(二階の奥だったわね…)
 ミネアに聞いた場所を目指しながら歩いていると、その前には一人の女性が立っていた。
「…帰って下さい」
 自分と同じく長い髪、そして薄い色の髪をしていた。その顔は美人とは言えないが、なかなか親しみを もてる顔だった。だが、その女性は今、マーニャに憎しみの表情を向けていた。
「帰ってよ!何しに来たの!オーリン様を散々傷つけて!」
 その顔は、まるで般若のようだった。マーニャはただ、黙って聞いていた。
「オーリン様はこれから私と一緒に幸せになるのよ!邪魔しないでちょうだい! それなのに今さらずうずうしくオーリン様に顔をあわせるつもりなの?ミネアさん!」

「へ?ミネア…?」
「え…あの…違うんですか…?紫色の長い髪の女性だからてっきり…」
 女性はうろたえていた。その言葉を聞いて、マーニャは全てわかったような気がした。
「あんたその名前、どこで聞いたの?」
「…そんなこと、関係ありませんでしょう?どちらにしろ、帰って下さい。オーリン様は酷い怪我で倒れていた時に 兵士に襲われていた私を助ける為に起き上がり、さらに傷を酷くしながら守ってくださり、そしてここまで逃げてきたのです。 まだその傷は治ってませんわ。ですから…」
 ほとんどふてくさりながら女性は続けた。だがマーニャは引かなかった。
「あたしは、ミネアという名前を、どこから、いつ聞いたかと聞いているのよ。」
 荒立てもしない声。だがその声には迫力があった。ずっと修羅場を潜り抜けてきた者にしか出せない 声だった。女はおびえ、小さな声で話した。
「…オーリン様は…師匠の娘を助ける為にキングレオ城に入り、その娘をかばったそうです… 名前は…私を助ける時に…それと寝言で…」
(なるほどね。つまりあいつはこの女がミネアにでも見えたのかしらね。それで、この女はオーリンをミネアに取られない為に ここで引き返させようとしたのかしら。ミネアがこの女の声を聞いたのも、ひょっとして偶然じゃないのかしらね)
 だけど、駄目だ。この女では。
「悪いけど、あたしはオーリンに用があるの。そこを通して頂戴。」
「いけません!帰って!オーリン様に会わないで!」
 女はおびえながら、それでも扉に立ち塞がった。必死だった。だが、マーニャはそれをせせら笑った。
「あたしは大事な話があるの。あんたのたわごとに耳を貸してる暇はないのよ。どいて頂戴」
「なら、私が承ります!帰って!」
 マーニャは一歩前に出た。
「あんた何おびえてるの?あんたとオーリンは幸せになるんでしょ?ならあたしがオーリンに会おうと 関係ないはずでしょ?オーリンがあんたを選んでいるなら。なのに、なにおびえているの?」
 そう、この女は選ばれていないのだ。だからおびえている。見たこともない『ミネア』に 取られはしないかと。実際そうだった。女はマーニャを見て、危機感を覚えていた。 命がけで助けた女性。それだけでも怖いのに、この美貌。自分ではとても叶わないと。
 マーニャはその女を押しのけながら、さらに言う。そんな手段で誰かを奪おうとする、この女を軽蔑しながら。
「あんた駄目よ、そんなんじゃ。あたしにおびえているようじゃ、お話にもならないわ。…あんたの相手はあたしじゃないの。 もっと手ごわいのがいるんだから。もっと綺麗で、もっと強いのがね。あんたじゃ絶対に適わないわ。」
 マーニャは扉を開け、入っていった。女は呆然とした。

「マーニャ様!ご無事でしたか…良かった…」
 オーリンは涙を流さんばかりに喜んでいた。体はまだ痛むようだったが、それでも体を起こし、マーニャを歓迎した。
「あんたこそ無事で良かったわ、オーリン。」
 マーニャはそう言って笑った。
「オーリン様、まだ体を起こしてはいけませんわ。」
 後から入ってきた女が、マーニャとオーリンを遮るように、会話に割り込んだ。
「大丈夫ですよ。あとは休むだけなんでしょう?」
「ですが!」
「それより、大切な話があるからちょっと出ててくれませんか?」
 オーリンは女に向かっていった。女は慌てて言葉を返した。
「いけません!まだオーリン様は休養が必要な体ですわ!…きちんと体のことを考慮できる人間が側に いないといけませんわ!」
 言外にこの女は貴方の体の事を考えてない馬鹿女よ、と言う嫌味だった。 オーリンはそれに気づいてか、それとも気づかなかったのだろうか、笑いながら答えた。
「大丈夫です、これでも鍛えているのですから。とても大切な話なのです。お願いします」
「私に聞かれてはいけない話ですの?私はかまいませんわ、どうぞ気になさらずにお話ください。」
 女はなおも食い下がった。さすがにマーニャはその態度に耐えかね、もっとも美しく見える 営業用の顔をして、優しい口調で言ってやった。
「貴方とは係わり合いのない話だから、きっとつまらないと思うわよ。それに 昔話だからね、関係ない人がいたら、色々話しにくいわ。悪いんだけど気を利かせてくれる?」
 言外に気の利かない馬鹿女!と言う痛烈な皮肉だった。
「そう言う訳なんだ、悪いけれど」
 言い返そうとした女に、オーリンは言った。女は悔しそうな顔をし、一礼して出て行った。

