そうして旅路は四人になった。少しずつ休みながら、馬車は砂漠を進んでいた。 月が弓を張る夜、一行は休憩をとっていた。 ホフマンは火の番をしながら、考え事をしていた。 「ごめん…な…」 「ブルルルル…」 ホフマンに答えるように、パトリシアが鳴いた。 「ホフマンさん。…起こしたかい、パトリシア」 そう言いながら、ラグが出てきた。パトリシアをなでると、ラグの手に擦り寄るようにして鼻ずらをあてた。 「ラグさん、起きてたんですか?砂漠は夜が寒いですから気をつけたほうがいいですよ。それとも 起こしちゃいましたか?」 火の番をしていたホフマンのもとへ、ラグは近づいてきた。 「いえ、最初から眠れなかったので。それにしても凄いですね…見渡すかぎりの砂です。」 「俺は生まれたときからこの風景を見て育ったので、よくわかりませんけど、俺はここが好きです。 砂ばっかりだけど、とても落ち着くんです。」 「僕は、木ばかりのところで育ちましたよ。…こんな所があるなんて、想像もしてませんでした。」 「そう言えば、ミネアさんから聞きました。…ラグさんは勇者で、お二人は導かれしもの、なんだそうですね。 僕はそうじゃないそうですが、お役に立てたらと思います。」 「…でも、僕は、別に世界が救いたいわけじゃないんです…そういえば、ホフマンさんは、なにか旅の目的があるんですか?」 「会いたい人がいるんです。この先の街にミントスと言う所があるのですが、そこは小さな宿屋からたった一人の 男が大きくしたという町なんです。」 「たった一人の人が?」 「はい、エンドールのトルネコ、そしてミントスのヒルトンというと、どちらも商人の中では神様と同じように あがめられている人たちなんです。俺は宿屋の息子だから、そのヒルトンさんにあって、色々教わりたいんです。」 「ホフマンさんは、あの宿屋を継ぎたいんですか?」 「わからないんだ、俺は何がしたいんだろう、って。父さんは継いで欲しがってる。だけど、それが俺のしたいことがどうか わからないんだ。だから会いにいくんだ。そのヒルトンさんをみて、その人の教えを学びたい。それが 今の俺のしてみたいことだから。その教えを学んだ時、そこから次のしたいことがみつかるかもしれない、 俺はそう考えてるんだ。」 「凄いんですね…ホフマンさんは…。」 「ラグさんこそ凄いよ!なにしろ勇者なんだろ…ってごめんなさい!」 夢中で語っている内になれなれしく話している自分に気がついたのだろう、あわててホフマンは謝った。 「いえ、ぼく同年代の男性にあったことがないので嬉しいです。気にしないで下さい。」 「いいのか?」 「はい。かまいませんよ。」 「じゃあ、ラグさん。俺はラグさんの方が凄いと思う。自分にしか出来ないことを持ってるっていうのは 凄い事だと思う。俺はまだわからないから、それを探しに行くんだ。」 「…でも、それは、僕がやりたいことじゃないから…僕は今、目の前が真っ暗で何も見えない、そんな気がするんです。 皆の仇を討ちたい、そう思っていても、仇がどこにいるかもわからなくて、皆がそれを望んでいるかもわからなくて… なんだか体の中が、どろどろになった、そんな感じなんです。」 そういうとラグは黙り込んだ。そっと、胸の鍵をにぎる。 ホフマンは、焚き火に灯りに照らされた、ラグをじっとみつめた。 「…あいつは…今、どうしてるのかな…生きて…いるのかな…」 ホフマンは空をみつめた。星が輝いていた。 心交わらず、遠く離れた友人。誤解が解けた今も、その消息は判らなかった。 今でも悔やむ。信じ切れなかった事を。 「あいつのためにも、俺は自分のやりたいことがしたいと思ったんだ。自分のやりたいことを 探そうと思ったんだ。ラグさんも、そうしたらいい。自分のやりたいことやればいいんだよ。」 「だけど…皆は…。」 「俺はよくわからないけどさ。ラグさんの大切な人は、ラグさんに笑ってて欲しかったんじゃないかな? 俺はあいつに笑ってて欲しいよ。だからあいつも俺が笑っててくれる事を望んでると思うんだ。 ラグさんが、皆の立場なら、どうして欲しい?」 「…。」 (そんなこと…考えたこと…なかった…) ただ、必死で、ずっと周りも見ずに走ってた、そんな感じだった。 「綺麗な鍵ですね。