「オーリンを、貴方の御許へ連れていかなかくて、ありがとうございます…」 その声はとても清らかだった。女はただ、その姿を見つめる事しか出来なかった。 少し涙ぐんだ声が、心に響いた。 「あ、…ごめんなさい。礼拝ですか?」 その女性は立ち上がり、こちらを向いた。その顔は、先ほど見た女性、マーニャにそっくりだった。 「お邪魔して、ごめんなさい。失礼しますわ。」 その眼は今だ涙にぬれていた。 (ミネアさん…だ…) 女は直感した。そしてあの時、扉の向こうにした気配は、多分この人だったのだろうことを。 「わ、私!」 とっさに叫んでいた。 「私、負けません!…今はまだ、恋人ではありませんけれど…でも、負けませんから!」 そう言うと、駆け出した。恥ずかしかったから。マーニャが自分では駄目だと言っていた理由が痛いほど判ったから。 (今の私では、適わない…だけど…) 走っていく後ろ姿を、ミネアは呆然と眺めた。声を聞いて判った。あの時の女性だと。 (「私、負けませんから!」か…ふふふ…) 自分の誤解だとわかって、なんだか複雑だった。オーリンに平凡な幸せを つかんでほしいと言う気持ちは変わらない。だけど。 (逢いに行くくらいはいいかもしれないですわね…全てが終わった後、言い忘れた、言えなかった思いを告げるくらいは…) なんだか凄く幸せな気持ちになりながら、ミネアはラグたちがいるところへ向かった。 「デスピサロが…裏で…?!」 その言葉に、ラグはショックを受けているようだった。 「やっぱり…あいつが全ての元凶なのね!」 そのアリーナの台詞が、全てを現しているようだった。 (すべては、デスピサロから始めるのか?全てあいつがのしわざなのか?) 憎しみで、胸が詰まりそうだった。 サントハイムには、デスピサロはいるのだろうか・・・。あいつを、倒す事が出来るのだろうか… 「そういえば、おかしな噂を聞いたのですよ。」 トルネコが話題を変えた。 「黄金の腕輪、というものをご存知ですか?」 「ええ、知ってるわ。メイが人質になったとき、あたし達が南の洞窟から取り出して、犯人に渡したのよ。… その隙に、攻撃するはずだったのに…」 「地中深くに封印してあったようです。…それがどうかされましたか?トルネコさん?」 クリフトが促すと、トルネコはうなずき、関係あるかわかりませんが…と前置きし、話した。 「そこの墓守の老人に聞いたのですが、黄金の腕輪とは魔術や錬金術に使う道具で、 暗黒の力を増幅させ、強力な波動を生み出す力を持っているとか…なにやら関係があるような気がいたしまして…」 全員が、その言葉を聞いて、なぜかぞわっとした。全身が嫌な予感で震えた。 「…デスピサロが、それを使ってよからぬ事を考えてなければよいが…」 ライアンの言葉が、全員の心境だった。 「…考えていても仕方ないわ。…今はサントハイムに行きましょう!…国を化け物から取り戻すの!」 「ええ、…あいつを殺すことが先決よ…今度こそ、行くわよ、ラグ。皆。」 「行きましょう、父の仇を討つ為に…私は行きますわ。」 変わらぬ思いを抱えながら、決意も新たに、街を出た。山を登り、村を越え、先に城の先端が 見えても、みな無言だった。宿屋で休んだ時も、誰も言葉を発しようとしなかった。 ここまで来た。始まりの地。 (貴方は、ここから始まったのよね。) マーニャは笑う。愛しかった人の話を思い出しながら。バルザックはここで研究員をし、 そして力ばかりを追い求める一族に憎み、そして絶望し…この城を出たのだから。 (あいつはちっとも変わっていない。…あいつはずっと恨んでいたのね…) そしてこれから、逢いに行く。殺したいほど、憎い人に。 (今度こそ、殺してあげるから。) 城は、目の前だった。闘志をたぎらせ、その城を微笑みながらにらんでいた。 ここは魔物の城。私が治め、やがて世界を支配する。 (私は進化の秘法をもって、誰よりも強くなった。) 強くなりたかった。いつの頃からか、ただ、強くなる事を考えていた。 (今の私は人を超えた。魔物すら越えた、至高の存在。) 強くなれた。誰よりも。私を脅かす者は何もない。 (さあ、来るがよい…) どうしてその人物を待ち望んでいるのか、バルザックにも判らなかった。既に自分の中では虫けら 同然の人間だ。 (お前を、殺して、私は完全になるのだ…) その理由はわからない。ただ、刻は間近に迫っていた。 「すごい魔物たちだ…このように魔物があつまるのは、初めて見る…」 ライアンが感心するとおり、サントハイム城は、在りし日の美しき姿を踏みにじるように、魔物たちで溢れていた。 「許せません…あんな美しいサントハイムの城を…」 「王様がいずれ帰ってこられるその時の為にも、浄化しなければなりませんな!」 「…私達の城を…許せない…」 クリフト、ブライ、アリーナは見慣れた城を見て、信じられなかったようだ。こんな荒れた城が、 本当に自分たちの城だということを。 