星の導くその先へ
〜 the time of destiny〜




 遠くに町が見えてきた。少し大きめだが牧歌的な町だった。
「ああ、対岸にレイクナバが見えます…この町がフレノールですね。」
 故郷からずっと見えてきた町に初めてつく感動を、トルネコは覚えていた。
「ええ、あの町がフレノールよ。…懐かしいわね。私の代わりに 誘拐されてしまったメイ、元気かしら…」
「誘拐…この町でもその様な事が?」
 アリーナのつぶやきにライアンが答える。ライアンも思い出した。 イムルで起こった誘拐事件を。
「ええ、そうよ。悪人が私に化けたメイを攫ってね。でも、私がちゃーんと 解決したのよ。」
「そなたがか?そなたは確かサントハイムの姫君と 聞いておったのだが、違うのか?いや、そなたの腕は確かなようだが…」
 バドランドの王族や、貴族の令嬢。今までの常識から見て、王族の、しかも姫が 誘拐事件を解決するなど、ありえぬことだった。
「まったく、姫には困ったものじゃ…まったく誰に似られたのじゃろうなあ。」
 ライアンの意図を正確に汲み取って、ブライが同意する。ちくん、といたむ 胸に気づかぬふりをし、アリーナが笑った。
「だって、私の代わりに捕まってしまったのよ。捕まったのが私なら良かったのに!」
 そしたら、一撃でやっつけてやったのに、そう言いながらアリーナは走った。 …ブライの視線から逃れる為に。自分のこの顔を、見せないために。

「へえ、田舎かと思ったら、意外といい町じゃない。」
 マーニャが周りを見渡しながら言う。
「そうですね。人は沢山いるのになんだか落ち着きますね。」
 人ごみが苦手なラグが、ほっとしたように言う。ミネアもうなずく。
「じゃあ、サントハイムのこと、聞きましょうか。」
 そうして町の中心部に集まる町の人に話し掛け始めた。

「サントハイム?やめとけやめとけ、あんな所に行くのは。」
「なんだかあそこの王様も、お姫様も、兵士も皆消えちまったらしいぜ」
「あそこは魔物の巣窟だよ。入ったら生きては帰れないよ。やめときな」
 そんな情報が行き交う中、一人の老人がつぶやいているのが聞こえた。
「…心配じゃのう…」
 老人はため息をついていた。
「どうかしたんですか?」
「この前、大怪我をした男が、女に連れられこの街に来てな、いまだ宿屋で休養しておるのじゃ。」
「それは大変ですね。…この街の神父はなんと?」
 クリフトが詳しく聞く。自分の回復魔法が役に立つかもしれないからだ。
「それでなんとか命を取り留めたのじゃよ。じゃが、あまりにも傷が深くての… まったくキングレオ城の兵士め、一体なにをしおったのじゃ!」
 どくん、ミネアの胸がはずんだ。
「キングレオ城…て、その男、キングレオ城から来たの?!」
 マーニャが聞き返す。老人は美女の迫力に押されながら、それでも答えた。
「ああ、そうじゃよ。ああ、そういえばお前さんらもサントハイムのことをきいとったが、 その男もわしらにきいとったぞ、サントハイムのことをな。」

(ああ、神様…もし、もし本当にオーリンだと言うのならば、これは何かの采配ですか? もし、もしそうだったならば…神様…)
 また会えるかもしれない、もう会えないはずのあの人に。あきらめていた。生きているなんて もう思わなかった。
 とっさに走り出したミネアを後ろから皆で追いかける。だがミネアは後ろを振り向くことなく、ただひたすら宿屋まで走っていった。
「…まったく、あの子ったら…ちゃんとじいさんの話、聞いてたのかしら?」
(あのじいさんの言ってた『女』って誰なのかしらね、まったく)
 マーニャは立ち止まった。そして皆に呼びかける。
「あたしはミネアと宿屋に行って来るわ。みんな悪いけどそこらにいてくれない?」
「お二人でいかれるのですね…わかりました…オーリンさんだといいですね。」
 ラグはにっこり笑って見送った。そして羨ましく思った。自分にはありえないから。
(シンシアが生きていることは、ありえない…魔物が全て持っていってしまったんだから…)

