「良くぞいらした!…そしてライアンよ、良くぞ戻った!」
 王の声が朗々と響く。八人は頭を下げた。ライアンが一歩前へ出て、ひざまずく。
「は、王におきましてもお変わりないようで…」
「ああ、堅苦しいのはもう良い。して、そちらの者達は?」
 ライアンの言葉を制し、王がラグたちを見ながら聞いた。
「は、こちらは我が勇者と見込んだラグ殿。 そしてこちらは我と同じく勇者を助け、同じく世界を平和に導く、導かれし者と言われるもの。」
「ほほお、この少年が…お初にお目にかかるな、勇者殿。私はバドランド王だ。ライアンが世話になっている。」
 王に挨拶され、ラグは頭を下げる。
「は、はじめまして、王様。僕はラグと言います!ライアンさんにはお世話になってます!」
「そう硬くなるでない、勇者殿。して今日はなにか用件がおありか?」
「はい、実は…この国に、天空の盾があると聞いたんです!とても大切だと思うんですけれど 多分僕達に必要なものなんです。だから…」
 その言葉に王は難しい顔をした。
「勇者殿、申し訳ないがその盾はこの城にはない。…あれは三代前の国王が、女性だけの隣国、ガーデンブルグに 譲ってしまったのだ。」


「…こんな街、面白くないわ。とっとと行きましょ!」
「姉さん、ライアンさんに悪いわよ、そんな事言うなんて。」
「…そうね、いたかったらいてもいいんだけど?ラ・イ・ア・ン?!」
「姉さん、何怒ってるのかしら?」
 妙にカリカリしているマーニャ。戸惑っているライアン。それは妙な風景だった。
「それで、ガーデンブルグってどこなんですか?」
 気まずい雰囲気をなだめるようにラグが聞く。ライアンは宝の地図を広げた。そして東を指差す。
「岩山に囲まれた国。ここがガーデンブルグだ。ただ数年前、唯一の道が岩で塞がってしまってな。… どうしたものか…」
「ふむ…それならば…マーニャ殿が装備しているマグマの杖。その魔力でなんとかなるやも知れぬな。」
「そうですな…これならば岩を溶かすことも出来るかもしれませんな。では早速行きますか?」
 トルネコの提案にライアンが首を振った。
「このままでは夜になってしまう。…近くにイムルと言う村がある。そこに宿を求めよう。」
「あら?ここには泊まって行かないの?」
「姉さん!一体なんなの?!」
 マーニャのとげとげしい言葉にミネアは厳しい目を向けた。マーニャはふいっと顔をそむけた。

 恋をしてるわけではない。
(バルザックの時みたいに…胸の中に炎があるわけじゃない。自らを燃やすような、そんな想いはないわ)
 だから恋じゃない。愛していない。
(感謝は…してる。泣かしてくれた。慰めてくれた事。だけどそれだけよ。)
 バルザックへの想いが消えたわけじゃない。昇華できたと思うけれど。
(あんなふうにたぎる想いは、きっともう抱けないとおもうわ)
 恋じゃない、愛しているわけじゃない。
(だから、間違ってるのよ。こんなにいらいらするのは。わかってるわよ)
 だけど、胸の奥がむかむかする。
(一体なんなの?この想いは?)

 バドランドから洞窟を越えて北へむかう。そこは素朴なイムルの村だった。
「僕、なんだか疲れました。…先に宿屋に行ってますね。」
 今までにない険悪な空気。なんとかマーニャとライアンがぶつからないように気を使い… ラグはすっかり疲れていた。
 マーニャは村に着いたとたん、ふい、とどこかに行ってしまっていた。この村には酒場もないというライアンの 言葉によってとりあえず放置しておく事が決まった。
 アリーナはバドランドの兵士の訓練方法が気に入ったらしくひたすらそれに熱中しているし、ミネアは 姉の言動にライアンの詫びを入れている。ブライとトルネコはバドランドで見た歴史書の事で話し合っているようだ。
(こうやって、皆に気を配れるようになるなんて…大切な誰を僕のせいで殺してしまったのに、 また、誰かを大切に思えるなんて、不思議だよね。)
 ここの空は、見慣れた空。…地図で見て判った。自分の村に近いこと。
(もうすぐ、夕暮れが来る…)
 夕暮れ前の青い空。夕焼けの緋い空…毒の沼、血のあと…焼かれた村…残らぬ死体…絶望。
(見たくない…だから寝てしまおう…)
 そんな風に思い出すのは自分が勇者だなんて紹介されたせいかも知れない。ラグは早々に床につく事にした。

 眼が醒めたのは黄昏時も終わろうとする時だった。ラグはほっとした。
「おや、お客さん起きてしまったのですか?」
「はい、昼間から寝てしまってすいませんでした。」
「いやいや、そうではないよ。実はこの前からね、この宿屋では必ず綺麗な女性の夢を見るといって 評判なんだ。どうせなら、君達にも見てほしくてね。」
「…そうですか。…でもすっかり眼が冴えてしまいました。もしまた深夜に眠くなったら楽しみしておきますね。」
 そしてラグは軽い食事をすませ、宿屋を出た。
 来た時は辺りを見渡す余裕などなかったが、大きな建物がある以外は普通の素朴な村だった。 その建物に書いてある文字を読む。
「…学校?」
「子供達が集まって、学問をする所だ。…ラグ殿、起きられたか。」
 後ろを振り向くとライアンが立っていた。
「おはよう…というのも変ですね。皆さんは?」
「さて…私は一人、知人達に挨拶をしておったのでな。宿で不思議な女性の夢が見られると評判だった から、皆、宿に戻っているのではないか?」
「そうですか…ライアンさん、お知り合いさんたちはお元気でしたか?」
「ああ、元気だったな。以前事件があったせいか、こちらの方に一人人員を回したようだ。」
「お変わりなかったですか?それは良かったです。」
 ラグの言葉に顔を曇らせ、独り言のようにライアンがつぶやいた。
「…何も変わらぬな。…あの時の事件で亡くした友以外は…」
「友…」
「そうだ、私の心を変えてくれた…いや、救ってくれた…友だ…自分が、そなたを 探そうと思えたのは、その友のおかげだ…」
 塔で息絶えていた死体。…何事にも情熱を持てず日々をもてあます自分に、熱心に声をかけ、気にしていてくれた。 うっとうしく思いながらも、顔だけは熱心に相手をしていた。心の底で見下しながら。
(私のこの醒めた心も見抜けぬ輩だ。私がおぬしと同じ心を持っていると騙されている浅はかな奴だ…と)
 だが、違ったのだ。死の間際に自分に語りかけた言葉。勇者が復活していると、言われて気がついた。
(ずっと、生きる目的がない自分に気がついていたのか…自分の心を知りながら、語りかけてくれていたのか!?)
 見下していた心を恥じた。…友だと思った。…この人物をその時、初めて。
 だから、辛かった。側にホイミンがいなければ、きっと自分は倒れていたに違いないのだ。
 目の前に倒れる「友」の死体は余りにも遠かった。
 今、目の前に友が告げた勇者がいる。…おぼろげながら自分の目標もある。
 ライアンは塔の方を見た。そしてそこに面影を重ねた。そして、語りかけた。今までの出来事を。

 ラグはそれをじっと隣りで見ていた。ライアンにもなにかしら過去があるのだと見て取れた。
(心を変えたもの…救ってくれたもの…)
 ライアンが過去と対面する姿を、とても尊く思っていた。

 

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