その宝石は、どこまでも透明だった。その部屋の淡い灯りに照らされ、とてもとても美しく輝いていた。 ラグはその宝石を眺めた。 ― …勇者…ラグに…祝福…を… ― それは遠くから聞こえる声のように、淡く自らの記憶の中から引きずり出された声だった。 この宝石を眺めたとたん、自分の思い出したくない過去の声が、聞こえてきたのだ。 とてもとても大切な事のように思った。だけど…シンシアの最後の言葉が勇者への メッセージだった、 その事を思い出したくなくて、忘れたふりをして、思い出さなかったこと。 それを無理やり引きずり出されたくなかった。続く声には耳を貸さず、頭を振り払った。 二人はただ、その宝石をみつめているようだった。何も声は聞こえてないらしい。 「その宝石が、ここの宝?」 「そう思いますわ。美しいですわね…これを見ていれば、全ての事が信じられそうですわ…」 「…」 ラグは何も語らなかった。ただ、できるだけその宝石を見ないように視線をそらしていた。 ミネアはその台座に駆け寄り、台座を調べた。 「し…ん…じる…こころ…この宝石は信じる心、と言うのですね。」 「信じる心…ですか…」 (だから聞こえたのか?シンシアの声が?あれを見てさえいれば、村のみんなのしたことが、 シンシアの言葉が、全て勇者ではなく僕のためだと信じられるのだろうか?) それは耐えがたい誘惑だった。この苦痛から楽になれる。もう皆を疑わなくていい… 「この宝石は人の信じる気持ちそのものである。それは純粋で美しいが、時に恐ろしいものにもなる。 自らの意思を持ち、ともに歩むものを強く信じ、刃を持って自らの身を守れる強きものよ。 心の壁を打ち破る先にある、この宝石を正しく使わん事を祈る…と台座には書かれておりますわ。」 「正しく…ね。つまりこの宝石を見てると、全てのものが信じられるアイテムってわけね。…たしかに 凄い宝…ね」 「あの壁は、人の気持ちそのものでしたのね。疑う気持ちで、人は心に幾重にも壁を作っていますわ。それを制し、 打ち破った、その中にあるもの、それが信じる心…そう言うことでしたの…」 「しっかし悪趣味な演出よねー。まあ、そうまでしても守らなきゃいけないものなんだろうけどさ。」 「ええ、もしこれが魔の手に渡っていたとしたら…ぞっとしますわ。」 「…ラグ?どうしたの?」 少し青ざめた顔をして立っているラグに、マーニャとミネアは顔をよせた。 「大丈夫です。…それよりも、これ持って帰りましょうか?ホフマンさんに見せてあげたいですから。」 「そうですね、そうしましょう。」 ミネアはそう言って、信じる心を台座から取り、袋の中にいれた。ラグはほっと息をついた。 そうして三人は出口への道をゆっくりと歩き出した。ラグはただ、黙ったまま、ゆっくり歩き出す。 (あの宝石を見て、みんなの心が信じられたら…ミネアさんも言っていた…皆を信じろ、って… だけど…) ラグはずっと悩んでいた。辛かったから。大好きな皆が信じられないのが、辛かったから。 「信じる心ね…一体これの為に犠牲になった人たち、どれっくらいいるのかしらね」 「恐ろしいですわね…私たちが持ち出すことで、その方々も救われるといいのですが…」 「でも、こんなもんがないと信じられないってのもどうかと思うわよ。」 「…世の中、姉さんみたいに強い人ばかりじゃないわよ…信じる心を使って、その人が心から 幸せになれるのでしたら、私はかまわないと思うわ。」 「自分の心をしっかり見つめれば、信じる信じないなんて、自然にわかると思うけどね。」 姉妹のたわいない言い争いが、ラグの心の上を滑った。 洞窟から出た。久々に見る陽の光がまぶしかった。 「なんだよ!お前ら!何しにきやがった!」 宿屋に入った三人を迎えたのはホフマンだった。そんなホフマンをもう三人は怒る事は出来なかった。 「ホフマンさん…私たちは貴方と同じ洞窟に行ってきました。そして…これをみつけました。」 ミネアはそう言って、信じる心をホフマンの前に出した。信じる心は淡い光を、ホフマンに見せた。 その一瞬の時に、ホフマンの脳裏に何が聞こえたか、三人はわからない。だが、ホフマンは呆然とし、 そして、次に泣き出した。 「…どうして信じられなかったんだろう…どうして、もっと一生懸命、あいつを信じられなかったんだろう… もっとずっとずっと最後まで、あいつを信じていればよかったんだ…俺は…俺は…」 「良かったのよ、それで。」 泣き伏したホフマンは、マーニャのその言葉に顔をあげた。 「その親友を最後まで信じてたら、あんたは今ごろ死んでたんじゃないの?親友がなぜか 剣を向けた、そう疑問に思ったまま。だけど今、あんたは生きてる。そして、その親友の事を 今信じられたんだから、いいんじゃないの。」 ミネアが言葉を続けた。 「生きてると言う事は、一番素晴らしい事ですわ。未来があるのですもの。自分の生を一生懸命 守った事、それは恥ずべき事ではありませんわ。」 その言葉は、そのまま自分に帰ってきているようで、ラグはただ、その言葉をじっと聞いていた。 しばらくの沈黙が、その場を支配した。そしておずおずとホフマンが話し掛けてきた。 「もし良かったら、しばらくの間、君達と一緒に旅をさせてくれないかな…。俺は…今度は 君達を信じることから始めてみたい。俺と馬車と、それから馬のパトリシアを連れて、砂漠を渡ってくれかな?」 「「「もちろん!」」」 その言葉に三人は声を唱和させた。マーニャも、ミネアも、そしてラグも、ホフマンが少しでも前向きな気持ちに なってくれた事が嬉しかった。 「た・だ・し、ひとつ条件があるわ。」 マーニャがおどけながら言った。 「な、なんでしょう…」 「今度あたしの踊り、見てよね。そんで、この間の言葉、撤回してくれる?」 ホフマンが顔を輝かせた。 「はい、よろこんで!」 |
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