「4名、お願いします。」
 昔はしたことがなかった宿屋の手続きも、すっかり慣れ、ラグはスムーズに台帳に名前を書く。
「実はですね、隣の部屋にいらっしゃる方が病気で長期滞在してらっしゃるのですよ。かなり重い様で… もしお客様の中に医学の心得がある方がいらっしゃったら、少し見て下さいませんか?」
 その表情はかなり暗かった。どうやらかなり重いのだろう。
 部屋に向かう最中、ミネアがラグに告げる。
「私でお役に立てるかわかりませんけれど、その方を見舞ってもよろしいですか?」
「ええ、お願いします。出来る事ならしたいですからね。」
「…なんかねえ、厄介な事に巻き込まれそうな予感がするけれどね。」
「けれど長期滞在だと、宿屋代も馬鹿になりませんからな。」
「あたし達じゃないんだから良いじゃないよ。」
(意外とトルネコさんとマーニャさんは、仲がいいのかもしれないな…)
 そんなことを考えながら、ラグは隣室の扉を遠慮げに叩いた。その後ろにミネアが控える。 さすがにマーニャも何も語らず、トルネコは薬草の入った袋を手に持っていた。
「なんですかな。」
 そこから現れたのは、魔法使いの老人だった。

 ここにたどり着いたのはどれくらいになるだろうか。もうどれだけの時が移ろいだだろうか。 そして。
(姫様がいなくなって、どれくらい経ったのじゃろうか…)
 たった一日が、一年にも思える。その間にも、連れはどんどん顔色を悪くしているのだ。
 新たな大陸について、連れの僧侶の顔色が悪いのは、てっきり船酔いだと思っていた。
「何をしておる、クリフト!いつまでも船酔いを引きずっているでないわ!」
「クリフト?大丈夫?戦闘のことは任せて頂戴。私がクリフトを出番を作ったりしないから。」
「だ、だいじょうぶです、アリーナ姫様、ブライ様。少し慣れないことをしたものですから…。」
「まったく足手まといにはなるでないぞ。」
「はい、申し訳ありません。」
 その表情は暗かった。そして妙に無理をしていた。
 この街に着いた時、既に限界を超えていたのだ。自分たちは『一晩眠れば治る』そう思い込み、 宿を求めた。
 しかし、一晩経っても治りはしなかった。それどころか悪化しているように思えた。医者にも 来てもらったが原因不明。ブライの主君の娘、アリーナ姫が買ってきた薬草を無理やり口に入れ… 全て吐き出した。
 熱は高く、嘔吐を繰り返す。それほど太くは無かった腕は痩せ細り、顔色は青を通り越し、土気色に なっていた。
「こ、このままじゃクリフトは死んでしまうわ!私が、私がもっと早く気がきいていればよかったのに!」
「姫様、落ち着いてくだされ。わしらに何ができると言うのじゃ?」
「だからって、だからってこのまま見守ってたらそれこそ死んでしまうわ!私は絶対に嫌!クリフトを、 クリフトを、殺しはしないわ!」
 目に溜まる涙を吹き飛ばしながら、アリーナは外へ出て行った。ブライは座って、冷やした 布をおでこに当てる。
「早く治るのじゃ、クリフト…おぬしがいなくなっては…旅は続けられないのじゃから…」
「アリー…ナさ…」
「今、ここで倒れるような、ここであきらめるような男には、姫様はやれんぞ…クリフト…」
 そして半日ほど経っただろうか、アリーナが扉を叩き割るように入ってきた。
「姫様!どこに行ってられたのです!」
 その姿はぼろぼろだった。汗も流れ、髪も乱れていた。
「今情報を仕入れてきたわ。近くにソレッタという国があって、そこで取れる薬草を 万能薬なんですって。私は今からそれを取りに言ってくるわ。…クリフトを、頼んだわよ。」
「姫様!それならばワシが行きます!」
「ブライ…それじゃ、間に合わないかもしれないわ。それに私が行くの。ブライは、お願い。」
 毅然とした態度でそう言った。そうしてきびすを返して下へ走り去った。
(王に…そして…御妃様にますます似てらっしゃいましたな…姫様)
 こんな時だが、ブライは少し嬉しく思った。だが…
「真っ先に喜ばねばならんはずのお前が倒れとるとはなにごとじゃ。馬鹿者。」
 その声には覇気がなかった。
 扉にささやかな、音が聞こえた。何かを叩く音。ブライは扉を開けた。
 そこに飛び込んできたのは、鮮やかな翠だった。

