そこは小さな部屋だった。閉じ込められた牢獄。だが少しでも心地よくと整えられた調度品が、ピサロが どれだけロザリーのことを思っていたか察せられ、胸に突き刺さった。 そしてその奥、窓の近くに座るエルフの姿が見えた。皆が息を飲み、奥へ向かう。 その足にぽこん、と当たるものがあった。 「ロザリーちゃんをいじめるな!」 「スライム…」 ライアンはそうつぶやき、しゃがみこんだ。 「そなたはここで何をしておるのだ?」 「僕はピサロ様にロザリーちゃんのお友達にって、進化させてもらったんだ!ロザリーちゃんをいじめるのは許さないぞ!」 そう言いながらプルプル揺れる。 「本当に、ピサロはロザリーさんを大切にしているみたいですね…」 クリフトのつぶやきにうなずきながら、アリーナはひざをつく。 「ねえ、私たちはロザリーさんの事を夢で見て会いに来ただけなの。いじめないわ、約束する。」 「本当に?皆、ロザリーちゃんの涙が目的じゃないの?」 そこにトルネコがしゃがみこむ。 「同じ商人として恥ずかしいです。人を苦しめてする商売なんてそんなものは既に商売ではない、そう思います。 私では信用してくれないかもしれないですが、それでもそんな気はありませんよ。」 「…おじさんたち、いい人だね。」 スライムはぷるるん、とまた揺れる。 「じゃあね、いい事を教えてあげるよ。ここから西の『王家の墓』って所にあるものを使えば、モンスターのみんなの いる場所に入り込めるんだって。」 「聞いた?ラグ!」 アリーナが立ち上がり、ラグのほうを向く。だがラグは一点をみつめて放心したままだった。 スライムの声を聞き、こちらを向いたエルフの娘。一瞬少し驚いたように、そして少し哀しそうな 表情をした、エルフの娘を見て。 「…シンシア…」 いままで人にけして告げる事のなかった名を。ただ、そうつぶやいたきり。 (シンシア…?って人の名前…?どうしたのかしら…?) ミネアはその言葉を聞き取った。じっとラグを見る。ラグの顔は凍ったようだった。 そしてただ、近づいてくるエルフの姿を見つめるだけだ。 そして顔がよく見えるようになった。可憐で儚げ。そんな言葉が似合う女性だった。そこでようやくラグは顔をかぶりふった。 「私の思いを聞き届けてくれた方…ですか?」 「イムルの夢でお見かけした方じゃな…ロザリー殿でしたかのう?」 放心しているラグに変わり、ブライが挨拶する。 「ええ、よく来てくださいましたわ。中へどうぞ。」 ロザリーの導くままに皆は部屋の奥へと入った。 「しかしよろしいのですか?」 トルネコが遠慮しがちに聞く。 「貴方はたくさんの心無い人間に狙われているようです。こんな簡単に私たちを信用してくださっていいのですか?」 ロザリーは自信を持ってうなずく。 「たしかに哀しいけれどそう言う方はたくさんいらっしゃいますわ。けれどあなた方は違います。それに、私は 人間を信じたいのです…」 「尊いお心です…」 祈るようにクリフトが告げる。ロザリーは首を振る。 「いいえ、違います。…その私のせいで、ピサロ様は…ピサロ様は人間を滅ぼすなどと…」 「ピサロは、あんたの為に人間を滅ぼそうとしているの?そのために城をのっとったりしてるわけ?」 「姉さん!」 遠慮のないマーニャの言葉にミネアがいさめる。 「私の涙はルビーに変わります。泣かせるには…苦痛を与えるのが一番なのでしょうね。私は…危ない所をピサロ様に何度も 助けられ、そしてこの塔を作って匿っていただきましたわ。ですが、この塔にいても人間は私を狙ってくる…そのことに ピサロ様は絶望したのでしょうね。…そして人間がこの塔に入り込んだとき、ピサロ様はお決めになられたのです、 人間を滅ぼす事を。…私の、私の平穏の為に!」 「そんなの、間違ってる。」 アリーナの言葉にロザリーがうなずく。 「ええ、でもピサロ様は憎しみで、何も見えていないのです…私がいくら頼んでも、ピサロ様は聞いてはくれません・・・ もう、もうあんなピサロ様は見たくありません!ピサロ様の手が血に汚れる事も…。お願いします、ピサロ様を 、ピサロ様を止めて下さい!」 アリーナは辛い顔をしながらも、ロザリーに言った。 「私たちは、デスピサロを討つ為に旅をしているわ。」 「かまいません。たとえ、そのことであの人の命が絶える事になっても…」 「いいの?それで。」 マーニャが聞く。