マーニャはコインを大量に抱えカウンターに持っていった。ここはコインを預かってくれる場所だ。
「やっぱりラグって良いわよねえ。今日は儲かったわー。」
「それは良かったわね。」
「うん、これでスパンコールドレスが…ってミネア!」
 目の前を見ると、そこにはミネアが立っていた。
「まったく!またカジノなのね!しかも一人でやってるならまだしも!」
「まあまあ、今日は儲かったのよ!これもそれもラグのおかげよ!」
 ミネアを振り切るように出口に向かう。それでも歩きながら喧嘩は続く。
「そういう問題じゃありません!コインは換金できないのよ!これから旅に出るっていうのにお金無くてどうする気よ! 大体そのお金もどこから…まさか、部屋の荷物売ったお金ね!」
「だって旅するのにあんな荷物、持って歩けないわ。売った方が良いでしょ。」
「それはそうだけど、それを旅費にするつもりだったのよ!まったく姉さんは…。」
 そう言い争う姉妹を見ていられず、ラグは口をはさんだ。
「あの…僕、モンスターを倒して、お金持ってますから…。」
「姉さんを甘やかさないで下さい!この先ずっとこうだったらどうするんですか!」
「はいはい、ミネアちゃん、おちついて。」
 ラグにまで怒鳴るミネアを制しながら、マーニャは言った。

「大丈夫よ、これから稼ぐから。」
「これから…ですか?どうやってですか?」
 今は夜。陽はどっぷり暮れている。その状況で、お金を稼ぐ?
「そう、酒場に行くのよ。」
「…姉さん、まさか今度はお酒?」
 そう言ってミネアは頭を抱えた。
「違うわよ、失礼ね!なんだ、ミネア。あんたあたしの職業、ラグに言ってないの?」
 そのミネアはマーニャの台詞を聞いてやっと合点が言ったらしく、 ようやく機嫌が直ったようだ。
「姉さん、じゃあ今日、酒場でやるの?」
「そうよ、道具売るときに、あたし達が旅に出る事を広めておいたわ。きっと、ファンが今日が最後だと知って 酒場に詰め掛けるわよ。そんな中であたしが行かないわけにはいかないでしょ?」
「そうね…今日でこの街に滞在するのも最後なのよね…。じゃあ、私も行きます。」
「珍しいわね、あんたが酒場に行くなんて。」
「最後に見とくのも悪くないでしょ?」
 姉妹の会話についていけないラグは聞いた。
「あの、マーニャさんの職ってなんですか?」
 自分の村で、夜働く人は、宿屋のおじさんと見張りだけだった。最も宿屋はずっと休業中だったので、 おじさんも夜に寝ていたようだが。
「ラグ、あんたも見ていきなさい。生涯に一度は見ておかないと後悔するという、あたしのエンドールでの ラスト・ステージをね!」
 そう言うと、マーニャは階段から踊り出た。その向こうは熱気に包まれていた。

「マーニャちゃーん、ここから行っちゃうって本当かい?」
「マーニャちゃん、行かないでおくれー。君がいなくなったら俺らは何を楽しみに生きればいいんだ?」
「マーニャ、旅になんて出ること無いよ。君がいない酒場なんて、もう耐えられない!」
 男達はマーニャを囲み、口々にそう言う。ラグは酒場を見回すと、溢れんばかりに満員な酒場の全ての人間がマーニャの方を向き、 そしてほとんどの人間が、マーニャを囲んでいた。男が 多いが、この時間の酒場には珍しく、女性の姿もたくさん見えた。店の人間ではない、お客でだ。
 もう月は中天にかかっているような時間だ。にもかかわらず呑みつぶれている人間はいない。良くてほろ酔い。不思議なことに 一滴も酒を飲んでいないような人間もいる。そう、酒場なのに、なぜかちっとも酒くさくないのである。
「みんな、気持ちは嬉しいわ。でもね、あたしはジプシーの女。ジプシーはね、目的を達するまでけして立ち止まらず 旅を続けるの。それがジプシー。だからあたしは旅に出るわ。」
「マーニャちゃん…」
 マーニャがそう言ったとたん、男達が一様に落ち込んだ。そしてマーニャは続ける。
「その代わり!今日はとことんやるわよ!最高のものをあんた達に見せてあげる!」
 そう大声で宣言すると、酒場の全ての人間が歓声をあげる。どうやら全ての人間が、マーニャ目当てで来ているらしい。
「ミネアさん…マーニャさんて、何者なんですか…?」
 ただの軽い人間だとは思っていなかったラグだが、ここまでの人気を見せられるとさすがに驚愕せざる 得ない。
 尋ねるラグに、ミネアは少しいたずらめいた表情を浮かべた。
「びっくりしましたか?」
「はい…マーニャさんて凄い方ですね…」
「ええ、姉さんは普段はあんなんですけど、それでも凄い人間だと、私も思っていますわ。でも、びっくり なさるのはこれからですよ。」