「あんたもやるわね。あーんな女、側にはべらせてさ。」
「ち、違います!あの人はキングレオ城に実験用として連れてこられたようで…その…。」
「まあまあ、照れなくてもいいって。」
「本当に違います!…それより…ミネア様は?」
 オーリンは真剣にマーニャに尋ねた。ずっと、気になっていたのだろう。
「無事よ。あの女に気をきかせてここには来なかったけどね。『ありがとうと伝えておいて』ですって。」
「そんな!本当に違うんです!私は…」
 愕然とするオーリンに、マーニャはため息をついて聞いた。
「一つだけ聞かせてくれる?オーリン。あの子を助けた時、夕暮れだった?」
 そう言うとオーリンは照れながら言った。
「…お分かりになりましたか。」
 マーニャはまたため息をついた。
 あの女に聞いたときから判っていた。あの薄い色の髪を夕暮れの紫が染めたのだろう。 そして怪我で弱っていたオーリンに、心に一番思っていた人と、知覚させたのだろう事は。

「…オーリン、あんたが無事で本当に良かった。あたしも、ミネアも言ってる。 …生きててくれて良かった。あんたが死んでたらきっと父さんに合わせる顔がないわ…」
「私こそです。…ずっと心配しておりました。あのあとキングレオの兵士に捕まっていないかどうかと。 最後までお守りできなくて、申し訳ありませんでした。」
「全部、あんたのおかげよ、オーリン。だけど、ごめん。あたしはこの命を大切に守る事は出来ないの。」
 そう言い切ってマーニャにオーリンは頷いた。
「そうおっしゃられると思っておりました。その悲願を果たされる事を、エドガン様も望んでいらっしゃるでしょう。 マーニャ様、バルザックは…」
「ええ、バルザックはサントハイムにいるんでしょ。化け物と化したキングレオを倒して、あたし達はそれを聞いたの。」
「ご存知でしたか…強くなられましたね。あの化け物を二人で倒されるなど…」
「違うわ、オーリン。二人なら倒せなかった。あたし達には仲間がいるの。運命に導かれた仲間とやらがね。」
「仲間ですか、どのような方々ですか?」
「勇者よ。勇者と供に旅をする導かれし者。あたし達はその一員なんだって。」


(…私では駄目なの?…オーリン様と供に生きることは出来ないの?…いいえ、 そんなはずはないわ。あの女はオーリン様のことをちっとも考えていないもの!)
 空は薄紫に染まっていた。女は行く当てもなく、ぶらぶらと町をさまよっていた。
(オーリン様に助けていただいた時も、こんな空だった…オーリン様のあの目… あの目はとても大切な何かを守る目だったわ…)
 そんな目を向けられた事がなかった。自分だけを見る、熱い眼を。とても嬉しかった。 だが、兵士に殴られ意識を失いそうになる自分に『ミネア!』と呼んだ様な気がしたのだ。
(気のせいだと思いたかった。ただの幻聴だと…)
 だが違った。傷から出る熱でうなされている時に、オーリンは何度も呼んだから。 「ミネア様」と…
(けれど、そのミネアさんは来ない。オーリン様の元へ。あの女はミネアさんではないのだから。大丈夫、 オーリン様は渡さない。ずっと側にいて看病していたら、きっとオーリン様もこっちを向いてくださる。)
 気がつくと教会の前に来ていた。そうだ、いっそ神父様を宿屋に連れて行き、 あの女との会話を邪魔したらどうだろう。この時間、神父様は奥の畑にいるはずだ。
 そう思い、教会に入った。すると、中に空の夕闇が切り取られていた。
(違う。…人だわ…)
 その人は、ひざをつき、祈っていた。長い髪は床まで届き、その人の姿を隠していた。 その髪は…まるで空を切り取ったように紫だった。
「ありがとう…ございます…神様…」
 かすかに聞こえたその声。その声はとても真摯で、そして清らかだった。

「運命は、星に導かれ、そして未来を紡ぐ…そう昔、ミネア様は言ってらっしゃいましたね。 マーニャ様、ミネア様がそんな星の元の運命の元にお生まれになっていたとは…」
「みんな、あたし達の仇討ちに協力してくれるわ。内三人はサントハイムの王族に関係ある 人たちだし。…バルザックは、いるのね?サントハイムに。あたしが今度こそ、あいつを殺すわ」
「はい、マーニャ様、お聞きください。バルザックはデスピサロという魔物の保護をうけているようです。デスピサロは、あの 進化の秘法を使い、魔物達をさらに強靭にするつもりだと兵士たちが語っておりました。」
「デス…ピサロ…?」
(ラグの仇。あいつが裏で糸を引いていた?バルザックが変わったのも…)
「その名をご存知なのですか?マーニャ様?」
 マーニャはふう、とため息をついた。
「…なんだか避けては通れない、因縁のある敵みたいね。あー、ミネア恨むわよ!あたしが一人で この事皆に言わなきゃいけないんだから!」
「…相変わらずのようでほっとしました。申し訳ありません。バルザックを討つ手伝いも、私にはもはや出来ません。」
「ううん、あんたは十分手伝ってくれた。あんたがいなきゃあたしもミネアも死んでたわ。 …それに何より生きていてくれた。それで十分よ。」
「もったいない、お言葉です。マーニャ様…」
「あんたも相変わらずね。もう父さんはいないわ。あたし達に遠慮する事なんてない。…様なんて、いらないのよ。」
 そう言うと、オーリンはただ困ったように笑った。
「…必ず生きて帰ってきてください、マーニャ様。そしてミネア様も。…私は、まだ言い残した事があるのです。」
「終わったら、必ず逢わせるわ、ミネアに。ミネアも、きっとあんたに言いたい事があると思うから。」
 マーニャは立ち上がり、片手を挙げて部屋を出た。そして仲間たちの…妹の元へ足を向けた。

戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送