「ですが、そのまま敵を探すのは無理そうですな。たどり着く前に、体力が持ちませんな。」 「ですな、…二手に別れ、敵をおびき寄せている内に、首領を倒すというのはどうだ?」 トルネコとライアンの意見に皆が同意する。それが一番効率のいい方法だろう。 「では、我々が詳しいですので、道案内致します!」 クリフトが、その怒りに任せたまま、名乗りをあげた。 「そうじゃな、多分玉座にいるじゃろう。姫とわしと、クリフト…それからラグ殿じゃとバランスが…」 「あたしが行くわ。」 ブライの言葉を遮って、それまで黙っていたマーニャが口を開いた。 「ですが、それでは戦力的にバランスが…」 クリフトの言葉をマーニャがもう一度遮る。その迫力は、まさに炎だった。全てを、この世の全てを燃え尽くす炎。 「あたしはバルザックを倒す為にここにいるわ。誰にも邪魔させない。 あたしにはバルザックを討ちに行く、権利があるわ。もし邪魔する奴がいるなら、それが誰であろうと殺すわ。」 声を荒立てたわけでもない、淡々とした口調だった。しかし、それは真実だった。それが例え ミネアやラグであろうと、マーニャは殺すつもりだった。邪魔をするなら。 マーニャの言葉は、皆をぞっとさせた。それでも圧倒されなかった人間が三人いた。 一人はミネア。マーニャの怒りに耐性が付いていたためでもある。二人目はラグ。冷静に煮えきる心をよくわかっていたから。 そして三人目は、意外な人物だった。 「判ったわ、マーニャさん。案内は…私がいれば大丈夫よ。二人は悪いけどおとりにまわってくれる?」 それはアリーナだった。アリーナはマーニャの気持ちを宿屋の夜に、受け取っていた。…それとも、 それこそが女王の資質なのかもしれない。 「じゃが!」 「気持ちはわかるわ。…だけど、クリフト、ブライ、言ったわよね。お父様は生きてるって。私もそう思うわ。 なら私はマーニャさん達に仇討ちをして欲しいわ。マーニャさん達にはその権利があるもの。」 「…ごめんなさい、クリフトさん、ブライさん。ですけれど…これだけは譲れませんわ、私も。 …父の仇討ちは私達の悲願です。ごめんなさい…」 ミネアは申し訳なさそうに、それでもきっぱりと言った。 「でしたら…私と姫と、マーニャさんたちでは…」 クリフトはどうしても着いていきたかった。何かあった時の為に。魔物が座る玉座を見て苦しむ アリーナの苦痛を、少しでもやわらげられるように。 「僕が行きます…クリフトさん。何かあれば、必ず呼びますから、引いてくださいませんか?」 ラグはやんわりと言い出した。クリフトの気持ちもわかった。だが。 「デスピサロに少しでも関係のあることを、僕はつかんでおきたいんです。」 (そして、見届けたい。マーニャさんとミネアさんの戦いを。) 「それなら私が伝えます!魔物にきちんと問い詰めます!」 クリフトはそう言った。それに対してラグは声を小さくして、クリフトにつぶやいた。 「アリーナさんお一人だけなら、クリフトさんにも何とかなると思いますけれど… あのお三方が暴走されたら、…クリフトさん、抑えられます?」 そういわれて、クリフトは絶句した。しばらく考える。 (無理ですね…絶対に…) 女性は強い。まして姫は力が、マーニャは勢いが、ミネアは意思の頑固さが、強い。 とても自分では抑えられないだろう。そして… (もしお三方が暴走されたら…城は崩壊するかもしれないですね…) そうしてクリフトはあきらめた。そしてラグに心から言った。 「よろしくお願いします…そうして、どうかご無事で…」 「はい…」 ラグも、自信はなかった。自分が三人を抑えられるかどうかは。だが、多分、三人を 抑える事ができるなら、それは自分だけだろう、と思っていた。皆、自分に甘いから。優しくしてくれるから。 本当はそれだけではなかった。ラグは強くなっていた。心も体も。冒険を始めた当初とは比べ物にならないほど。 城の門を開け、ライアン、トルネコ、クリフト、ブライが城の中へ入っていった。そうしてひきつけているうちに、 ラグたちは、城に忍び込んだ。 オーリンの登場です。だけど、主役は皆様の予想に反して マーニャですね。…オリジナルキャラを一人登場ですが。オリジナルって言ってもゲームでもちゃんと出てきますけれど。 めっちゃ嫌な女にしてみました。まあ、この子の気持ちも判らなくもないんですが。 ちなみにテーマソングは山口百恵の絶体絶命です。修羅場に参加してるのはミネアじゃなくてマーニャですけれど。 …しかし格が違うからな…可哀想に。 そしてサントハイムへ進入しました!次回、ついに決戦です! 次回もマーニャがおもいっきり主役です、すいません、ご贔屓なので。この話はこの小説を書き始めるにあたって 書きたい、と思わせた動機の一つです。果たして、どんな幕引きになるでしょうか?ご期待ください!
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