仕事が終わって、扉を開けるとそこは夕闇だった。自分が最も見たくなかったもの。 (オーリン様…) オーリンは、いつも自分に優しかった。いつも微笑んでいてくれた。けれど。 (私に向かって、手を差し伸べてくださる事は…なかったのに…) オーリンの手は、ミネアの肩に。ミネアの手は、オーリンの胸に。 思わず駆け出した。 ”あんた駄目よ、そんなんじゃ。あたしにおびえているようじゃ、お話にもならないわ。…あんたの相手はあたしじゃないの。 もっと手ごわいのがいるんだから。もっと綺麗で、もっと強いのがね。あんたじゃ絶対に適わないわ。” マーニャに言われた台詞。マーニャは強かった。激しく燃える、炎を目の前にしたようだった。マーニャに立ち向かっていったのでは とても叶わないと思った。そして、この人がミネアでなくて良かったと思った。ミネアはたおやかで戦おうとしない 大人しそうに見えたから。教会であった時の目。敵意をもたない眼で自分を見ていた。 (だけど、違った。…ミネアさんは戦う事を知らない人じゃない…ただ、ミネアさんの敵は私じゃない…それだけ…) 痛いほどわかった理由。それはミネアは、自分が敵だと思ってなかった。ミネアは、自分とオーリンしか見ていなかった。 (ミネアさんは、ミネアさん自身と、オーリン様しか見ていない…恋敵と戦う事なんて、考えていない人なの…) 奪おう、勝とう、そう考えている自分には勝てない…他人に立ち向かう事で、オーリンが自分をどう思っていてくれているか、 そう考える事から避けていた自分には、きっと勝てない… それが、ミネアの戦い方だった。誰かを叩きのめすのではなく、傷つけるのではなく、自分を高めようとする、静かな戦い方。 その戦い方ができる人間は、それだけで強いのだ。 (だけど…まだあきらめたくはない…手放したく…ない…) 「…ごめんなさい…泣いてしまって。」 「いえ…こちらこそ、もうしわけありませんでした…」 そう言いながら、ぎこちなく二人は離れた。ゆっくりと笑う。 「…結局、バルザックを倒すお手伝いも出来ませんでしたね…」 申し訳なさそうに言うオーリンに、ミネアは勢い込んで言った。 「いいえ!オーリンは十分助けて下さいましたわ!」 「…それでも、私は結局、兄弟子に勝つことは出来なかったのですね…。」 いつかの約束。『兄弟子に勝つことが出来たら、その時は様抜きでミネアを呼ぶ』 そんなささやかな約束を、覚えていてくれたのだろうか?ミネアは、少し嬉しかった。 「…私にとっては…オーリンは、勝っていたと思うわ…」 「ミネ…」 ぼそっとつぶやいた一言を、オーリンは拾った。だがそれを聞く前に、ミネアは立ち上がった。 「お邪魔しました。また姉さんと来ますわ。…体、大切にして下さいね。」 「ミネア様!」 扉に向かおうとするミネアの手を、オーリンが握る。 「ミネア様!…私は、ミネア様に伝えたい事が…」 どくん、と胸が跳ね上がった。手から伝わる熱が、自分の胸をどきどきさせた。 (私も言おうと思っていることがあるの、オーリン!) そう叫びたかった。ずっと心に閉じ込めておいた、想い。だが。 (まだ終わっていない…まだ、終わってはいないの…) 仇を討つだけで、自分たちの今までの思いを終わらせる気にはなれなかった。ミネアはそっと、 オーリンの手を握り返した。 「オーリン、私を信じて下さい。」 「ミネア様…」 「これから私は、またラグ達と旅に出ます。」 「ラグ…マーニャ様の言っていた勇者様ですか?」 「ええ…その方たちとデスピサロを追います。…そうすれば、きっと今度こそ、全てが終わる、そんな気がするのです。」 「それはミネア様の、占いですか?」 オーリンはそっと聞いた。だが、ミネアは首を振った。 「いいえ…多分、私の占いでは追いきれない、大きな星が導く運命ですわ…私達はそれに沿って、旅に出るのですわ… そして、その運命に沿うことは、私自身が決めた事ですから。」 「…また、危険な事になりますね…私もお供できれば…」 「いいえ、オーリン。