果てなく続く、その宴。素晴らしさに目を惹かれていたラグだが、充満したお酒のにおいにくらくらしてきた。 ラグはお酒を飲んだことが無かったのだ。
「大丈夫ですか?」
 その様子を見て、ミネアは心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫です。お酒のにおいと、人の熱気にちょっと酔ったみたいです。」
「少し、外に出ませんか?」
「はい。いいですね。」
 そうして二人は、酒場の外に出た。外の空気はひんやりし、火照った体に心地よかった。 緩やかな風が吹き、ミネアの髪をふわりと揺らす。空の 金銀に光る月星がとても美しかった。中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 ラグはミネアと二人きりという状況を、気まずく思っていた。先ほどの事もそうだが、 ラグはなぜかミネアのことが少し苦手だった。良い人だと思うのに、 何故だか見ていたくなかった。

「綺麗ですね…」
 ミネアが空を見上げながら話し掛けてきた。
「ええ、でも…街灯が明るいですね。星が良く見えません。少し残念です。」
「そうですね。私の田舎の空はもっと綺麗でしたわ。もっとくっきり星が見えるんですよ。」
 そう言いながらただ歩く。風鳴りが、ゆっくりと耳に響いた。
「あの…」
 ミネアが意を決したように話し掛けてきた。
「なんですか?」
「さっきは本当に申し訳ありませんでした。私、何も知らないで…」
「いえ、ミネアさんは何も悪くありませんから。僕こそすいませんでした。」
「あの…私、貴方のこと、なんて呼んだらいいでしょうか?」
 真剣にそう問うてくるミネアが、少しおかしかった。ラグは少し笑ってこう言った。
「ラグ、そう呼んでください。僕の名前はラグですから。」
「はい…ラグ…さん?」
「呼び捨てでお願いします。僕のほうが年下でしょう?僕は17ですから。」
「よろしいんですか?」
「はい、お願いします。」
 しばらくの、沈黙。そしてミネアがためらいながら聞く。
「ラグ…貴方は何の為に、旅を続けてらっしゃるのですか?」
 おそらくラグは、世界を平和にするために旅をしているわけではない。だから勇者じゃないのだろう。 なら、どうして旅をしているのだろう?

 しばらくの沈黙。
(自分は何のために旅をしているのだろう?)
ラグは言葉を選びながら、ゆっくりと言った。
「大切な人が遺した言葉の意味を探しに。それと…。」
「それと?」
 そう問い返すミネアに、ラグは質問した。何故だか誰でもない、ミネアに聞いてみたかった。
「ミネアさん、死んだ人間の仇を討ちに行く人間を、愚かだと笑いますか? 仇を討ったって、何も変わらない。きっと皆も喜ばない…皆は、僕が 勇者になることだけを、願っていたから…多分皆はラグじゃなく、勇者だけを見つめて17年間 育ててきてくれていたんだから…。ただ、僕は他に皆にできる事が何もないんです。 ねえ、ミネアさん、仇討ちなんて間違っていると思いますか?」
(判っていたんだ。みんな、仇討ちなんか望んでいない。だけど、 僕には他に皆にできることは何もない。僕が、他にできる事も…きっと、ない。)

「ラグ、私達の話を聞いていただけますか?」
 そう言ってミネアは語り始めた。父親が、錬金術師だと言う事。 そこで『進化の秘法』と言う恐るべき発見をした事。それが原因で父親が 一番弟子に殺された事。その仇を討つ為に旅に出たこと。そこで、二人目の弟子に会った事。 そして三人で、仇を討ちに行ったこと。だがその進化の秘法の為に、仇は魔物になり、魔族と手を組んでいた事。 そして破れ、逃げ出す際にもう一人の弟子が死んでしまったこと。
「私は、その人が好きでした…できるなら、一緒に死にたかった…。」
 それを聞き、ラグは何故ミネアが苦手か気がついた。
(シンシアに少し似てるんだ…それも、最後のシンシアに…だから、見てるのが、辛かったんだ… だから、仇討ちの事を聞いてみたかったんだ…)
 ラグはあの日の事は、特に最後のシンシアのことは、あいまいにしか覚えていなかった。 みんなの言葉。そしてシンシアの言葉だけははっきり覚えていたが、後は曖昧だった。 だが、シンシアはあの時こんな表情をしていたような気がする。
「ですが、姉さんがそれを止めました。」
「マーニャさんが?」
「姉さんは泣きませんでした。一度も。何も考えていない振りをしてただ苦しみに耐えているようでした。 こうして笑っていらっしゃる、今のラグのように。」
「…。」
「私達の目的も、本当は世界救済ではありませんわ。ただ、私たちが仇討ちの 旅をする事が運命で、それが世界を救う旅というなら、そして そうする事で、皆が少しでも救われるなら、幸せだと思うだけです。」
   ”その運命を受け入れて自分の運に変えなきゃ。”
 ラグの頭にマーニャの声が響いた。ラグは自分だけが不幸だなんて思ってはいなかった。だけど。
(僕は自分がこの世で一番不幸だと、そう思ってた?)
 ラグは恥ずかしくなった。そして同時に感動した。
 この二人は強かった。心がとても。傷ついて、破れて、それでも立ち上がる。自分と 同じ経験をしながら、それでもめげずに頑張っている二人。
「ですからラグ。私にその答えは言えません。正しいとも正しくないとも私にはわかりません。」
「はい。」
「ですが、ただ一つ言えることがあります。私達は貴方を笑ったりしません。間違っていると言う事も しません。正しくても間違っていても、貴方がする事を信じて、ついていきますわ。けして裏切ったりしませんわ。 ですからラグは、自分の進みたい道へ、進んでください。」
 許される、それだけの事がどれだけ人の心を救ってくれるのだろう。味方だと誰かがつげてくれることが、 どれほど心を繋いでくれるのだろう。
 そしてシンシアに似ているミネアが、そう言ってくれたことが凄く嬉しかった。

