「行きましょう!サントハイムへ!今度こそ、あいつがいる場所へ!」
「行かなくてはいけないわ!お父様の場所が魔物に汚されるなんて許せないもの!」
 マーニャとアリーナは激昂していた。時が立つほどに、どんどん燃え上がっていった。 頭の中はただ一つ。ユルセナイ。それだけだった。
「姫様、落ち着いてください。お気持ちはよく判ります。ですが、それで姫に何かあったら、 私は…いえ、王様も悲しまれます!」
「だって、今あの玉座を、お父様が暖かく笑って座っていたあの玉座を!魔物が座っているなんて!」
「今すぐ、縊り殺すわ。やっとあいつに会えるのよ!」
「…姉さん…バルザックは…姉さんの事…いえ、なんでもないわ。」
「落ち着いてくだされ。王族の淑女が声を荒らげるなど良くありませんぞ…お気持ちはよく判りますが…」
 気持ちが伝わってくるだけに、思い切った止め方は出来ず、当り障りのないなだめをしたが、 この二人は聞かなかった。今は、何も聞こえていない。それを力強く止める事は誰にも出来なかった。 …ただ一人を除いて。

「…駄目です。」
 そう言ったのは、意外なことにラグだった。予期せぬ方向から止められ、マーニャとアリーナはラグの顔を見つめた。 ラグは真剣な声でもう一度言う。
「駄目です、アリーナさん、マーニャさん。」
 ラグは心の辛さを知っている。マーニャの辛さも、アリーナの辛さも。だから重みがあった。
「休みましょう。最善の状態で挑まないと、後悔します、きっと…」
 それはきっとラグ自身の願いなのだろう。そして、もう誰も死なせたくない、そう言う心の叫びが聞こえたような気がした。
「では、そうですな、ここから北にある、砂漠にでも行きましょうか。何か新しい町があるんでしたか?」
「おお、いいですな。そこはサントハイム領じゃ。ここから大陸を東に回ればサントハイムに着く。 そう行けば他の町を通り、情報も仕入れる事も出来るじゃろう。」
「情報は、勝利の鉄則。情報が入らぬうちは、動いてはやはり上手くはいかぬだろう。」
 トルネコ、ブライ、ライアンが説得を助ける。
「…そうね…ごめんなさい…私が死んだら、きっとお父様、怒るものね…頭に血が上っていたみたいね」
 アリーナが言った。クリフトはほっと息をついた。
「…だけど、あたしはそのために今生きてるのよ…あいつが安穏と暮らしているのに…」
(目の前にあいつがいる。あいつを殺すためなら、自分すらも、あたしはどうでもいい。ラグが …正しいことは…判ってる、けど…だけど…)
「駄目よ、姉さん、約束したでしょ?コーミズで。キングレオで敵を倒したら、砂漠へ行くって。」
(…今行ったら、姉さんまで傷ついてしまうかもしれないわ…体も、心も。)
ミネアの言葉に、マーニャはぼりぼりと髪を掻いた。父の仇はミネアも一緒だ。それでもミネアは そう言うのだろう。…それが恋する仇でも。
「ミネア…たく、判ったわよ、女に二言はないわ!行きましょうとも!」
 マーニャはミネアに甘かった。負い目ゆえに。オーリンを自分のエゴで殺してしまった、その過去ゆえに。


 砂漠はやはり砂っぽかった。黄砂が舞い上がり、そして落ちていく様は、エンドール横の砂漠をそのままに思い出させた。
 様々な思い出を胸に抱きながら、一行はただ歩いた。
「…バザーがないわ…」
「特に町もないようですね。」
 先頭を歩いているアリーナとクリフトがバザーがあった場所を指差す。砂塵にまみれ、良くは見えないが、 そこには何もないように見えた。
「いや、なにやら人影があるようだが。」
 目がいいのだろうか、ライアンがバザーがあったほうを正確に指差し言った。 ラグも目をこらす。
「…ラグさん!?」
 その声は聞き覚えがある声だった。