 二階の奥の部屋。そこにオーリンがいるかもしれない。ミネアの胸は高まった。
(会えるかもしれない…またあの人の顔が見られるかもしれない…オーリンが 生きているかもしれない)
 その鼓動だけで、死んでしまいそうになった。ドアの前に立つ。そしてノックをしようとしたとき、 中の声が聞こえた。
「オーリン様…オーリン様体の具合はいかがですか?」
「ああ、ありがとう、大丈夫だ。もうすぐいらぬ心配かけなくて済むような体になるよ。」
「いらぬ心配だなんて…私はオーリン様のこと…とても感謝しておりますのよ」
「いや、礼にはおよびませんよ…ぐっ…」
「あ、オーリン様、動いてはいけませんわ。まだ体が引きつるのでしょう?あのような大怪我をされていたんですもの、 無理はありませんわ。…死ななかったのが不思議なくらいですわ…」
 そう、生きているとも思えなかった愛しい人には、既に女性がいた。
 扉を叩こうとすると、女性の声がした。まるで自分にさえぎるように。…どうしてこの戸を開けられる?
 あの人の傷の痛みは自分のせい。なら、傷を癒すのは…扉の向こうの人。想いを告げなかった その報いは、世界の隔絶と言う形で、今、現れた。たった一枚の木の板。それは、大きな世界を 隔てる壁。ミネアはその場から、離れるしかなかった。
 でも、惜しくは無かった。声が聞けたから。生きていてくれてから。
(あの人は、これから幸せになってくれる。それが判った。)
 ねえ、他に、何がいると言うの?

「ミネア…オーリンだったの?」
 宿屋の階段。うつむいて、それでも幸せそうな顔をしているミネアをいぶかしみながら、マーニャは聞いた。
「ええ、オーリンだったわ…間違いない。…生きていてくれたのよ」
 涙がこぼれる。嬉しい、そして少しの悲しみの涙。
「じゃあ、なんであんたこんな所にいるのよ?」
「姉さん、行きましょ、サントハイムへ…」
 ミネアはマーニャの腕をつかみ、無理やりに外へ導いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、どういうことなの?オーリンに何を言われたの?」
「姉さん、オーリンには…オーリンをもう私達のことに、巻き込むわけは行かないわ。 オーリンはここで、平凡な幸せをつかむでしょう…あの女性と共に。それを 邪魔するわけにはいかないわ。…私たちにはもう、仲間がいるんですもの。」
 心から出た言葉。それはミネアの願いだった。だがマーニャは首を振った。
「あんたが行きたくないならそれでもいいわ。でもあたしは行くわ。あんたは ラグたちの所へ行きなさい。」
「姉さん!オーリンには他の女性がいるのよ!私たちが行ったら邪魔になってしまうわ!判るでしょ?なのにどうして!」
「あたしが父さんの娘だからよ。」
 マーニャの答えは簡潔だった。その言葉にミネアは絶句する。
「あたしはオーリンの師匠、エドガンの娘だわ。父さんが生きてたら、きっと オーリンの無事をこの目で見たいと言うでしょう。あたしは父さんの一の娘。 父さんの全てを受け継ぐ権利があるわ。…オーリンの無事を確認するのは あたしの権利で、義務だと思うわ。父さんなら、きっとそうするでしょうから。」
 その言葉は、その目はたしかにあの、エドガンと同じ目をしていた。
「マーニャさん、ミネアさん、どうでしたか?」
「何事かあったのか?」
 気がつくと、そこに、行動を同じくしていたらしい、ライアンとラグがいた。
「大丈夫よ、ちょっとね。」
 マーニャはラグたちを見、そしてまたミネアを見て言った。
「…あんたの気持ちもわかるわ。あんたが嘘ついてないのもわかる。 そしてあんたが他の女と一緒にいるオーリンを見たくない気持ちもね。 今はいいわ。あたしがオーリンにミネアの無事を伝えておくから。 ただ、バルザックを倒したら…その時はあんたの顔をちゃんとオーリンに見せに行きましょう。」
 ミネアはゆっくりうなずいた。
「姉さん…お願いね。オーリンにありがとうと言っておいて…」
「じゃあ、皆、どっかで休んでいて。あたしはちょっと、行って来るわ。」
「ああ、承った。」
 ライアンは、ほとんどマーニャのその凛とする姿に見とれていた。呆然と見ていた。 話がわからないなりに、それでもその姿が美しいと思った。…女性を、女性の魂を心から美しいと思ったことは初めてだった。
(初めて会った時も、目が美しいと思ったな…)
 その派手な容姿や行動にごまかされ、少し苦手意識を持っていたが、どうやらそれは自分の見込み違いだったようだ。 避けながらも共に旅をし、その表情が常にこわばっていることも、うすうす気がついていたが。
(仇討ちと言っていただろうか…自分にその手助けが、できるといいが…)
 妙に惹かれるその目を見ながら、ライアンはぼんやりと考えていた。




戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送