 深く心の傷を沈め、それでも立ち上がっていくマーニャ。過去を乗り越えながら、 それでも他人の傷を癒そうとするミネア。
(信じよう。何があっても。この人たちを信じよう。)
 ラグは思った。心の底から。

「ありがとう…ございます」
 そうしてラグはゆっくり頭を下げた。
「もう一つ、いいですか?」
 そうミネアは切り出した。言わなければならないことがある。絶対に告げなければいけない事がある。
「ラグは先ほど、仇を討つ以外、何もできることは無いとおっしゃいましたが、それは違いますわ。」
「違う…?」
(もう、皆はいないのに?)
「ラグは『皆はラグではなく、勇者だけを見ていた』とおっしゃいましたよね?私は ラグが、どのような体験をなさったかは存じません。ですが…」
「はい。」
「私はラグが好きですわ。こんな少しの期間しか側にいていないのに、 ラグが凄く良い、まっすぐな人だとそう感じます。」
「ありがとう、ございます。」
「そんなまっすぐにお育てになった皆様も、きっと凄く良い人だと思いますわ。それにラグが 好きな方が、私は悪い方だと思えませんわ。」
 星を見ながらそう語るミネアに、ラグは少し微笑んで、言った。
「ええ、自慢の人たちです。僕あの人たちに育てられて、良かったと思います。」
「ですからその方たちが、そんな良い方たちが、私なんかよりずっと長いこと 側にいて、ラグの事を好きでないはずがありませんわ。最初はどうだったかわかりません、 ですが、皆様はきっとラグが好きで、ラグをお育てになったと思います。」
 それはラグが願っていた言葉。そうであったらよい、ずっとそう思っていた。
「貴方を慈しみ、愛して育てて下さった方を、貴方が愛している方を、信じなさい。ラグ、それが 貴方が皆にできる、もう一つのことですわ。」
「だけど…皆は…」
 そうだ、皆いい人だった、凄くいい人だった…だけど…皆、こう 遺していったのに。『頑張れ、勇者』と。皆の最後のメッセージは勇者に関する事、 それだけだったのに。
 風が、ふわっと、ラグの頭をなでた。
「今すぐに、は無理だと思いますわ。少しずつでかまいません。 ただ、忘れないで下さい、愛している人を信じられること。それすらも奪われてしまった人もいる事を。 ラグの過去を自分からゆっくり思い出せる、そんな時がきた時に、もう一度、私の言葉を思い出して下さい。」
 ミネアはそう言って、緩やかに微笑んだ。その笑みが悲しいほど、シンシアに似ているような 気がした。
 ラグは何も言わなかった。皆を信じたいという気持ちと、信じられないという悲しみが ただ、頭を占めるだけだった。

「では、そろそろ戻りましょう?ラグ、ゆっくりお休みください。」
 そう言って歩き出したミネアにラグは尋ねた。
「はい…あの…」
「なんですか?」
「奪われてしまった…って、ミネアさんのことですか?」
「いいえ、私は今でもあの人が好きですし、あの人の高潔な心を今でも信じています…それはラグ、 貴方もでしょう?」
「はい…」
「姉さん…ですわ…」
 それ以上は言えないという雰囲気で、宿屋に戻ろうとするミネアに、ラグは声をかけた。
「ミネアさん。貴方は、僕の守れなかった大切な人に、少し似ています。そんな貴方にそう言って もらえて、嬉しかったです。…ゆっくり考えてみます。明日から、またよろしくお願いします。」
 そう言うと、ラグは宿屋に入って行った。

 星の綺麗な夜だった。

 やっと三人の間に絆ができました。特にマーニャとミネアの複雑な 絆を感じ取ってくださると嬉しいです。ちなみにミネアがラグに告白してますが、他意はないです。 純粋に好きだということです。
 マーニャのカジノ好きの理由が書けて満足しています。ここが本当に書きたかったので。 ただのカジノ馬鹿じゃないんだよって(笑)
 しかし私はこのDQ4の生きてるキャラの中で、勇者が多分一番不幸な人だと思います。だからこそ ミネアに言われたくらいで、コンプレックスは(皆はラグではなく勇者を見ていたということ)抜けないと 思います。が、その糸口くらいはつかめかけたかと思います。
 タイトルにあるように、「明けない夜」すいません、この一晩はまだちょっとだけあります(笑)。 長いですが、もう少しエンドールでの夜をお楽しみください。

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