「粗末な所ですけれど、良かったらどうぞ」
 とホフマンはいつも自分が寝泊りしているテントを提供してくれた。
「びっくりしました。まさかホフマンさんがこんな所にいるなんて。」
「俺しかできない事、ずっと探してたんだ。それでヒルトンさんに色々教えてもらって、俺も ヒルトンさんみたいに町が作りたい、そう思ったんだ。」
「立派ですわ…ホフマンさん、自分の夢をおつかみになられたのね。」
「やるじゃない、ホフマン。がんばんなさいよ。」
 姉妹が褒め称える。ホフマンは誇らしそうだった。まだ何もない砂漠のオアシス。それが 自分の力で一つの町になることを、夢見ているようだった。
「私たちに何かできることはありますかな?」
 トルネコはそう尋ねた。ホフマンは少し考えて言った。
「では旅の最中で、もし今の土地に疑問を感じている人を見かけたら、ここを教えてあげて下さい。」
「わかりました!ホフマンさん。お約束します!」
 ホフマンの夢に協力できることがあることがとても誇らしかった。嬉しかった。
「サントハイム領がにぎわう事はとても嬉しい事じゃ…もしも王がお戻りになられたらこの話をしてみようぞ」
「ありがとうございます。」
 ホフマンはブライに頭を下げた。

「おぬしは…すごいな…」
 傍観していたライアンが、ふとそう言った。
「私は、今なお自分の目的を、生きる意味をずっとずっと探していると言うのに… 何も目的をもたず生きている者など、抜け殻と同じだ。」
 ずっと探していた。王を守る事、それが自分の目的かと王宮戦士になった。だが、本当に自分の 目的だろうか?自分の代わりなど、いくらでもいる。それは自分にしかできない事ではない。 …それを探しに、勇者に会いにきたようなものだから。
 そう自嘲的に笑って言うライアンを、ホフマンは意外な言葉で返した。
「…凄いんですね、ライアンさんって。」
「無理して褒めずとも良い。私はおぬしのように自分だけができる事を、まだ見つけてはおらぬのだから。」
「いえ違います。」
 そう言うとホフマンはにっこり笑った。そしてラグのほうを見ながら言った。
「俺はずっと、自分のことばかり考えてました。嫌な事があればどうして俺だけこんな目にって、考えてました。 自分の存在意義なんて考えた事もありませんでした。ただ、生きていただけでした。それを変えてくれたのは ラグさんです。マーニャさんやミネアさんやトルネコさんです。でもライアンさん、貴方は違います。 自分自身で自分の夢をつかむ事を模索し始めてます。…俺なんかよりずっと凄いよ。」
 ライアンは、はじめて優しげに笑った。そして礼を言った。ラグが加えて言う。
「…ライアンさんは自分の生きる意味を探すって言う目的を持ってらっしゃるんですね。 だから、きっといいんですよ。ライアンさん。いつかきっとみつかります。」
(それに、抜け殻でもいい。誰かを犠牲に生きているより、きっと…)
 星がまぶしかった。胸に光る鍵は、それとおなじ輝きを秘めているようで切なかった。既に癖になった動作で鍵を 握り締めた。


