「姫、姫!!!」
 クリフトが走り出す。
「クリフトさん、一人では!」
「落ち着け、クリフト!」
(もしも、もしもモンスターに襲われていたら!…このような場所ではぐれたらもう…姫はダンジョン脱出の呪文も 回復の呪文も使えないのに!)
 クリフトはただ、走った。闇雲、ともいえる行動だった。ただ、不安で、最後に見た憂いたアリーナの顔が 目に浮かんだ。
(最後に見る表情が、あのような顔なんて私は嫌です!)
「クリフトさん、こっちにいました!」
 ラグの呼びかけに答える事もせず、クリフトは駆け寄った。
「姫!」
 アリーナはぼんやりと虚空をみつめていた。…少なくともラグにはそう見えた。
 …だが。アリーナの元へ駆け寄ったクリフトはひざまずいた。気が付くとブライもアリーナと同じ一点を 冷や汗を流しながら見ていた。
「お初にお目にかかります、お妃様。」
 クリフトがその言葉を発するまで、ラグにはなにがなにやら判らなかった。


「どうして…王妃様が…」
 ブライがつぶやく。
「お母様、怒ってるの?」
 アリーナと同じ顔をして上品に微笑んでいる姿がアリーナには見える。
「王妃様。安らかな眠りを邪魔した事、申し訳ありません。私たちは今のサントハイムから憂いと嘆きの静寂を 取り戻す為に旅をしています。…そのために必要なものがここにあると聞き、ここにいる次第です。」
 ひざまずきながらクリフトは説明する。クリフトはめったに霊を見ない。たまに調子のいい時などに見えるぐらいだ。 だが4人の中で一番場なれしている人物でもあった。
(姫に似ていらっしゃいますね…)
 まさに、というのはおかしな話だが、クリフトは絵ではない王妃を見てそう思った。 王妃はアリーナに良く似ていて、そして似ていなかった。
(私は、姫の快活な笑顔が好きですけれどね。)
 のんきにそう思ったクリフトだが、貴婦人である王妃がなぜ、このように出てきたのかがどうしても判らなかった。

「王妃様、王は王はちゃんと帰っていらっしゃいますじゃ!じゃから、安らかに眠りなされ!」
 もう会えないはずの人。それはブライの心を弾ませ、そして落ち込ませた。
 会えた事は嬉しかった。とても。もう一度動いて笑う王妃は二度と見れないと思っていたから。
 だけど苦しかった。この人はもう届かない人だと実感するから。
(手を伸ばそうとしていないわしが、そう嘆くのはおかしな話じゃがのう…)
 この方は生者を呪うような方ではない。ならば、何故出てこられたのだろう?

「お母様…」
 母はこんな人だっただろうか?小さかったほとんど自分は絵姿しか覚えていなかった。
(お母様の笑みは、とても安心する…)
 母の霊がゆらり、と動く。アリーナは導かれるようにそれに続いた。
(お母様みたいに安心させられるような笑顔が出来たらいいのに…私はいつも心配させてばかりだもの…)
 微笑む母の顔。その中に一瞬翳りが見えたような気がした。
(お母様は、何を思っているんだろう…?)
 ゆらりゆらりと進む母の後ろを、ただひたすらアリーナは追いかけた。

 すでに放心している三人の後を、ラグは追いかける。
(ここにアリーナさんのおかあさんがいらっしゃるのだろうか…?)
 霊がいることは知っていた。だけど、また目の前に来られると、一つの考えが浮かぶ。
(皆は、シンシアは…出てきてくれないんだろうか…)
 あんな死に方をして心残りはなかったんだろうか?それとも、『勇者』を守れた事にただ、満足したんだろうか?
 ラグは首を振った。
(シンシアは『僕』の幸福を祈ってくれた。…皆もきっとそうだと思う…)
 でも、なら何故出てきてくれないんだろうか。どうして自分に姿を見せてくれないのだろうか?
 会えるならば、一目なりとて。
 どんなに焦がれても、それは叶わない。それが哀しかった。
 ラグはただ、三人の後を追いかけた。


 そして着いた場所は、一つの棺の前だった。
「ここは…お母様の、棺の…」
ぽっかりと空いた空間。新しめの棺。紛れもなく目の前にいる霊の棺だった。
「お母様…?どうして、ここへ?」
 呆然としながら問い掛けると、一点を指差す。
 アリーナの視線を追い、ラグがその場所に向かうと、少し影になったところに宝箱があった。
「これは…」
 奇怪な杖だった。あまり武器にはなりそうもない。だが不思議な魔力を感じた。
「これが、そのアイテム…?」
 そうつぶやくラグの声。
「これを、私に?」
「お妃様、知ってらっしゃったのですね…ありがとうございます。」
「ありがとうございますじゃ…。必ず、王は助け出します…。」
「ありがとうございます!」
 三人に続き、ラグは頭を下げた。見えないので、少々方向は狂ったが。
 するとお妃はその姿をやめ、ふわっと白い霧となった。



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