 その老人は小さかった。しかし知識豊かそうな、そんな顔だった。だが、 その表情は疲れきっていた。
「僕たちは隣りに泊まるものなんですけれど…ご病気と聞いて、何かできないかと思い、来たんです。」
「私には回復魔法が少し使えますわ。よろしければ、見せて下さいますか?」
 ミネアが小さな声で尋ねた。老人は、ゆっくりと答えた。
「迷惑かけますな。お願いしようかの。」
 横たわる青年。その顔色は、今まで見た人間の中で、一番悪いように思う。その横で老人は、ラグたちにこう言った。
「このような時に倒れてしまうとは、情けない人間じゃ…だが、 こんな青年でも、わしの大切な仲間なんじゃ。どうか、どうか、よろしくお願いします」
 青年の前では決して見せない顔。ラグにも判った。憎まれ口を叩きながらも、この青年を大切にしている事を。
「ベホイミ…これは、相当悪いようですわね…体力は多少回復しますけれど…私には病気は治せませんわ…」
「そっか、駄目か…体力で病気に勝つってことは…」
「相当体力を削られていらっしゃるようですから、難しいのでは?ご老人、なにか心当たりは?」

 トルネコがそう尋ねる。ブライは奇妙な四人組を眺める。美しい少年剣士、怪しいまでの美貌の 踊り子、そっくりな占い師。そして恰幅のいい商人。それは本来ならば、信用に足りる様なものでは ない。
 しかしブライは感じていた。今、目の前にいるのは、希望そのものだということを。

「実は、一つお願いしたいことがありますのじゃが…聞いていただけるでしょうかの?」
 マーニャが少し嫌な顔をした。だがマーニャが何かを言う前に、ラグが答えた。
「僕たちに出来る事でしたら。」
「そうですか、ありがたい。実はもう一人連れがいるんじゃが…薬を取りに、飛び出したっきり帰ってこんのじゃよ。」
「なんだ、薬があるんだ。それなら安心ね。」
「そう思いたいのじゃが…」
 マーニャの発言により心を暗くする。
「どうにも破天荒な方でな…その…無茶をなさる方なのじゃよ。それで、心配になってな。 その方は回復魔法も使えぬし、腕に自信があるとは言え、一人でここらあたりをうろつくのは ちと、物騒じゃし・・・よければ隣りの王国、ソレッタまで、薬を取りに行ってくれませんかの? そして連れを見かけたら、連れて帰ってはくれませんかの?」
「だいたいどれくらいに出られたのですか?」
「わからんが、3.4日前じゃと思うのじゃが。」
「じゃあ、すれ違いになるんじゃないの?その人の特徴は?」
 そう言うと、ブライは固まった。そして苦しそうに声を出す。
「その方は…16歳の栗色の髪、緋い瞳の少女で武道家風の動きやすい服を着ておられます」
「ふうん、で、どうするの?ラグ?」
 意味ありげな目で、マーニャはブライを見る。そしてラグに目線を移す。
「行きましょう。すれ違いになっても良いですよ。無駄になるのでも、この人が助かるのなら、 それでかまわないと思いますし。」
 そう言うとラグはにっこり笑った。
「しゃーないか。ミネア?具合はどう?」
 そう言ってベッドの方に視線を移すと、先ほどよりはいくらかましな顔色の青年がいた。
「少しの間は大丈夫だと思いますわ。私も行きます。ブライさん…しばらくは薬草をすりつぶして 下さい。」
「ありがとう、ございますじゃ。」
 そういうとゆっくり頭を下げる。マーニャはふっと顔をやわらげた。
「疲れてるけど、しょうがないわね。じゃあ行きましょうか。」

 クリフト、わずかに登場です。ブライが大活躍ですね。あと ホフマンでしょうか?ホフマン君とはお別れです。あとでちょっとだけでてくるかもしれませんけれど。
 とりあえずラグがやっと過去と向き合う勇気がもてたことにほっとしています。最もしばらくは 過去に向き合ってる暇はないと思いますけれども(笑)シンシアを信じられたこと、それは きっと大きな勇気になると思いますから。
 次はアリーナがでてきます。はたして上手く動かせるでしょうか?


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