月が中天に昇る前。マーニャはただ、物思いにふけっていた。
(船も、地図も手に入ったわ。もう、隔てるものは、何もないわね…)
 それが嬉しい事なのか、躊躇すべき事なのかマーニャには判らなかった。
(あたしは、あいつを殺すためにここまできた。あと少し…あと少しで、それが・・・)
 ダケド、マダ、コンナニモ…
 もう一人の声は聞こえない。聞こえてはならないから。
(いまはあいつを倒す事だけを考えるわ。それが一番大切なことだから)
 ソウシナイト心ガ乱レテシマウカラ?
 自分の迷いの声に、一喝する。 (あたしは父さんの仇を討つ。それだけの為に、今生きているわ。)
「マーニャさん?」
 そこにはお風呂から出たらしいアリーナが立っていた。

「アリーナ姫…」
「あ。マーニャさん、アリーナって呼んで頂戴。」
 どこかで聞いた台詞を、アリーナは繰り返した。マーニャはふっと、笑う。
「じゃあよろしくねアリーナ。…ねえ、アリーナ」
「なあに?」
「…アリーナってさ、サントハイムのお姫様よね?ねえ、あんたのお爺さん…あたりのこと覚えてる?」
 マーニャはアリーナのほうを見なかった。ただ、空に瞬く星を見ながらそう言った。
 アリーナは首をかしげ、そして答えた。
「見たことはないわ。私が生まれたときにはおじい様はすでになくなってたから。話だけなら 知ってるわ。ブライから嫌ほど聞かされたから。力のある魔法使いだったそうだわ。」
 さりげなく、話を続ける。
「じゃあ、魔法研究員って今どうなってるの?」
「うーん、魔法研究は、サントハイムが昔からやってた事なのよね、たしか。昔から うちの王族には不思議な力があったらしいし、父様にも、そんな力があったらしいわ。 だけど、そのおじい様がね…力が強いばっかりになんだか、より攻撃力のある力を!って、色々無茶やったらしくって、 研究員が人体実験とか、危ないものばっかりやったから、…えーと…ここらへんのこと、 ブライに聞いたんだけど…まあ、父様が規模を縮小したから、今はほとんどないわ。 そのかわり神学に力を入れ始めて、クリフトとか、神父様がサントハイムに来たのよ、たしか」
 ときどきつまりながら、それでも結構すらすらとアリーナは答えた。
 マーニャは胸の鼓動をなぜか早くしながら、アリーナに続けて尋ねる。
「…じゃあ、その研究員たちって、今どうしてるの?」
 ずっと気になってたんだろうか?自分は。今となってはもうどうでもいいことのはずなのに。 だけど…聞いてみたかった。なぜだかはわからないけれど…

「うーんと、ずっと研究に携わっていた一族って言うのは、そのおじい様の時代に、 力を求めすぎて、えっと、禁呪っていう危ないものにまで手を出して、結局自滅しちゃったんだって。 もう離散して、サントハイムにはほとんどいないわ。今研究に携わってるのは、ほとんどお父様が 雇った人たちなの。…でも、マーニャさん詳しいのね。どうして?」
 素朴な質問に、あからさまに目をそらした。
「…昔サントハイムにいた人が、近くにいた、それだけよ。」
「ふうん」
 さして興味のなさそうな返事をアリーナは返した。マーニャはほっとした。

「ねえ…マーニャさん…今度は私が聞いてもいいかしら?」
「なに?」
「マーニャさんは…そっくりなミネアさんが側にいて、苦しかった事って…ない?」
 優しく美しく、たおやかに微笑む母の絵画。薄く記憶にのこる、上品なしぐさ。 そして、母を映しながら、自分を見る周りの目・・・
 マーニャはそれが目の前に存在しているのだ。辛いだろうか?それとも・・・自分だけなのだろうか? こんな感情は。
 マーニャは驚いてアリーナを見る。今はミネアがお風呂にいっているのか、部屋には二人きりだった。
「あたし達は結構違う性格だし、生き方も考え方も全然違うから…外見がそっくりでも あまり関係ないわね。」
「そう…そうね、自分はじぶんだもんね。」
 少し落ち込んだ顔をアリーナはした。
「でも、意図的にそうしてる所はあるわね。役割分担っていうの?特に二人になってからは、物静かはミネアの分担。 明るく派手はあたしの分担よ。でもさ、時々羨ましくなるわよ。あたしが持ってないものを、ミネアはほとんど持ってるから。」
 例えば素直さ。…あたしにはできなかった。父の墓前で泣くことを。愛する人を、信じ続けることを。

