「ねえ、神官さまあ。わたくしの怪我を治して下さいー」
「第三章の神の教えについて神官様はどう思われます?わたくしはあれはそのままの解釈ではなく…」
「神官さまー、あたし毒にかかっちゃいましたー。治して下さいー」
 今まで一度に見たことのないほどの女性。それが自分の周り一帯を埋め尽くしていた。
(…一人で行動していたのが間違いでしたね…)
 クリフトは無視するわけにもいかず、うんざりしながらも傷を治し、神の教えについて語っていた。
 そのときに、ふと心地よい調べが聞こえた。聞き間違えるはずもない。
(アリーナ様!来てくださった…)
 そうして顔をあげると栗色の髪の後姿が遠ざかった行くのが見えた。
「姫様?!」
 声を出せども女性の声が大きいせいか、アリーナに声が届いた様子はなかった。
(まさか怒っていらっしゃるのでしょうか…私が女性にうつつを抜かしているなどと思われてはいないでしょうか… それともなにかあったのでしょうか…)
「神官様?どうかなさいまして?」
「お顔が怖いですわ。」
「わたくしの怪我、早く治して下さいませー」
 考え事に間にも女性はクリフトに擦り寄ってくる。だが、すでに相手をする気はうせていた。女性を柔らかに、 それでいて強固によける。
「のいて下さい。失礼します」
 手で女性をかきわける。だがその先にも、女性がいる。
「神官様ー。私の毒は…」
「ひどいですわ、神官様」
「この町にも神官がいらっしゃいます。広間からそう遠くもないはずです。そちらに行ってください。」
 かたくなな態度。今までとは違う、断固たる決意だった。どうでもいい女性より、たった一人の大切な人がいるのだから。
そして女性の波を出、クリフトはアリーナが去った方向へ走った。

(結局声もかけられなかったわ…なんなのこの感情は。…なんだかもやもやする…こんな気持ち…はじめて…)
 女性にかこまれたクリフトを見たときから、そしてクリフトの『特定の誰か』のことを考えてから、なんだか 落ち着かない。
「アリーナ様―――――!」
 呼ばれて後ろを振り返る。後ろからクリフトが走ってきていた。
 なぜだろうか、どうしてだろうか。アリーナはとっさに逃げ出した。
「アリーナ様?」
 自分の姿を見られたとたん逃げ出されてしまった。それでもクリフトは追いかけずにいられなかった。
「姫様、お待ちください!私の話を聞いて下さい!」
 アリーナは一心不乱に逃げているように見えた。
「姫様!」
 手をつかむ。ようやく捕まえた場所は、広間の階段の裏だった。
「姫様、どうしてお逃げになるのです…私がなにかいたしましたか?」
 アリーナの手を、クリフトは引き寄せた。真近にあるクリフトの顔は真剣な表情だった。
「ごめんなさい…邪魔して…私…」
「邪魔…?」
「あの…さっきの…」
 少し考えて、クリフトは思い当たった。
「むしろ助かりました。あそこから出るきっかけができてほっとしてます。」
「…それでいいの?」
「姫様?」
 アリーナはクリフトを真正面から見据えた。
「…昔言ってたわ。神父様が、クリフトは私がいるから『たった一人の誰か』を作らないのだって。それでいいの?」
「姫様、確かあの時申しました。私は今、姫様が女王になられるときを待つのが、私の幸せなのです。」
「そんなの、クリフトに『誰か』がいてもいいと思うわ。 …作ってもいいと思うの。『大切な誰か』を。そして…私の存在は確かにその邪魔になっていると思うわ。」
 自分の想いはまったく伝わってなかった。…そしてその『たった一人の誰か』に恋人を作ることを進められている。 これほど辛いことはあるだろうか?
 クリフトはアリーナの両手をぎゅっとつかむ。
「姫様!姫様は邪魔なんかじゃありません!私は自分自身で決めた事なのです!」
 アリーナはきょとんとクリフトを見ている。
(二人ともこの世界に生きてらっしゃる!思いを伝えることが出来ます! そんな風に言っていては、…いつか手遅れになってしまいます!)
 ラグの言葉が、クリフトの頭に響いた。クリフトはアリーナの手に力を込めた。
「姫…私は、私は…」
 そう言って一歩前に出る。アリーナが自然にあとずさる。
「私は、姫のことが…」
 告げようとしたとき。…アリーナが消えた。
「姫?!」
 ふと気がつくと、手にはまだアリーナの手。クリフトは下を見た。
「ここよ。」
 そこには広間の階段の陰になっていた小さな階段があった。 アリーナはあとずさった時、足を踏み外したらしく、こけそうになっていた。クリフトは手をひっぱってアリーナを起こす。
「大丈夫ですか?姫?お怪我は?」
 アリーナは笑顔で答える。
「平気!それよりこの下、何があるのかしら?」
 そう言うとアリーナは階段の下へ消えていく。クリフトはゆっくりと、そしてがっかりと後を追った。
(やはり…私は告げることは許されないのです…ラグさん…)

