星の導くその先へ
〜それぞれの夜。〜






 あの頃のサントハイム城は夜でもガラスの城のように輝いていた。 森の奥に見える城は、丸い月明かりに照らされ、 たいまつの灯りが周りを覆う。中ではろうそくの明かりが妖精のように照らしていたのを今でも 覚えている。
 今日の月は満月だった。ランプを持たずにアリーナは、サントハイム城に近い浜辺に来ていた。 城で辛い事があった時、耐え切れなくなるくらい苦しい時は、ここに来て潮騒を聞いていた。 岩場の影。少し開けているが、森と岩場に隠れて、兵士にも魔物にも見つかったことのない秘密の場所。 母が死んだとき、母の残り香だと感じた時、王女のいう地位に重くなった時…ここで 心を癒し、そして明日には自分らしく笑えるようにと頑張るのだ。
 昔のサントハイムの面影を持たない、暗黒の城を見ないよう、アリーナは海に映る 月を眺めた。
(王族は、一番上に立つもの。…その人間が弱気な所を見せていはいけない… 見せてしまっては臣下も弱気になるから…お父様…私頑張ってるのに、出来ないのよ、 クリフトとブライにずっと不安な思いをさせているの…)
 父の面影は、城にはなかった。暖かな空気も全て失われていた。
(お父様、どこにいるの?私はどうしたらいいの?)
 もし自分が、あの時外になんて出なければ、城に残っていれば、こんな事にはならなかった。王族たる者、 決して臣下を見捨ててはならないのに。けっして私利私欲に走ってはならないのに。
(私が、城をああした。城を荒らした。…私が…お父様を…)
 かさり、と音がした。アリーナの思考は遮られた。

「誰!」
 そう言いながら、構えを取る。だが、すぐに解いた。
「クリフト…」
「すいません、邪魔してしまいました。」
「かまわないわ。ちょっとびっくりしただけよ。」
「姫様は気配を感じるのが上手になられましたね。」
 見慣れた顔が、困った顔で茂みの奥から出てきた。帽子はとっているが、いつもの見慣れた神官衣 姿だった。クリフトはアリーナの隣りに腰をおろした。
「姫様…こんな夜中に危ないですよ。」
「大丈夫よ。…バルザックがいなくなって、この城の周りにモンスターはいないみたいよ。…しばらくしたら また集まってくるんでしょうけれど。」
「そうですね…一時の間でしょう…」
 そうして二人は黙った。しばらくの沈黙。さあっとアリーナの髪を風が弄んだ。
「どうして、ここにいたの?」
 アリーナがクリフトを横目で見ながら聞く。クリフトはしばし考え、ゆっくりと慎重に口を開く。
「宿屋で神への祈りを捧げていたら…姫様が、町の門から出られるのを見かけたのです。」
「それにしたって…どうしてここが…」
 この場所のことは、誰にも言った事がなかった。宿屋から町の外へ出たところを見ても、この場所 が判るはずがない。いや、探してわかったとしても、もっと時間がかかるはずだ。
 クリフトはアリーナの疑問にどう答えようか困っているようである。 いぶかしげに思ったとき、先ほどのクリフトの台詞を思い起こした。
(気配を感じるのが上手になられた…って?つまり、今までなら気がつかなかった…ってこと?)
 そう気がつき、アリーナはぎぎい、とクリフトのほうに顔を向ける。
「クリフト…?もしかして前からこの場所、知っていたの?」
「もうしわけありません…」
「…いつから?」
「私が初めて城にあがった頃、姫様が花壇の花を抜かれた日…です…」
(忘れません…晴天の空のような姫君だと思っていた姫が、落ち込むところを見た、 最初の日を…姫君とはいえ、ただの人なのだと、明るく振舞っていらっしゃるだけなのだと気がついた、最初の時を…)
 クリフトが言ったその時は、二度目の時だった。ほとんど最初からクリフトはここを知っていて、 ずっと自分を見守っていたのだ。
「申し訳ありません・・・ただ、その時姫様はまだ小さかったですから…その、外で 魔物に襲われてはと…」
 しどろもどろになりながら、クリフトが言い訳する。そのクリフトの言葉の先がアリーナには見えた。
(きっとクリフトは、私がここに来るたびに、見守っててくれたんでしょうね…どんなに大きくなっても…)
「ありがとう、クリフト。…私はいつまでも幼い子供のままね。心配かけっぱなし。…失格ね。」
「違います!」
(私は姫様が子供なんて思っていません!ずっと、ずっと前から、私は…)
 とっさに叫んだ言葉の後半を押し止め、クリフトは、別の言葉を言う。
「違います、姫様。…姫様は失格なんかじゃありません…もし失格の姫ならば、私は心配したりしません。 心配されるというのは、それだけ、その…魅力的な、方だと言うことです。人に好かれない方が、 人の上になんて立てはしません。…愛されるという事、それは何よりも神から与えられた財産なのですよ」
 神官らしく、臣下らしくと自分にいい含め、アリーナに語りかけた。
(ラグさん…やはり、私には告げることが出来ないようです…)
 心の中で苦笑いしながら、アリーナには優しげな笑顔を見せた。
「ありがとう…クリフト…クリフトは、いつもそうね。いつでも私のこと、守ってくれてる。 情けないわね、ごめんなさい…」
「姫様…いいえ、姫様。いつでも頼ってください、…そのために私たちがいるのです。」
 クリフトの言葉に、アリーナはうなずいた。そして、アリーナは視線を後ろに向けた。… サントハイム城へ。クリフトはいたわるように言う。
「さぞかし、お辛かったでしょう。王様の椅子に座った、モンスタ―を見て。」
「ううん。大丈夫よ、辛くなんてなかったわ。」
 海辺の音を聞きながら、アリーナは少し微笑みながらそう言った。
「無理なさっていませんか?」
 クリフトは心配だった。自分を心配させまいと、心を騙して笑うのならば、これほど辛いものは無いだろう。
(無理しないで下さい…せめて、自分の前でだけは…)
 それはクリフトのわがままだ。だが、せめて自分が見たくなかった。曇り空のような姫を。
「クリフトに嘘ついても無駄だって知ってるもの。何時だってクリフトは、私のことを、何もかも見破るんだもの。 隠し事なんて、しないわ。」
 ただ、とこちらをむきながらアリーナは続ける。表情が変わる。
「戻らない、お父様、みんな。そっちの方が何倍も辛いわ…」
 そういうと、アリーナは立ち上がり、走り去ろうとした。顔をそむける。
「姫様!!」

