星の導くその先へ
〜 明けない夜 〜




 ラグはしばらくベットの上に座っていた。動けなかった。
 あれは夢だとわかっている。自分の心を映した夢。弱さをそのまま示したもの。
「皆、いい人なのに…」
 愛されていた、そう思っているのに、心のどこかで叫ぶ声がする。それがあの夢。
 少しずつ夜の帳が下りてきた。だがこのまま眠る気にはなれなかった。また同じ夢を見そうで怖かったし、 きっと眠れはないだろうから。ラグは立ち上がり、部屋を出て行った。

 階段を降り、宿屋のカウンターの前を通る。するとそこで マーニャが宿屋に入ってくる所が見えた。マーニャはラグを見ると明るく声をかけてきた。
「あらー、ラグ、寝てないの?」
「いえ、少し眠りました。疲れが大分取れましたよ。」
 確かにそれは嘘ではない。あの時より体の疲れは取れていた。どうやらなれぬ旅や人波で、足腰が気づかぬ内に 疲れが溜まっていたらしい。ただ、寝る前よりも精神的に疲れていたが。
「ふうん?その割にはなんかくらーいけど?まあ、いいや。マーニャお姉さんがちょっといい所に連れて行ってあげるわ。」
 そういうと強引にラグの腕を取り、ぐいぐい歩いていく。行く先は…下りの階段。その先は、もちろんカジノ。
「ちょ、ちょっとマーニャさん!そこカジノじゃありませんか?」
「そーよ、何よ、ラグ、あんたカジノ嫌いなの?」
「やった事ありませんからわかりませんけれど…」
「あら、じゃあ是非やっとくべきよ!楽しさを知ったら病み付きになるわよー。」
「ミネアさんが怒るんじゃありませんか?」
 その一言に一瞬ぴたっと止まるマーニャ。しかしその後すぐに歩き出す。
「大丈夫よ、きっと。明日は旅に出るんだもん。最後くらいきっと許してくれるわ。心優しい妹だもん。 最後の雪辱戦よ!倍にして返してやるんだから!」
 そしてカジノのコインカウンターに着いた。
「マーニャさん、僕、財布が部屋にあるので、お金ほとんど持ってないんですけど…。」
 そういうラグにマーニャはお金のつまった袋を見せた。
「大丈夫よ、ここにちゃんと持ってるから。」
 そう言ってそのお金を全部コインに替えた。そしてこちらを向き、
「ねえ、ラグ。何がしたい?これだけあれば散々楽しめるわよー!」

 格闘場、ポーカーをやった。結果はマーニャとラグで最初の持ち金より少し稼いだ。 おおむねではあるが、ラグの方がコインを稼いだ。特にラグは格闘場が得意なようだ。 モンスターの得意技を知ると、そこから戦局を読む才能に長けているらしい。
「ラグ、やっぱりあたしとミネアが見込んだとおりだわ!初めてにしちゃ上出来じゃない!」
 マーニャは浮かれている。格闘場にて最後のコインで大穴を当てたラグに、マーニャはすっかり感心している。
「さあ、最後はスロットよ!」
そう言ってスロットの台に向かう。
「あ、僕止めておきます。」
「なんで?」
 マーニャは不服そうだ。それでも一人スロットの台にコインを入れることは忘れない。
「勝つといい気分ですけど、やっぱり負けると悔しいですから。」
「あら、意気地なしね。勝っても負けてもそれが味って奴よ!」
 そう言い切るマーニャを、ラグは呆れたような、感心したような、そんな目で見た。 実際たいしたものだと思う。
「カジノのどこらへんが好きですか?確かに楽しいですけど…そこまではまり込む魅力って、どんな所ですか?」
「まず、このにぎやかさ!明るい雰囲気!楽しい音楽!ドキドキする緊張感!いつもと違う、非現実の空間! なんだかここにいるだけでわくわくしてくるわ!」
「確かににぎやかですよね。外とは違ったにぎやかさだと思います。」

 そう言ったラグに、マーニャは心なしか表情を真剣にして、語った。
「それにね、カジノって運じゃない。全てが運で決まるって言うのが良いわよねぇ。」
「運、ですか?」
「そ、勝っても負けてもそれは自分が悪いんじゃない、ただ運が悪かったんだってあきらめがつくじゃない。そこがいいのよね。」
「…。」
「占い師の姉なのにおかしな話だわ。それにミネアの占いをあたしは誰よりも信じてる。 運命とか宿命とかってのもあると思うわ、確かにね。だけど運命だから起こる出来事 じゃないって信じたい時もあるわ。それは運なんだってね。それに運命や宿命の決まり方も、もしかしたら 運かもしれないわよね。」
 その考えは余りにも自分とかけ離れていて、でもその根底に流れる想いは、同じようで。ラグは なんだかじっと見つめてしまった。マーニャは遠い目をしながら、スロットをやっている。
「人生はカジノの勝ち負けと一緒。もちろんポーカーや格闘場は経験や、素質っていうのも勝因の 一つよね。だけど運がなきゃ勝てないわ。それは人生もきっと一緒よね。 失敗した時に、こう慰めるの。こう信じたいと思うの。『運が悪かった。あたしが悪いわけじゃない』ってね。」

 一つ聞いてみたかった。怒られるかも、なじられるかもしれない。だが、どうしても聞いてみたかった。
「じゃあ、僕が勇者だっていうのも、運なんでしょうか?」
 その台詞を聞き、マーニャは思わずスロットの手を止めた。今までの台詞は独白に近かったのだろう。 質問されるとは思ってなかったらしい。
 それでも真剣な目でラグの目をじっと見、そして少しおどけながら、言った。
「そうね、あんたも運が悪かったわね。…勇者なんて宿命、押し付けられてさ。」
 運が、悪かった。
(そうだったんだ…)
 なんだかおかしくなってきた。すっと気分が楽になった。自分は運が悪かった。もちろんそれだけで 済ませられはしない。心は深く深く傷ついて、奥が見えないほどだ。 今も胸の痛みは消えない。だが、少しだけほんのすこしだけ 肩の荷物が楽になった気がした。そして、この人たちを信じられる気がした。


「ありがとうございます、マーニャさん。」
「なにが?」
 マーニャは笑って聞いた。
「そう言ってくれて嬉しかったです。」
「どういたしまして。でもラグ、あんた逃げるんじゃないわよ。」
 まっすぐ見据えてきたマーニャの目をラグは見返す。
「はい。」
「気に入らない運命とか宿命とか、運が悪かったせいで押し付けられても、そっから逃げたら ただの馬鹿よ。その運命を受け入れて自分の運に変えなきゃ。逃げてたんじゃ、きっと何も始まんないのよ。」
「はい。僕も、そう思います。」
「それだけ判ってるなら大丈夫よ。耐えられない胸の傷も今だけは忘れよう。…お互いにね。」
 そういうマーニャとラグの間には、なんだか仲間意識が芽生えた。
(自分の痛みを少しでもわかってくれる人。それでいて、自分とはまったく違う心をもった人。 仲間、ってこういう事なのかもしれない…。)
 なんだか嬉しかった。旅にでて、初めて浮かれた。
「はい、僕最後に一回だけスロットやってみますね。」
 そうしてやったスロットは、大当たりだった。


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