「いたたたた・・・。なんなのよ!これは!」
 暗闇の中だった。どうやら落下は一階分で、特に落下点に仕掛けは無いようだ。
「大丈夫?姉さん?怪我は無い?」
「大丈夫よ、あんたこそ大丈夫?」
「私も大丈夫です。ラグは大丈夫でしょうか?」
 マーニャは上に向かって呼びかけた。薄暗くて、上の様子もまったく見えない。
「ラグ〜!いるーー?」
 かなりの大声だったが、ラグの返事は無く、ただ、マーニャの声がこだまするだけだった。
「無理…みたいですね…」
「しゃーない、早く合流しましょ。ラグだってあたしたちを探してるはずだもん、すぐ会えるわよ。」
「そうね。…でも、何かの仕掛けに引っかかってないといいんですけど…」
 そう言いながら二人は歩き始める。落ちて方向はよく判らないが、とりあえず先があると思われるほうに歩く事にした。
「ミネア、気持ちはわかるけど、あんまりラグを心配しない方がいいわよ。」
「どういう意味よ!心配に決まってるじゃない!」
 食って掛かってくるミネアに、マーニャは頭を掻きながら言葉を続ける。
「あー、そうじゃなくて、あいつは自分が思ってるよりしっかりしてるわよ。ほら、洞窟の 一本道でもなんだかんだできっちりリーダーシップ、取ってたじゃない?本人が自信なさげだから 頼りなく見えるのは判るけどね。」
「…つまり、実力を信じろって事?」
「そゆこと。ま、実力だけじゃなく中身もだけどね。 本人は嫌がるかもしれないけどさ、あたしは結構立派な勇者だと思うわよ。 あいつはきっと、仕掛けに引っかかったりせずにあたし達を見つけてくれるわよ。大丈夫!」
「…そうですね。勇者様なんかじゃない、 とは言いますけれど、宿屋でも立派でしたわ。…あら?」
「どうしたの?」
「今なんだか、翠の色が、あそこの角をかすめたような気が…」
「それってラグじゃないの?よし、行ってみましょ。」
二人は少しこばしりで、ミネアが指差した角まで向かった。

「ラグ?いるの?」
 マーニャが声をかけると、角を曲がった少し先に、ラグの姿があった。ラグはこちらを向き、ただずっと佇んでいた。
「どうかしましたか?お怪我はありませんか?」
「僕…。」
「どしたの、ラグ?なんか変よ?」
「僕はこんなところにいたくないよ…」
「どうかしたのですか…?ラグ?」
 マーニャとミネアが交互に呼びかけるが、ラグはただ、ぼそぼそと話すだけだった。
「僕は…一人ぼっちで、今、こんなところに…皆調子いいこと言いながら、結局僕を置き去りにするんだね…」
「ラグ?どうかしたの?何があったの?」
「大丈夫ですか?」
 ラグの様子が何かおかしい。それに妙に沈んでいる。怪訝な様子を見せる二人を無視し、ラグは話を続けた。
「どうせ、僕とここに来たのも、それが目的なんでしょう?僕をモンスターのおとりにして、宝を 掠め取ろうとしたんだろう?僕は誰も信じない。皆僕を裏切って行くんだから!」
「私たちも貴方を探していましたわ!貴方を一人残してしまったのは、この洞窟の仕掛けです!」
「僕も…探してたよ…僕、判ったから…仲間なんて要らないって。 僕がお前らに殺される前に、殺ってしまったほうがいいってな!」
 そう言うが早いか、ラグは二人に剣を向けてきた。