「なあに…クリフト?」
 アリーナはこちらを振り向かない。クリフトは、その背中に声をかけた。アリーナがどんな顔をしているか、 知っていて。
「…そのままで、宿に戻られるのですか?…私は、やはりお邪魔でしたか?」
「…邪魔なんかじゃないわ…帰ろうと思っただけ…」
「姫様、その方向は、サランじゃありませんよ。…また、別の場所で心迷われるんですか?」
「本当に何もかもお見通しね…」
「では…私には力不足でしょうか?姫様の心の受け取り手としては…」
 アリーナにはクリフトの表情が見えない。ただ、暖かい視線を感じる。
「…そうじゃないわ…クリフトが、悪いんじゃないわ…」
「いいえ、臣下として神官として恥じるばかりです。…お役に立てないばかりか、迷惑をかけてしまうなんて…」
「違うわ!」
 そう言ってアリーナが振り返る。クリフトの頬に、水が一滴ぶつかった。
「違う…クリフトはよくやってくれてる。神官としてもとても優秀だと思うわ。」
「では、私に姫様の苦しめる心を打ち明けては下さいませんか?それとも私では、力不足でしょうか?」
「違うの…ただ…情けなくて…」
 そう言うとアリーナはもう一度腰をおろす。
「本当は、私が貴方達を支えなくちゃいけないのに…私は弱くて…お父様も、貴方達も守れないくらい弱くて… ここで、また臣下に頼るなんて…私…」
「けれど、それが臣下の勤めです、そして神官の務めです…姫様。」
 クリフトは、臣下として、神官として模範的な答えを返す。…そうしないと違う言葉が出てきそうだった。
「けど、私はクリフトの神への信仰の邪魔をしてるわ…こうして旅に出てたんじゃ、クリフトは神様の勉強も出来ないわ… なのに、困った時だけ神様に頼るなんて、出来ないわ…」
(甘えてはいけない…甘えてはいけないわ…)
「姫、この旅も、神に近づく為の修行だと思っております。ですから…」
 なお言い募るクリフトに、アリーナは城を指差した。
「私の国は、あのとおりよ。もう、サントハイムに、神のご加護なんてないのかもしれないわ。 私のに仕えることなんて、もうないわ…」
 目の前にあるのは、罠。一度囚われては抜け出せない、罠。アリーナはそう思った。 囚われては立ち上がれなくなる。もっと弱くなる。
(ずっと、知ってるのに、どうして今、そんな風に思うの?)
 少しの沈黙。そしてクリフトは、いきなり神官衣を脱ぎ始めた。




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