「羨ましい…私、うらやましかったのかしら…」
(私には真似できなかった。父様やブライにあんなにも愛されて…)
 アリーナの独り言のような言葉を、マーニャは聞いた。
「あんた、双子の妹、いるの?」
「ううん、お母様よ。小さい頃死んじゃったけど、魔力に長けて、貴婦人の鑑のような人だったって…」
「ふうん、だから武道をやったのね。…おかあさんと同じになりたくなくて。」
 わかる気がした。ミネアと一緒は嫌だった。そう思われたくなかった。自分だけ特別に見て欲しかった。 あの、人に…

「年をとると、どんどんお母様に似てくるのよ、私。このままじゃ、私がいなくなる、そう思ったから…だけど 武道が好きなのも本当…なのよ。」
 何を言ってるのだろう、自分は、ほとんど初対面の人に。これを言ったのは、二人目だ。
「たしかにねたましい事もあるけどね。あたしはミネアが好きよ。ミネアがいなきゃ、あたしどうなってたか わからないもの。今こうしていられるのもミネアのおかげ。…あんたは?アリーナ?お母さんのこと、好き?」
 思いもしない事を言われた。アリーナは考える。そして自然に出た答えを言う。
「…好きよ。優しかった。綺麗だったし、自慢だった。ずっと…」
 好きだったから一緒にされたくなかった。母を好きな自分でいたかった… 一緒にされて、どんどん苦しくなる自分が嫌だった…母が好きだったから。
「じゃあ、大丈夫でしょ?お母さんもアリーナを好きでいてくれるわよ。 どんなにお母さんと違っても、好きでいてくれるんじゃない?」
「そうね、私も姉さんの事、好きよ…もっとお金に慎重になってくれればだけど。」

 そこに現れたのは、ミネアだった。洗い髪が灯りに映え、美しかった。
「いつから聞いてたのよ、あんたも趣味が悪くなったわね。」
 照れ隠しか、憎まれ口が口から出る。ミネアはふっと笑った。それが判っていたから。
「ついさっきよ。大体わかったけどね。…アリーナさん、大丈夫です。 どれだけ似ていても、貴方だけを見てくれる人は必ずいますわ。貴方が貴方であろうとする限り、 貴方はたった一人しかいない、貴重な人間ですわ。」
 そう言ってにっこり微笑む。アリーナはふっと安心できた。マーニャとミネアに 言われた事が、自然に信じられた。
「ありがとう…ごめんなさい、変な事言って。…あのね、 私の城、ほとんど男しかいなくて、お兄さんっていうと、クリフトとか、兵士とかいたんだけど、 私ずっとお姉さんが欲しかったの。マーニャさんとミネアさんみたいに、楽しくて、優しいお姉さん。 私、導かれし者で、嬉しい。二人みたいなお姉さんが出来たみたいなんですもの。」
 そう言って明るく笑うアリーナが可愛らしかった。ミネアも笑う。
「そうね、私もぐーたらな姉じゃなくて、可愛い妹がほしかったわ。よろしくね、アリーナさん。」
 負けずとマーニャも笑う。
「あたしも、口うるさい妹じゃなくて、一緒に遊べる妹が欲しかったのよ。よろしく、アリーナ。」

 アリーナも笑った。楽しかった。話してよかった、と思った。そして疑問を口にした。 この二人の事を何にも知らないと思ったから。
「ねえ、マーニャさん、ミネアさんと二人だけって言ったけど、他に家族はいないの? …それにどうして旅をしているの?」
 空気が凍った。
(聞いちゃ…いけない事だったかしら…)
 アリーナが謝ろうとする。だがその前にマーニャが言った。決意を示すように。
「…父は殺されたわ。父の弟子にね。あたしは、あたし達はその仇討ちのために旅をしているわ。 …命をかけてね。…どんな事をしても達成してみせる。絶対に」
(もう後戻りはしないわ。遠回りもしない。今度は必ず殺してみせる。 あたしの手で、息の根を止めるわ。)
 アリーナはその雰囲気に飲まれた。それは恐ろしい殺気だった。
「協力して下さいね、アリーナさん。私たちは一度負けてますから…アリーナさんたちがいてくだされば 心強いですわ。」
 マーニャの迫力に飲まれたアリーナをミネアがフォローした。ミネアはゆっくり微笑む。氷を溶かす笑みで。

 星はただ、月に照らされていた。刻は決戦をただ、待つのみだった。

   今度は「こんなのクリフトじゃない!」かもしれません、ごめんなさい。
 けれど書きたかったのです。クリフトとラグ、マーニャとアリーナを。
 クリフトは最初の予定よりちょっと闇を持った人間になってしまったんですが、これはこれで満足してたりします。 いきあたりばったりだったり。
 さて、次回はキングレオです!多分…ライアン登場となるでしょうか?ホイミンのこと、 上手くかけるといいんですけれど。



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