 マーニャは酒場の奥に行き、マスターに話し掛ける。何か、ブレスレットやアンクレット のようなものを渡してもらい、それを手首と足首につけた。ちりん、と鳴ったところをみると 鈴がたくさんついているらしい。歩くたびにちりちりなる。
 そして奥の空間 ―そこだけぽっかり開いて、なぜかちょっとした段がある― に向かった。
 マーニャが段にあがると、それだけでマーニャの雰囲気も、表情も別物だった。マーニャはこっちに向き直る。 するとあれだけ騒がしかった周りが一気に静まる。
 マーニャがしゃがみ、手を広げ、床についた。空気が変わった。とても厳粛な雰囲気だ。目に映るマーニャはマーニャではなかった。 少なくとも今まで目に見えていたマーニャではなかった。ラグは息を飲んだ。
 静寂はゆっくり広がり、まるで世界をも包んだようだった。その中央に位置するのが、マーニャ。じっと腰を 沈め、床に手をつき、目を閉じている。それはまさに「静」
 そして、次の瞬間、その静がちりん、という音とともに、動に変わった。

 ここにいる全ての人間の視線は、ただ一点に集まっていた。炎のように、 荒れ狂い、水のように清らか。華のように咲き誇り、雪のように静まり返る。 鈴の音がちりちり鳴り響き、それにあわせて、舞は続く。
 それはまるで、舞踊のために生まれてきた人間。踊りはこの世のものとも 思えなかった。舞踊の神の踊りだった。。
 ラグは、それを見て、ただただため息をつくだけだった。ブランカ城で見たあの踊りも 綺麗だったが、マーニャの踊りは格が違う。マーニャという人に、 神が入り込んでいるようだ。
(ブランカ城で言っていた、踊り子と占い師は、マーニャさんとミネアさんだったのか…)
 どれだけの時が経ったのだろうか、一瞬だったような気がするし、一晩だったような気もする。 マーニャはまた、元の静の体勢に戻った。
 一瞬の間。そしてその後、酒場から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。ラグはもちろん、 ミネアもただ、夢中に拍手した。
「マーニャちゃ―ん!」
「良かったよ!さいこーだよー!」
 男達は歓声をあげ、次々に褒め称える。女性も手がくだけんほどの拍手をする。感激で泣いている 者もいるほどだ。それほど、その踊りは素晴らしかった。
 マーニャは段から降りると、マスターから水を渡され一息ついた。その周りに十重二十重と人が集まる。 その人たちは我先にとマーニャにお金を渡し、感動の言葉を述べる。
「驚きましたか?」
 ミネアはラグを覗き込んだ。ラグは、興奮さめやらぬ声で、ミネアに言う。
「凄く驚きました!マーニャさんて、凄いんですね!」
「ええ、姉さんは踊っている時が一番綺麗だと思いますわ。まさに踊りの申し子だと。」
 マーニャは勧められた酒を次々に飲みほしている。すっかり上機嫌だ。
「まったく姉さんは…二日酔いにならないと良いんですけれど。」
「本当ですね…なんだかここもお酒に匂いがしてきましたね。」
 人々は乾杯を繰り広げながら楽しくお酒を飲み始めた。皆上機嫌だ。 マーニャはリクエストを受けたらしく、今度は扇を持って段の上へ立った。そしてまた踊りだした。


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