「お前さんたち、この町ははじめてかい?よかったら案内するぜ?」 長い砂漠をようやく抜けて、緑の大地に降り立った。一同皆が喜んだが、特にマーニャの喜びは格別だった。 じめじめした洞窟も嫌だが、代わり映えしない景色にすっかり飽きてしまったらしい。 早くお風呂に入りたい!というマーニャの期待に応え、4人は近くの町、アネイルにやってきた。 そして一同を迎えたのは、街の宿屋の正面にいた、男だった。 「ここは温泉で有名だから、観光客もいっぱいくるんだ、当然、見所もいっぱいあるんだぜ?だけど初めてじゃあ、 全部見切れないかもしれないぜ。良かったら俺が案内するぜ?」 「いえ、結構ですわ。私たち、これでも旅慣れておりますから。」 男の流れるような言葉をさえぎったのはミネアだった。にこやかな笑顔でありながらきっぱりとした口調に 男は押されたようだ。 「そ、そうかい…なら、この町を十分に楽しみな。あ、そうそう、この宿屋はあんまり良くないからやめときな。 この隣りの宿屋がいいって評判だぜ!」 「そうですか?ご親切にありがとうございます。連れと十分検討してみますわね。それでは失礼いたします。」 そういうと他の三人の口をはさます暇を与えず、一礼すると、マーニャの腕をつかみながら、その場を離れた。 「どしたのよ、ミネア?案内してもらえばいいんじゃないの?あたしの魅力に惹かれて、少しでも 役に立ちたかったんじゃなぁい?」 「親切そうな方でしたね。ミネアさん、お疲れでしたか?」 マーニャとラグが交互にミネアに尋ねる。ホフマンはなにやらしきりに感心している。どうやら種が読めたようだ。 「ラグならともかく姉さんまで!モンバーバラでさんざん見て、あげく何回もひっかかってるのに!」 「どういうことですか?」 ミネアの呆れ声にラグが問い掛ける。その問いに答えたのはホフマンだった。 「つまり商売ってことですよ。多分あの男は隣りの宿の人間でしょう。観光案内をしたあと、うやむや宿屋に案内して お客を引き込む。その分値段は高目かもしれませんね。なるほど…ああいう商売もあるんですね…」 「なーるほどね。ミネアちゃん、かっしこい!」 「姉さんで何回も痛い目見てたら、嫌でもわかりますわ。二つ宿があるのでしたら、きちんとその中と料金を 確かめてから、泊まらなくては。」 「僕ちっとも気がつきませんでした。ミネアさんは凄いですね。僕ももうちょっとしっかりしなくてはいけませんね」 一行は街をうろついてみる事にした。疲れてはいたが、宿屋の前に男が居たままだったので、妙にきまずかったからだ。 「やっぱり温泉の匂いがするわねー。夜が楽しみだわー。」 「ここの特産はなんなんだろうな、ラグさん?」 浮かれる二人を傍目に、ラグは周りを見渡した。田舎者だと思われるのはわかっていたが、それでも 何もかもが珍しかった。 「ラグ!姉さん!ホフマンさん!」 そこに地元の人と会話していたミネアがやってきた。なんだか様子がおかしいようだ。 「どうしたんですか?」 「ここの名物を聞いたんです。そしたらこの町アネイルの名物は…」 「温泉でしょ?エンドールまで知れ渡るほどですもの。」 「ええ、それが一つですわ。そしてもうひとつ、アネイルを守った、勇者の鎧ですって!」 「勇者の…鎧…?」 「アネイルにも勇者がいるんですか?」 「いいえ、いたらしいわ。昔この町を救った勇者が残した鎧、それは、真の勇者にしか装備できない鎧だそうですわ。 それがこの村に今でも残っているらしいです。」 「どこにあるの?とりあえず見たいわ。」 「教会らしいですわ。行ってみましょう。」 そう言って教会に向かい歩き出した。 「でも本物だったらどうするんですか?譲ってもらうんですか?」 「無理でしょ。それはここの名物なんでしょ?どう言ったって譲ってくれるわけないでしょ」 「けれど…もしそれが本物ならば…」 三人が話す間、ただひたすらラグは歩き続けた。 (もしもそれを装備できなければ…) 教会につく頃には、夜の帳が近づいていた。ミネアは教会のドアを開けた。 その教会は思っていたより静かだった。祈りを捧げる祭壇のある部屋。そして奥にもう一つ、部屋があった。 「ここには…なにもありませんわね…奥でしょうか?」 「そうじゃないの?ここにあるとお祈りの邪魔になるとかいいそうよね、神父ってのは。」 そう言いながら奥の部屋へ入る。その部屋には白銀に輝く、美しい鎧があった。 「これが…勇者の…鎧…」 ホフマンが喘いだ。それはとてもとても美しかった。 「綺麗な鎧ですわね…たしかに勇者に相応しいのかもしれませんわ…」 「綺麗ねー。これ売ったらいくらになるのかしら」 「…姉さん?」 