「ラグ!?」
 二人はとっさに避けた。素早さは二人のほうが上だ。だがその剣筋には切れがあった。そして確実に殺意が。
「ラグ?どうしたの?何で攻撃してくるの?混乱してるの?」
「少なくとも呪いのアイテムをつけている様子はありませんわ、姉さん!」
 ラグは剣を構えながら言う。
「これが正しい姿なんだよ、僕はお前らを倒す為に、お前らを探してたんだ!お前らを殺せば、僕は 勇者なんてもんから解放されるんだ!だから、しねぇぇぇ!」
 そういい、剣を振り下ろした。
「メラ!」
 マーニャが手加減した呪文をラグにぶつける。少しひるんだ隙に、ラグから離れる。
「な、なんなの!これは!」
「ねえ、どうしたの!私たちは仲間でしたでしょう!」
「そんなもの、ミネアさんが勝手に決めた事じゃないですか?どうして僕がそんなものに従わなきゃいけないんですか? 僕は仲間なんて欲しくなんかなかったよ。」
 にやり、と笑う。そして弄ぶように、じりじりと近づいてくる。
「ど、どうしましょう…どうしたらいいのかしら、姉さん。いくらなんてもラグに攻撃できないわ…」
「でもこのままじゃ…死ぬだけよね…あたし達、ここで死ぬわけにはいかないわ。…どうするって…考えるしか ないわよ。」
「考えるって何を考えるのよ?」
「とりあえずあせったってしょうがないわよ。落ち着きましょう。」
「姉さん、この状況で、落ち着くって、どうやって!」
 二人がぼそぼそと話すのを聞きながら、邪悪な笑みを見せ、ラグは言った。
「さあ、死ぬ準備は出来ましたか?貴方達の死体は、さぞかし美しく、そしてさぞかし醜く なるのでしょうね…。」
 マーニャは、深呼吸をした。覚悟を決め、ナイフを構える。
「姉さん?ラグを殺す気?」
「あたしは死なない。絶対に。たとえ何人の屍をまたいでも、どれほどの罪を背負っても、やらなきゃいけない事が あるから。だけどね、ミネア。できればラグを殺したくないわ。だったら、致命傷を避けながら攻撃を かわしていくしかないじゃない。あたしが相手してる隙に、あんたは解決方法でも考えてて頂戴。」
(そ、そんな事言われたって!だけど、私が何とかしなくては、二人とも死んでしまうわ!)
 とりあえず、マーニャに倣い、深呼吸をし、そして占いをする時のように、目を閉じた。
「おやおや、マーニャさんが相手ですか?光栄ですね…けれど、そんなナイフじゃ一瞬ですよ?」
「あーら、ラグ?忘れたの?あたしのとっておきの武器の事を?」
「か弱い乙女のはったりですか?おもしろいですね。」
 その不自然な言葉。ラグはマーニャの魔法の威力を知っているのに。そして何より目をつぶれば はっきり判った。あの清浄で神聖なオーラを感じない。
(どうしていままで気がつかなかったのだろう?姉さんの言った通りだわ。 私も姉さんも、ラグを疑っていたのかしら?情けないわね。)
 そしてミネアはかっと目を見開き、叫んだ。
「姉さん、そいつは偽物よ!」


「いやだ!いやだいやだいやだいやだ!」
 その叫び声に、マーニャとミネアは一瞬ひるんだようだ。
(もう誰も、殺さない。もう誰も傷つけない。絶対に!僕は心を強くしなければならないんだ!)
 叫ぶ事で、ラグは混乱した心をすっきりと払う事が出来た。
「僕は信じると決めたんだ!必ず、信じると決めたんだ!」
 そう宣言するラグを、二人は鼻で笑った。
「信じる、ですって。」
「ほんとう、愚かね。人間ほど、信じられないものは無いのに、ね。」
「こうやって裏切られて、どうして勇者様は誰かを信じようとするの?」
「信じられるのは、いつも自分だけよ?」
 ふたりは寄り添い、笑う。それを無視し、ラグは今までの二人の行動を頭の中で振り返る。
(僕に向かって、ミネアさんは、勇者様、と言った?)
 もう言わない、と言っていた。おずおずと、なんと呼べばいい?と聞いて来てくれた、ミネア。 明るく笑いながら、自分を励ましてくれたマーニャ。
 自分の大して気を使ってくれた二人。自分が信じたのは、その二人だ。
 もう一度、じっと見てみる。二人の顔を。そして気がついた。
「ごめんなさい。マーニャさん、ミネアさん。」
「やっと観念してくれた?」
「じゃあ、大人しく死んでくださいね、勇者様。」
 そしてラグは剣を構えた。よく見れば気がついた。丹精なはずの二人の顔が歪んでいる事に。
「こんな醜い生き物と、二人を間違えてしまって。」