お守りですか?」 ホフマンがずっと握り締めている鍵を見て言った。 「…はい、大事な人たちが僕の為に残してくれた…大切なものです。」 「そっか…きらきら光って、綺麗ですね。」 「これを握ってると、落ち着くんです。…なさけないですね、未だに皆に頼ってるなんて。ホフマンさんは 一人でこうやって、旅に出たっていうのに。」 「そんなことないです。俺は間違ってた。それを直してくれたのは、ラグさんたちじゃないですか!俺が こうなれたのもラグさんたちのおかげなんだから、ラグさんもきっと、きっと大丈夫です。なさけなくなんて ないです、俺みたいにねじまがったりせず、がんばってるんだから!」 「ホフマンさん…二人が起きちゃいますよ。」 「あ、…すいません…。」 「ありがとうございます、ホフマンさん。…僕、頑張ってみます。…見張り代わりますよ。休んでください。」 ラグは寂しげにゆっくり微笑んだ。ホフマンは立ち上がり、ラグに向かって言った。 「今、ラグさんの体がどろどろでも、その鍵が助けてくれるかもしれない。真っ暗な中に、 その鍵が光を差し込ませてくれるかもしれないよ。小さな光かもしれないけど、きっとそれが いつか大きな光になると思うよ。俺の心を信じる心が癒してくれたように、きっと。今なら 俺、そう信じられるんだ。それはラグさんたちのおかげなんだよ。無理しなくてもいいよ。きっと 少しずつ、頑張ればいいんだよ。そう思えるのも、ラグさんのおかげなんだから。」 「ホフマンさん…」 「なに言ってるか、判らなくなってきたな…眠いのかもしれない。お言葉に甘えて、ちょっと寝かせてもらうよ。 …おやすみ、ラグさん。」 「あ、ホフマンさん!」 「ん?」 「…信じる心を見て、ホフマンさんには何が聞こえ…いえ、何を感じましたか?」 「…他愛のない、昔の事。当たり前だった昔の、本当にささやかで、それで居て、一番大切なもの…もう二度と帰ってこない 時が、俺には見えたよ…」 寂しそうにそう言うと、ホフマンは馬車の中に入っていった。 ホフマンを見送り、ラグは焚き火に薪をくべた。炎が立ち上がる。 (そういえば、村も、燃えていたな…) 魔物に襲われ、毒の沼地があり、そして炎が全てを燃やしていた… ラグは、ずっと考える事を拒否していた。考える事が怖かった。思い出すことも、 信じることも、怖くて、ただ、動くだけだった。 (すこしずつ…ゆっくりと…) マーニャの気持ち、ミネアの気持ち、ホフマンの気持ち。たくさんの人に向かい合い、 ラグは自分の気持ちに向かい合う勇気が、少しだけ湧いて来たような気がした。 ― でも、こんなもんがないと信じられないってのもどうかと思うわよ。― 「僕は、自分の気持ちから、逃げてた。勇者以外の存在価値が無い事が怖くて。…村の皆を 信じることが出来ずに…逃げてた…。信じられなかった…怖かったから…」 ― 生きてると言う事は、一番素晴らしい事ですわ。未来があるのですもの。― 「未来を、奪われた人はどうしたらいいんだろう…何も悪いことしてないのに、どうして皆の未来を 奪われなきゃ、いけないんだろう…」 ― 自分のやりたいことやればいいんだよ。― 「…僕は…何がやりたいんだろう…なんで旅をしているんだろう?」 体の中でどろどろになっていたもの、ずっと体の中で燻ってたもの。それは、憎しみだった。 悲しみが大きすぎて気がつかなかったもの。たった一人で はじめてラグは、デスピサロを憎いと思った。心の底から。 (償わせたかった。皆の未来を奪った者に、未来を与えたくなんか、なかった。同じ思いを 味あわせてやりたかった…) そっと鍵から、手を離した。憎しみと対面したら、少し心が楽になった気がした。少しだけ、 強くなった気がした。 ― ラグさんが、皆の立場なら、どうして欲しい? ― 「まだ皆の事を…皆の最後のことを、しっかり思い出す勇気がもてない…だけど、信じる心に頼らず、 自分で思い出すよ。そしたら、ホフマンさんの問いかけも、シンシアの最後の言葉の意味も… ちゃんと判るのかもしれない…。」 決意にも似た独り言は、満天の星空に細く融けていった。 |
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