オーリンはここにいて下さい。そうしてくだされば、私きっと死にませんわ。… オーリンの言葉を聞きに、きっと帰ってきます。」 「ミネア様…はい…ご無事で…」 「私も、オーリンに言いたい事が、ずっとありますわ…言いに来ます。わがままかもしれませんけれど、 待っていてくださいますか?」 握り合った手が、暖かかった。鼓動がそこから伝わりそうで、ミネアはただ、怖かった。 オーリンはミネアの手を、強く引いた。ミネアは、もう一度オーリンの胸の中に収まった。 オーリンは小さな声で、ミネアに囁いた。 「…待っています…必ず戻ってきてください。その頃にはきっと私の怪我も治っています。… また泣きたくなったらいつでも、私の元へ来てください…ミネア…」 胸の鼓動はただ早く、二人を包んでいた。 「あった…あったわ!クリフト!ブライ!早く!」 マローニの音楽が途切れる頃、アリーナは教会の裏、少し開けた原っぱで、その立て札を見つけた。 「…幼い頃の、王の文字ですな…」 「お父様…少し斜めにする癖、昔からだったのね…」 ブライの言葉に、アリーナは硬直しながら言葉を放つ。 「姫様…王からの姫への言葉、お読みください…」 「うん…『お空のずっと上には 天空のしろがあって りゅうのかみさまがすんでるんだって。りゅうのかみさまは とてもつよくて むかしじごくの帝王をやみにふうじこめたくらいなんだ。天空のおしろのことは スタンシアラの人たちがくわしいとおもうよ。』…」 そう言って、アリーナは口を閉じた。 「天空の城…って、なんでしょうか?」 「空の上には城があって、神様が住んでいると言います。ですが…スタンシアラ…神学に熱心な国なのでしょうか?」 ラグの疑問にクリフトが答える。神学の教本に載っている基本事項だ。だが、王が何故その事を立て札にして 伝えようと思ったのか、判らなかった。 「地獄の帝王…どこかで聞いたわ…どこだったかしら?」 「王は、姫がこのことで困っているとどうして思ったのじゃろうか?」 そう言いながら、ブライはアリーナを見た。アリーナはうつむいたまま、ただ立っていた。 「姫様?どうなさったのじゃ?」 「…あんまり意外な言葉だったから、ちょっとあぜんとしちゃっただけよ。 どうせなら、もっと役に立つ情報くれれば良いのにね…残念。」 アリーナは、いつもの調子で言う。ちょっとぼんやりしてただけのように。 「…宿に戻りましょう、姫様。」 クリフトは、アリーナの目をまっすぐ見ながら言う。 アリーナの笑顔は曇り空のようだった。そんなアリーナを止めておきたくなかった。 「だ、大丈夫よ、クリフト。」 「…戦いで疲れてらっしゃるはずですよ、姫様。それにそろそろミネアさんも帰られているはずです。…戻りましょう?」 最後に優しく問い掛ける。 (昔から、クリフトはいつでも私の言う事を聞いてくれたけれど…こういう目をした時には絶対に引いてくれないのよね…) アリーナはあきらめて歩き出した。宿へ戻る為に。クリフトの好意に応える為に。実際、限界だと 思った、自分が自分らしくいられる、ぎりぎりだった。 夜の帳は、まさに目前に迫っていた。遠くから、ミネアが降りてくる風切り音が聞こえた。 少女漫画ですね…一昔前の。はい、すいません。暗くなかったような感じが…特にミネアは。 マーニャとは違う、ミネアの強さを表現したかったのですが…失敗でした。 王様のメッセージが思い出せないで、ファミコン版見て書きました、はい。あとサントハイム王のしつけ係、 名前ありましたっけ?一応キャラに名前を付けないように頑張ってるんですけれど…つけたほうが自然だったでしょうか? 難しいですねー、私ネーミングセンスないのでちょっと怖いです。 サントハイム編は、しつこいながらも後一話続きます。すいません。そしてあいかわらずラグは 活躍しないのです。…精進します。
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