その余りにかたくなな声に驚き、ロザリーは顔をあげた。 「貴方達は…ピサロ様を討つ為に…」 「そうよ、あたし達はそう。デスピサロに恨みがあるから倒すの。だけどあんたは違うでしょ?ピサロの事、好きなんでしょ? いくら間違っていても、変わり果てた姿を見るのが辛くても、それでも好きなんでしょ?」 それは矛盾した言葉。そして真実。 「だからこそ…辛いのです…」 「判ってる。だけどあんたがその決断を下す事。殺そうとすること。それはピサロを止めた… ううん、殺した後に、身を裂くほどの苦しさが 襲ってくるのよ?覚悟はあるの?好きな人を、殺そうと願う事。それはその人の命とともに、あんたの心も死ぬときよ。」 「姉さん…」 ロザリーは潤んだ目で告げる。 「それでも…です…私にはもう、どうすることも出来ません…」 「ロザリー殿。おぬしに言われて我らはピサロを討とうとするのではない。自らの意思で討つ。私怨によって。 …それでよろしいか?」 ロザリーは話し掛けられたライアンを見て、そしてただロザリーの方を見ていただけのラグのほうをはっきりと見て、言った。 「ええ、あなた方になら、きっと任せられます。」 見られたラグは、呆然とした。自分はただ突っ立っていただけなのに。 「何故…ですか…?」 (どうして、僕を見て、言うんだ…?) 「僕が…勇者…なんて言われる者だから、ですか?」 この人はシンシアじゃない。顔も、声も、笑顔も違う。雰囲気が少し似ていて、驚いた だけだった。けれど。 「貴方も、貴方も勇者に全てを託そうとするんですか?…シンシアと同じに!」 仲間の顔に衝撃がよぎった。「シンシア」と言う名前。全てを託す、その意味。 きっと、滅ぼされたと言う、ラグの村の人間だと想像するに難くなかった。 言葉から血が出るのならば、きっと今のラグの言葉だったに違いないだろう。だが、 その血を止めたのはロザリーの言葉だった。 「…あなたが勇者だったのですね。ピサロ様が滅ぼしたと言う。」 「違うのですか…?なら、どうして?」 そして、微笑んで言うロザリーの言葉に、ラグの心臓は一瞬止まった。 「貴方が、エルフの寵愛を受けた方だからですわ。…私は初めて見ます。これだけエルフに愛された方を。」 「シンシア…が…?」 「シンシアさんとおっしゃるのですか?…私にはわかります。貴方がシンシアさんにどれだけ愛されていたか… その方は…亡くなられたのですね?ピサロ様ですか…?」 ラグはただ、うなずいた。言葉が、出ない。喉の奥につまり、熱い。 「…ピサロ様は…そんなことまで…人間とエルフが心通じ合う、そんな場所まで!」 通じ合った日々。一緒に昼寝した花畑。剣の稽古、魔法の稽古。強くなりたい、守りたいと 星に願いをこめた夜。いつもある、シンシアの笑顔。 「どうか、ピサロ様を、止めてください…」 そういってロザリーをこぼした涙は、まるであの日の星のように紅かった。 手を伸ばしたが、手にとる事ができない。そんな事までも、 あの星と、同じ。 (ピサロも、こんな想いで、いつもいたのだろうか。守りたいと、願っていたのだろうか。) 守れなかった自分。…守りたいピサロ。想いは判る気がする。だけど。 シンシアが愛しくて。愛されていた、そう告げられて血が巡る。熱い、熱い血が。 「許せないから。やっぱり許せないから。…それに、止めなければならない気がするから。 そうしなければ、貴方はもっと苦しむ気がするから…泣いて欲しく、ない。貴方が泣くと、シンシアも泣く気がするから…」 そう言ってラグはうなずく。 「倒すよ、僕の手で必ず。」 久々に、シンシアのことが出てきましたねー。この話の主題なのでほっとしています。そしてラグ君は久々の主役かもしれません。 裏主役は意外とトルネコかもしれない。ロザリーに会う時に、トルネコはどんな顔してあったんでしょうね?たぶん、心底 辛かったと思います。ロザリーヒルのなかでごうつく商人に会った時もね。(でもトルネコ戦争する国に防具売ってるんですよね。 武器よりましだが。) そして可哀想な天空の鎧。…だってドラマがないんですもん。すいません。洞窟の描写とかは苦手て。 では次回、王家の墓編。それまでに王家がサントハイム王家なのか、それとも王家全部がここに入るのか考えとかなきゃ…
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