 アリーナはテントから離れた所で、一人星を眺めていた。
(あの時、お父様が大変だって、兵士が待っていてくれたのよね…)
 だけど今はありえない。城には誰もいない。帰っても父はいない。…化け物がそこに座っているから。
(頑張らなくちゃ、私が頑張らなくちゃ…私しかいないんだから…)
「姫様、夜は冷えますよ。」
 ふわっと暖かいものがアリーナの体を包んだ。
「ありがとう、クリフト。」
 かけてくれた毛布を羽織ながら、アリーナは微笑んだ。
(姫は無理をしていらっしゃる…)
 クリフトはその笑みを見て直感した。いつも夏の空のように明るいアリーナの笑顔がとても曇っていたから。
「まさか、マーニャさんとミネアさんのお父さんの仇が…サントハイムにいたなんてね… 皮肉なものだわ。」
 ふふっと笑った。そんな笑顔を、クリフトは見ていたくなかった。
「姫様。私がおります。…ブライ様も、ラグさんたちもいます。ですから…一人じゃありません。 皆で城を取り返しましょう。」
 アリーナは驚いてクリフトを見た。クリフトは痛々しげな顔をしている。
(…まるで今の私の心が判ったようね台詞ね…クリフトはいつもそうだったわね…)
「大丈夫よ…クリフト…」
 そう言うと、クリフトは顔を振った。
「いいえ、姫様。笑わないで下さい。無理して笑っては、いけませんよ。…ここには私しかおりませんから… 笑い顔は、城を取り戻した時に、見せて下さい…姫…」
 心に突き刺さる台詞。そして、それは幼い日、確かに言われた事のある台詞だった。あの時は、 一人ぼっちだと思っていた。けど。
(私は一人じゃなかったんだわ…クリフトがいるもの…)
「大丈夫よね、きっと、城を取り戻せるわね。」
(不安に思うことなんてなんにもないわ。)
「ええ、必ず、取り戻せます。」
 だって皆がいるから。クリフトがいるから。そう、心から思う。
「クリフトは、私を安心させるのが上手ね…小さい頃から一緒にいるせいかしら?」
(それは…いつも私が姫様を見ているからです…)
 それは言ってはいけない言葉だった。だからただ、微笑んだ。アリーナは勢いよく立ち上がる。 そしてテントのほうを向き、もう一度クリフトのほうを振り返った。
「ありがとう、クリフト!…明日からまた元気になるわね!おやすみなさい!」
 その笑顔は温かい春の空のようで。
「ええ、良い夢を、姫。」
 こんな笑顔を独り占めしている自分が、とても嬉しかった。

「では、お気をつけて!…余り良い噂は聞きませんから…」
「ホフマンさんも頑張ってください。」
 朝、別れの挨拶を交わす。今度の別れは辛くなかった。むしろ誇らしかった。
「がんばんなさいよ、いい町作ってねー。カジノなんてあったらいいわねー。」
「お気をつけて。色々大変でしょうけれど、きっと良い町になりますわ。」
「ホフマンさんのすることは、世界の商業にも大きな影響をもたらすでしょう。困った事があったらいつでも相談に乗りますよ。」
「また来るわね。この大陸にまた町が出来るなんて嬉しいわ。」
「この町にもきっと神のご加護がありますよ、ホフマンさん。」
「またいつかここへくろだろう。そしてそのいつかには、王の書面を持ってまいりますじゃ。」
「…おぬしには感謝する。いつか、また会おうぞ。」
 仲間が口々に挨拶を交わす。その一人一人にホフマンは礼を言っていく。
「…ラグさん、また来てください。ここにはたくさんの人が来ます。たくさんの物も来ます。 珍しい物があったら取っておきます。いつか訪れて、持っていって下さい。」
「…いいんですか?」
 ホフマンの事がにラグは聞く。ホフマンは大きくうなずいた。
「ラグさんが昨夜言ってくださった言葉と一緒です。ラグさんの手伝いが出来たら、俺も嬉しいよ!」
 とびきりの笑顔だった。そしてラグもとびきりの笑顔で返す。
「ええ、いつか来ます!ありがたく受け取りますね!」

 思いもしない再会は、何よりも心の宝を受け取れた。道は二つに分かれた仲間。 それでもどこかで繋がっている。
 新たな旅路のエネルギーを得て、ラグたちは、砂漠から旅立った。

   はい、急展開ですね…ちょっとせわしなかったかも。
ホフマン君、いい男になったもんです…そして思ったよりライアンに大きな影響をもたらしたようで、私も びっくりです。

 次回は多分、まだバルザックとは会えないと思います…。その前にこの話では初登場のあの人との 再会劇です。さてはて、上手く書けますやら



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