「見て!宝箱よ!」
 地下に鎮座ましている宝箱へアリーナは駆け寄った。
「姫様!これは他国の宝です!その様なはしたない真似を!」
「そうね。」
 そう言って立ち上がる。けれど、けれど立ち去りがたい視線を送る。
「ねえクリフト…私なんだか、この宝に呼ばれている…そんな気がするの…」
「姫…」
「判っているけれど…どうしても、ここに半身がある。そんな気がして。」
「姫…」
 そう言ってクリフトはため息をついた。
「わかりました。後にきちんと話してみましょう。…トルネコさんに交渉でもしていただけば何とかなると思いますし。」
「そうね!…そういえば、クリフトさっきなんて言おうとしたの?」
 見据えるアリーナの目。だが…既に勢いは絶たれていた。
「私は姫を誰よりも敬愛しております。…姫の幸せ叶うその日まで、私は姫に生涯を捧げます。」
 ただ、それだけ言った。そしてそれに対してアリーナが何か言おうとした時声がした。
「キャー――――!泥棒よ!」
「違うわよ!私、盗ってないわよ!」
 思わずアリーナが言い返した。
「翠の少年がわたくしの宝物を――――!」
 その言葉から思い起こされる人物は一人だった。クリフトとアリーナは顔を見合わせて地下室から出ていった。
(私、側にいてもいいのよね…)
 アリーナのほっとした心をおきざりにしたまま。


 気がついていた、とっくに。
(あたしはほんとはライアンにむかついてるんじゃない。)
 ライアンの行動になぜか心騒ぐ自分に、とてもとても腹が立つ。自分自身に、マーニャは怒り狂っていた。
 忘れはしない、胸の中で消えた愛しい人。少しずつ消えていく体、冷えていく体温。一瞬感じた・・・人間の肌。 唇に残る、愛しさ。それが脆く消えていく感触を、自分は忘れない。
(それを忘れようとする、『あたし』は絶対許さない。)
 忘れてはいけない、決して。バルザックは、あの人はいまや自分の心にしか存在しないのだから。
(忘れないわ、絶対…絶対に)
 決意する。心の奥で。そして目の前にある貴婦人達の群れをにらんだ。
 謁見の間の近く。そこには貴婦人達が群れをなして溜まっていた。マーニャのいる逆側にはピンクのレオタードなどと言った 露出度の高い防具を装備した女戦士もいるようだった。
「戦士さま、お名前教えて下さいませ」
「異国のお話などお聞かせくださいませ」
「あなたなら、この剣どう扱う?」
「あんた、モンスターと戦ったんだろ?武勇伝聞かせてくれよ」
 …口々にそんなな事言う女性達が、30人ほど溜まっていた。…そしてその中央は言わずと知れたライアンだった。
(だけど、やっぱりむかつくのよね!)
 貴婦人の一人がライアンの腕に触れたとき、マーニャの苛立ちはMAXになった。マーニャは女性達の文句を もろともせず人ごみをおしわける。

「ねえぇ、戦士さま、ここにはどれくらいいらっしゃるの?」
 ライアンは困り果てていた。女性の扱いには多少慣れているつもりだった。周りにまとう貴婦人達とどう駆け引きするかも 心得があった。
 ――――――――――ただし、一対一ならば。
(何故この女性達は群れをなしてくるのだ?)
 一人教会から出、二階に上がったとたん、女性達が5.6人タックルを加えてこられ…そしていつのまにか、人数が膨れ上がった。
(私ですらこうならば、クリフト殿やラグ殿は、大丈夫だろうか…)
 適当にあしらってみてもめげた様子がほとんどない。どうすればよいのだろうか。
(女性は強い…それは判っていたのだが…うぬ…)
 ふと一番強い女性を思い浮かべた。とても強く、そして脆い女性を。
「ねえ、わたくしに剣を教えてくださいな」
「あ、でしたらあんた、みんなの教師になってくれよ。」
「いや、我は…」
 そのとき聞こえた声は、たくさんの女性の声の中にあっても、響いて聞こえた。
「ちょっと、そこどいてくれない?」
 世界で、一番強くて脆い女性。

「ライアン、なにやってるのよ、こんな所で」
 宣戦布告。ここにいる全ての女性に。
「ちょっと、あんた何よ、割り込んで!」
 一番ライアンの側にいた女性が、マーニャに食ってかかる。その他のとりまきも、マーニャに敵意をむける。 常人ならば、その敵意におされるであろう。だが、自分の腕だけで観衆を納得させてきた 超一流の踊り子を相手にするには、その程度の敵意、ないも同然だった。
「あたしはねえ、こいつの仲間なの。ひっこんでてくれる?おばさん」
「お、おばさん!!!!わたくしはまだ若いわよ!」
「ふん、おばさんって言われて躍起になるのがおばさんの証拠よ、みっともない」
 別のほうから声があがる。若い女戦士だった。
「じゃああんたもおばさんよね?こんなふうに割り込んでさ」
「あら?あんた達みたいに一人の男にこーんなふうに騒ぐみっともないのよりましよ。 それに、あたしにおばさんなんて言葉、似合うと本気で思ってるの?」
 そう言って真正面からにらむ。その目線に女戦士は押された。
 水晶のような紫の長い髪、小麦色の肌、…完璧ともいえる美貌。それを見て戦士は黙りこくった。
「いきましょ、ライアン。やっぱ皆と合流した方がいいわ」
 ライアンの腕を引く。貴婦人がしがみついた。ライアンはそっとその手をのける。
「我は急ぎの旅の途中の、この者の仲間だ、失礼させていただく」
 そういうとライアンは、マーニャに手をとられ、悠々とその場を去った。



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