「やあねえ、売ったりしないわよ…ラグ?どうかした?」 じっとみつめているラグに、マーニャがごまかしてがら、問い掛けた。 「よくわかりません。確かに綺麗ですけど…なんだかそれだけって気がします。」 「何か感じたりとかしないのか?」 「僕には何も。なんだかうすっぺらく感じるような気がします。もしこれが勇者のみがつけられる鎧なら、 僕は…」 「あたし、そろそろお風呂入りたいわぁ。宿取りましょ、宿。教会にいてもつまんなーい。」 ラグの台詞をさえぎって、マーニャが大声をだした。おそらくこの後に出てくる台詞が 三人にもわかっていたから。 「そろそろあの方も、いらっしゃらないかもしれませんわね。いきましょうか。」 結局、四人はあの男が勧めなかった宿に入った。そちらの方が綺麗で安かったからである。騙されそうに なったマーニャがミネアを褒め称えた後、温泉に入ることにした。 一緒に入る?と誘う、マーニャを笑って断り、男風呂にゆっくりと浸かった。 「やっぱり一緒に入りたかったかもな…」 「…いつまで言ってるんですか、ホフマンさん。マーニャさんたちが本気なわけがないじゃないですか。」 「だけどさ、あの魅惑の肉体…生で拝めるなら命だって…」 「…バギとベギラマ受けて終わりですよ…ホフマンさん…」 「う…。」 砂漠で敵と戦った際の手際のよさを、ホフマンも目の当たりにしていたため、それ以上何も言わなかった。 「僕、そろそろ出ますね。なんだかのぼせてきちゃって。」 「そうかい?俺はもうちょっと入ってるよ。いい温泉だし、明日も歩くんだろうからな。」 「はい、ごゆっくり。ちょっと夜風にあたりながら散歩します、僕。」 そう言って、ラグは温泉から出た。 砂漠の側とも思えない風が、静かに吹いていた。その風に誘われるように、少し遠回りしながらラグはゆっくり散歩していた。 教会の向こうを通る。 (あの鎧…本当に勇者がつける鎧なんだろうか?やっぱり僕は…勇者じゃないんだろうな…) 自分が勇者ないことは知っている。だけど自分が勇者じゃないなら… ― 私は何の為に貴方の代わりとなって死んだの?― ラグは首を振る。今、自分が思い出さなければいけないことは悪夢ではない。悪夢の、シンシアではない。 例えもっと辛くても…どんなに心痛んでも、現実のシンシアの言葉でなければ意味が無いのだ。 「あれ・・・?」 目の前に灯りが見える。ここは町の中だ。そんなことはおかしくない。だが、この先に、家なんてあっただろうか? ラグはゆっくりちかづいた。 「うわわわわわ!」 「汝は…誰だ…?」 そこは墓だった。そのまんなかでぼんやりと光るもの…それは霊魂だった。 「汝は…勇者…か?我はアネイルの勇者、リバスト。勇者のあかし、天空の鎧の持ち主だ…」 ぼんやりとした魂は、ゆっくりとしかし確かな声で言った。ラグは驚きより先に、自分が勇者だと 言われた事が気になった。 「…僕はラグ。ただの旅人です。勇者なんかじゃありません。僕は貴方の鎧に何も感じませんでした。ただ、光ってるだけの 薄っぺらいものだとすら、感じました。勇者の鎧に勇者がそんな風に感じるなんて、おかしいですから…」 霊魂を見た驚きなんて忘れていた。自分の気持ちを正直に、ただそれだけだった。 そのラグをみて、霊魂は姿を変えた。ぼんやりだが、人の姿になった。その姿は勇敢で、それで居て、優しげな 戦士だった。身には教会で見た、鎧―ただし随分と汚れていた―を纏っていた。ラグはなんとなく師匠を思い出した。 リバストはゆっくりと、楽しげに笑った。 「あの教会にあるのは、形だけの偽物だ。…私は世界を救うほどの者ではなかった。だけど勇者と呼ばれた。 …身に余る栄誉だな…ただ、私はこの町を守りたかった、それだけだった…ラグよ、お前にあの鎧をたくそう。 あの鎧は魔の者に奪われた。探し出して使ってくれ…」 リバストがゆらり、と揺れた。ラグは、急いで言った。 「僕は…僕は…」 「おぬしがどんな風に使うかわからぬ。だが、おぬしになら任せられる…受け取ってくれ。 そしておぬしの望むまま、使ってくれ…」 そう言うと、リバストは消えた。ラグはただ、見送った。 綺麗な魂だった。ラグはそう思った。そして祈った。リバストの為に。 体は冷えていた。だが心が温かくなった。ラグはゆっくりと、宿へ帰っていった。 えーと今までになく難産でした。ひーひ言ってます。それというのも、私が ホフマンの事をすっかり忘れていたせいです… ゆっくりとラグは勇気を出してきています。これから、ラグはどう化けるでしょうか? |
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