言えば母さんも、たまにこういう顔をして父さんを怒ってたっけなあ。…女の人って凄いなあ…)
 横で妙な感心をしながら見守るラグ。前の女性は、その威圧感に負けながら、何とかごまかそうとしているようだ。
「姉さん、またカジノなんかに入り浸って!だいたい…」
「あっははーミネア、ごめんごめん。ん?その横にいる子、誰?」
 そういってラグの方を見た。
 ミネアの姉であるマーニャは、ミネアにそっくりであった。そしてまるで正反対であった。まるで鏡のように。
 まったく同じ容姿の持ち主だ。その紫水晶の髪はかわらない。けれど同じにもかかわらず、 ミネアの夕闇の大地の肌の色はマーニャが持っていると小麦色の肌と変わる。
 それはきっと纏う気の違いなのだろうか。ミネアの月光の雰囲気と違い、マーニャの気はまるで陽光だ。 明るく輝き、人々に活力を与える、その輝き。
 マーニャは目を思わず覆わんばかりに露出度の高い服を着ていた。しかしそれが不思議といやらしく感じられない。 とてもよく似合っている。ラグはそう思えた。
「姉さん!この方が私達の探していた勇者様よ!」
 ミネアの一言に、ボケーと考えていたラグの心が凍った。
 勇者、そう呼ばれたくなかった。その言葉は嫌い。

 マーニャはラグを見て驚いていた。勇者がこのような少年だと言う事実も、もちろんある。しかしミネアが言うなら 間違いはないだろう。マーニャはミネアの占いを心から信頼していた。一番驚いたのはその事ではない。
(この、表情は…笑っているようで、平静なようで…)
「僕…ラグって言います。よろしくお願いします。」
 内側を押し隠しながら言う言葉が何故だか悲しく響いたような気がした。
「よろしくね、勇者。ラグって、呼んでもいいかしら?」
 しかしいつもの調子でマーニャは言った。しかし。
「ええ、かまいません、よろしくお願いします。」
 そう言った少年の魂は、既にここにないことに、マーニャは気がついていた。
(抜け殻の様だわ…笑っているのに笑っていない。ぽっかり体から心が抜けてる。)
 こういうときに正面から尋ねられるのは嫌だろう。それはよく判る、自分も…そうだったから。
 だからマーニャはおどけて続ける。
  「しかしこの子が勇者ねえ…まあいっか、養ってもらいましょう!よ・ろ・し・く。」

 ラグはその言葉を聞いて唖然とした。養う?その余りの言葉に拍子抜けした。 マーニャはミネアの話だと魔法が得意のはずである。多分自分より強いであろう。そしてミネアもだ。 二人とも自分より強くて、物知りだと思う。その人たちに頼られたのが、なんだか妙に嬉しかった。 自分でも何かの役に立てる。そんなふうに思えて。
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします!」
  そう言ってラグが頭を下げた。それを見てミネアがあせる。
「ゆ、勇者様!そんな頭を下げるなんて!姉さんも勇者様に失礼よ!」
「いいんですよ、ミネアさん。ミネアさんもラグって呼んでください。」
「勇者様にそんな事できませんわ。勇者様は世界を救うお人ですから。」
「勇者…」
 この街に来、一番心が痛んだ。二人と会って和んでいた自分の気分が一気に冷めた。 和んではいけない、自分が和む事は許されない。『勇者』、そして 『世界を救う』という言葉がそう責め立てるような気がした。
「勇者なんて…勇者なんて呼ばないで下さい!」
 その声は鋭かった。それは悲鳴。心の傷から血を流す、その痛みに耐えかねた声。

「ゆ…」
 勇者様、と呼びたかったその声をミネアが必死に押さえつける。何も言えなかった。 勇者と呼びつけていた自分には。
「すいません…」
 ラグは小さくそう言った。そう言ったっきり黙りこんだ。
(これは八つ当たりだ。ミネアさんは何も悪くないのに。)
 しばらく二人に沈黙が続く。そうした居心地の悪い沈黙を破ったのは、マーニャだった。
「じゃ、とりあえず宿屋に部屋を取りましょうか!明日から出発でしょう?」
 そう言って強引にラグの腕をつかむ。そうしてカジノを出た。後ろからはミネアが付き添う。
「ラグ、あんた疲れてるでしょう?明日早いと思うからゆっくり寝たほうがいいわよ。」
 そういって宿屋のカウンターに向かう。ラグは何も言わずにただ、うなずいた。
「おっじさんー。宿屋の部屋、まだ余ってるー?」
マーニャは宿屋のおじさんと話をし始めた。それを横目で見ていたミネアは、ラグの方を見た。
(勇者…それが…心の傷…?どうしてなのかしら…)
 そう思ったがとりあえずラグの方向かい、声をかけた。
「不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。」
 そう言って頭を下げる。ラグは言葉を返した。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。ミネアさんは何も悪くないですから。気にしないで下さい。」
 そう言ったものの、ラグは気分を再び高揚させる事はできなかった。気持ちの切り替えが できなかった。胸の鍵を探り当て、また握った。ただ強く、手に跡がつくくらい、強く握って、心の 痛みに耐えるしかできなかった。
 マーニャが戻ってきた。手には鍵を持っている。
「あたし達は今まで泊まってた部屋があるから、ラグはその部屋で休んできなさい。」
 そう言って鍵をラグに渡した。ラグはお礼を言うと、そのまま客室がある二階へあがって行った。

 それを見送ると、ミネアはマーニャに向かって言った。
「姉さん…私どうすればいいのかしら…」
「大丈夫よ。多分ね。あたしはあいつは信じられるやつだと思うわよ。だって昔の あたし達、そっくりなんだもん。」
 そういうとマーニャは部屋に上がり、そして袋と箱を抱えて宿屋から出て行った。ミネアは それを見送ったあと、少し思考し、階段を上がり、自分の部屋に入っていった。

 
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