 そう言って、ラグは横に剣をなぎ払った。 その剣が二人にかすると、二人は粉を出しながら、化け物の姿に身を変えた。
 ラグは迷わず剣を向ける。魔物の魔力にしばしばてこずったが、 何とかそれを制し、ラグは魔物にとどめの一太刀を入れた。
(妙に硬い手ごたえだったな…)
 そう思ったとたん、モンスターが口を開いた。
「ワシラノヨウナ…古ク、崩レタ相手ダッタ…コトニ、感謝スルノダナ…」
 そう言いながら、魔物はがらりと音を立てながら倒れ、崩れて消えていった。
 ラグは座り込み、肩で息をしていた。精神的にも肉体的にも疲れる戦いだった。
(ホフマンさんは…きっとこれを見たんだ…マーニャさんたちも、僕の 偽者に遭っているかもしれない!いかなくては!)
 ラグはマーニャとミネアを探す為、元きた道を戻ろうとしたと立ち上がった。
(そういえば、どうして僕は、仲間が欲しいと思ったんだろう?どうして誰かを信じようと思えたのだろう?)
 村でたった一人でいたとき、辛かった。勇者だ、と散々言われ、突き放されたような気がした。 その時の事は、今でも思い出したくない、そう思っている。
(なのにどうして、自分を『勇者』と信じてるマーニャさん、ミネアさんを僕は信じられるのだろう? 仇討ちをするだけなら、それは一人でやるべき事なのに。皆を守れなかった僕が、誰かとともに戦う権利なんて無い 、僕はそう思っていたのに。何故僕はマーニャさんたちと、旅をしているんだろう?)
 魔物に言われて考えるのもおかしな話だが、ラグは自分の心境がわからなくなった。
 考えながら歩いていたせいだろう、どうやら注意不十分だったようだ。 ラグの足元にいきなり穴があき、ラグは下の階へと落ちていった。


 崩れ行く魔物に見向きもせず、マーニャはミネアの元へ行った。
「つまりあたし達は、思いっきり馬鹿にされてたわけね…」
「ホフマンさんもきっとこれをご覧になったのでしょう。魔物が化けているとも知らず…悲しい事です…」
「でも、魔物に化けてたってだけならいいんじゃない?実際裏切られるより、数倍ましよ。」
 そう言うマーニャをミネアは見上げた。ミネアは姉におこった悲劇を目の当たりにしている。愛する人が 裏切る哀しさを誰より深く知っているのだ、マーニャは。
 ミネアは話題を変えた。
「ホフマンさんの友人はどうなされたのでしょうか…。けれど、もしも、モンスターだと見破っていたのならば ホフマンさんの前にもう一度逢いにいらっしゃるでしょうし…」
「偽物に殺されたか、偽物を殺して怒って逃げてるか、ね。」
「それにしても姉さんは何の躊躇も無く、ラグの姿をしたものに攻撃できましたね。」
「だって、偽物でしょ?本物じゃないもの。あいつはラグの姿を真似てるだけよ?」
「それでもなんとなく、嫌な気分になりませんか?」
「まあ、いい気はしないけど。偽物は偽物だもん。別に平気よ。」
「そう言うものでしょうか…」
「そんな事より本物のラグを探さなきゃ。」
 その言葉にミネアははっと顔をあげた。
「私達の偽物に襲われているかもしれませんわ!早く探さないと!」
「あたしたちが裏切ったと思ってなきゃいいけどね…」
 うんざりした顔で言うマーニャに、ミネアはくすっと笑って言った。
「あら、姉さん。『ラグを信じろ』って言ったのは誰だったかしら?」


 ラグが落ちた先は広場になっていた。そこに繰り広げられていたのは異様な風景だった。
「誰か助けて―。もう駄目ー。」
「助けて下さい、勇者さま!」
 そこではマーニャとミネアが魔物に追い掛け回されていた。ラグは じっとその光景を眺めた後、ため息をつき、階段を昇ろうとした。
「無視して先に行こうとするなんて冷たいじゃない?」
「ひどいですわ、勇者様!私たちをお見捨てになるんですか?」
 二人は背後から、そう話し掛けてきた。ラグは、振り向きざまに剣をなぎ払った。 そのとたん、ふたりは化け物の姿に変わった。
「ナゼ…ワカッタ…」
「僕が探しているのはモンスターに出会ったとき、ちゃんと自分で対処しようとする方々なんです。 ただ逃げて、誰かに頼ろうとする方々ではないはずです。」
 ラグはそう言った。一度見破ってしまえば、次から見極めるのは簡単だった。 似ていなかった。姿形にも微妙な歪みが合ったし、例え二人の魔力が切れていたとしても、 あの二人がただ逃げ惑い、助けを呼ぶだけの姿を想像する事は出来なかったから。
 ラグはモンスターを倒し、階段を昇った。

   
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