「へえ…」
「ふーん」
「ほぉお」
 一同がみな、呆けたように周りを見渡している。
「なによ、何にもない所よ。変わったもんもないでしょ?」
 ここはコーミズ。二人の故郷だ。
「ふーん、のどかなのねー。ここならキックの練習できそうな樹がいっぱいありそうねー。」
「姫様!」
 アリーナの言葉にブライの説教モードにスイッチが入った。
「いえ、ミネアさんの故郷と言われるとなんとなく納得がいくんですけど、 マーニャさんの故郷にしては、随分地味だと思いまして。」
 ブライの説教から遠ざかりながら、トルネコが呆けていた理由を説明する。
「それでも…」
 いつもどおりかブライをなだめにかかり、逆に説教されているクリフトを横目で眺めながら ラグは言う。
「こうしてみると、この空気に違和感がないのがまた不思議です。…いいところですね…。」
「当たり前でしょう、あたしたちの故郷よ?」
「マーニャちゃん、ミネアちゃん!生きてたのかい!」
 そこに一人の人のいいおばさんが話し掛けてきた。おばさんを見て、笑顔になったミネアをそっと抱きしめる。
「ああ、お城に行ったと聞いたときはびっくりしたけど、生きていてくれたんだね…」
「おば…さん…。ええ、ありがとうございます…」
「おばさんも元気そうで良かったわー。ねえ、皆は?」
「皆も元気だともさ。自慢の別嬪が帰ってきたんだ。あとで挨拶にいっておやり。」
「おば…さん」
 強く抱きしめられ、息も絶え絶えになっていたミネアがおばさんを引きなはし、恐る恐る聞いた。

「オーリンは…?オーリンは帰ってきた…?」
 ずっと気にしていた。ここはオーリンと過ごした土地。この村に入ったときから聞こえるような気がしていた。「 ミネア様」と呼びかけてくれるような気がしていた。…幻想だとわかっているのに。
「いーや、ここには帰ってこなかったね。」
「そう…」
 ミネアがうつむいた。マーニャはそれを解さないように、続けて聞く。
「ねえ?魔法の鍵って聞いたこと無い?」
「魔法の鍵・・・ねえ?ああ、そうだ。昔、あんたらのお父さんや、弟子達がなんか騒いでたような気がするよ。 そうそう、結局オーリンにあげたとかなんとか。」
「そう、ありがとう。じゃあ、あたしたち父さんに挨拶してくるわね。」
 そう言って手を振った。
「姉さん…オーリンが持ってるんじゃ…もう…」
「そう…でも、オーリンが持ってるってどういうこと?あいつ鍵持ってるのに、手で城の扉引きちぎってたわけ!?」
 マーニャがずれた所で憤慨している。アリーナがそれに反応する。
「なんですって!あの扉を引きちぎった!…どれほど腕の立つ戦士だったのかしら…それとも武道家?ああ、 一度手合わせしてみたいわ…」
「アリーナ。うっとしてるとこ悪いけど、あいつ錬金術師だから。錬金術は腕力がいるからね。」
「それに…オーリンは…」
「さて、じゃああたしんち行きましょうか。」
 ミネアの言葉をさえぎる。言葉にしてはいけない。言葉には力がある。呪を唱えるように、 暗の言葉は心によりいっそう悲をもたらす。

 倒れた椅子。ちょっとずれたテーブル。埃さえなければ時が止まったように思っただろう。
 マーニャは何も言わなかった。ミネアも何も言わなかった。だから皆も口をつぐんだ。ここには 何も聞かずとも、哀しい雰囲気に満ちていたから。
 アリーナも、クリフトも、ブライも、そしてラグも以前感じた空気に近いことに気が付いていた。 ここは二人の一番悲しい出来事があった場所だと。
 黙って地下をもぐった。そこも昔と同じ。あの時の痕跡が今も色濃く残る。
…ただし、青いスライムさえいなければ。
「ミネア、スライム撃退薬持ってきて。」
「倉庫に在庫、あったかしら?」
「違うよう、僕悪いスライムじゃないよう。」
 スライムが涙ながらに訴えてきた。
「なんですか?そのスライム撃退薬って。」
「言ってみただけよ、気にしないで。というか真に受けないで頂戴、ラグ。」
「でも、父なら作っていそうですけどね…」
「ほほう、お父さんは発明するのですか?それはぜひお近づきになりたかったですなあ… 新しい発見は儲けへの第一歩ですからな。」
「ねえねえ、こっそり訓練する物とか作ってくれなかったかしら?」
「いっそ、おしとやかになる薬でも作ってくだされば…」
「ブライ様まで…それでは錬金術とは何の関係もないではないですか。」
「僕の話をきいてよう!」
 無視して七人で話し始めた人間たちを、非難するようにスライムは叫んだ。
「じゃあ聞きましょうか?ここはあたしの家よ。なんでスライムがいるのよ。」
「姉さん、重要なのはそこじゃないわ。ねえ、ホイミンさんって知ってる?」
 ミネアがしゃがみこみながらスライムに話し掛ける。スライムはぶるるん、と揺れた。
「うん、僕ホイミンと友達なんだよ!」
 嬉しそうに言うスライムの声にマーニャは頭を抱えた。
「あの美形の男の友達がスライム…人は見かけによらないものね。…で、じゃああんたが魔法の鍵のありかを 知ってるのね?」
 スライムはまたぶるん、と揺れた。どうやら人間でいううなずきに当たるらしい。
「うん、ここから西の遺跡の洞窟の地下の奥にあるんだよ!なんか入り口が隠されてるんだって。」
「西の…遺跡…」
 ミネアが呆然とした。マーニャはため息をつく。
「本当に、昔の旅のようね。やれやれ、あいつもそんな便利なもんがあるなら持ってきてくれりゃ良かったのに。」
 ミネアは何も言わなかった。ただ、うつむき、時々首を振って、ただ、歩いた。

「ミネアさん…大丈夫でしょうか?」
「クリフト、お前にはわからぬか?」
 ミネアを横目で見ながらクリフトはブライに問うた。
「ミネア殿はな、過去の幻影に苦しめられているのじゃよ。自らの葛藤と戦っておるだけじゃ… くわしくは判らぬが。わしらにその苦しみを救う事はできぬよ。」
「ですが、ブライ様…その手助けをするのが、神官である私の役目だと思うのです。」
 真剣な表情でクリフトは言う。神への使命に燃えているようじゃ。
「…誰しもそっとしておいて欲しい事はあるものじゃ…クリフト、お前にもわかるじゃろう? じゃが、教会に救いを求めに来た人間のように、ミネア殿が我々に助けを求めてきた時、 その時は我々のできることをやる、それが仲間というものじゃよ。」
「そうですね…そのとおりです、ブライ様」

 ミネア、そしてそんなクリフトとブライを見ながら、ラグはただ、困ったような顔をしていた。

 
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