ゆったりとした時。流れる雲。昔のあの村は、いつもこんな風に時間が流れていた。こんな感覚が、 懐かしかった。 「ラグさん」 そこにトルネコが現れた。その後ろを見るとブライもいる。ラグは頭を下げた。 「さっきは、すいませんでした。」 「いえいえ、むしろこの城にいる4人が心配ですね。」 「ええ、ライアンさん、クリフトさんはしっかりしてらっしゃるけれど…特に姉さんに 行かせて大丈夫なのかしら…宝物の前で、羽目を外したりしてなければいいけれど…」 「…姫様が腕試しだと言って、モンスターに戦いを挑まねばいいが…クリフトは姫を甘やかして しまうからのう…」 「やっぱりラグさんがいないと心配ですね…」 トルネコがそう締めた。その言葉にラグは曖昧に笑う。 「そんなことないですよ…すくなくともあの時の僕を連れて行くよりはずっと… 僕を皆は頼ってくれますし、勇者だなんて呼んでくれますけれど…失格ですね 、僕。あんな風に、皆さんに迷惑かけてしまって。」 「いいんじゃよ、たまにはああやって感情を発散せねば、人間壊れてしまうからのう。」 「でも、それは勇者とは言えませんよね…」 そう言うラグにミネアは少し笑いながら尋ねた。 「じゃあ、ラグの言う勇者ってどんなのですか?」 聞かれてラグは、昔聞いた言葉を必死で呼び起こした。 「えーと、たしか…『勇者というのは、神に選ばれた伝説の人物で、人々を救い、魔族を退治し、正しき行いをし、 世界を平和に導くという人物で剣や魔法の腕前が強いだけでなく、 揺がず、迷わず、常に正しい事を行い、弱きを助け、前のみを見て生きていく心がとても強い人。 人々の希望となって人々の一番前に立つ英雄』…だったかな?」 「それはどこでお聞きになられた?」 誰かの言った文章をなぞるように言うラグに、ブライは思わず聞き返す。 「えっと、僕の村へ来た、旅の吟遊詩人です。」 「だからラグさんはいつも勇者を否定するのですね…」 なるほど、とトルネコがうなずく。ラグが不思議そうに首をかしげる。 「違うのですか?」 「私はそんな話を聞いたことはないですからね。」 「あまり具体的な勇者の伝説は聞きませんでのう。勇者、という人物の行いは伝わってくるが、 勇者自身のことは、驚くほど残らぬものなのじゃよ。」 「そうなんですか・・・」 「だからラグ、貴方自身が思い描くような勇者になればいいと私は思いますわ。」 ミネアはにっこり笑う。ラグは苦笑した。 「だから、僕は自分が勇者だと思えないんですよ…。皆さんがそうおっしゃるからその期待に背かないように、とは思いますけれど、 それもできなくて。」 「ラグは、どんな風になりたいですか?勇者とか、そんなものに囚われないで、どんな風に生きていきたいですか?」 「僕は・・・」 願いはたった一つ。 戻りにくかった四人はそのまま奥へと進み、部屋に入った。どうやらそこはモンスターの談話室のようだった。 「よお!」 「おお、お前達も来たのか。」 テーブルに座る二匹のモンスターたちが話し掛けてきた。ライアンが答える。 「おお、そうだ。おぬし達もか?」 「ああ、そうさ。そっちから来たってことは牢屋をひやかしたのかい?」 「なんか食わせてもらったか?」 ライアンが表情を変えないように答える。 「いや、食えそうなものはなかった。さしてうまそうでもないがな。」 「そうだなー。やっぱりあれ、食いたかったなあ…」 「デスピサロ様の判断だ、俺らが口を挟む事じゃないぜ。」 「判るけどさあ、王族なんてめったに食えないぜ。」 その言葉を聞き、アリーナが身を乗り出す。が、それをクリフトが止め、自身が前に出た。 「王族、それはいつだ?デスピサロ、様は一体どうしたのだった?」 「知らないのか?」 「最近、ずっとピサロ…様の命令で働いてたんだよ。」 マーニャもフォローをする。アリーナはずっと心臓を静めようと必死になっていた。 「おお、そうか。ほら、こないだどっかの人間に負けたやつに預けてた城、覚えてるか?」 「そうそう、ただの実験台にも関わらず勘違いしてた元人間だよ。」 「バルザック、だったな。場所はサントハイム、だったか?」 マーニャが何かを言う前にライアンが相槌をうつ。モンスターは酒でも入っているのだろうか、 軽く口を滑らせる。 「そうそう。そこの王様がな、どうやら予言したんだよ。地獄の帝王の居場所を。そんで、そこに触れないようにお触れを 出したらしくてな。そんで、バルザックをやって捕まえたのさ、覚えてないか?」 「ああ、そういえばそんなこともあった気がするな。それでその人間は?」 「なにせ俺らも知らなかっただろ?そんなところに地獄の帝王様がいらっしゃるなんてさ。ピサロ様もずっと 居場所を探ってられたからな、んでご褒美として、その人間達を闇の牢獄へと押し込んだのさ。食わなかったのは せめてものお礼って奴でさ。」 アリーナが耐え切れないように前に出てきた。 「その牢獄に入ったらどうなる?」 その切羽詰った様子に驚いたようにモンスターは続けた。 「ただの牢に入れられるより苦しいだろうさ。真っ暗だからな。だが、死ねない。苦しいだろうさ! そしてその苦しみは地獄の帝王様への活力になるのさあ!」 「その牢から逃げ出す事はないのか?…人間は小癪だからな」 ライアンが不自然にならないように聞く。モンスターは自慢げに答えた。 「そりゃ無理だよ。なにせその牢はピサロ様が自らお作りになられたもんだぜ?ピサロ様が 死んだり、ピサロ様がお望みにならない限り、それは不可能というものさ!」 アリーナは入ってきた扉へかけた。クリフトがそれを追う。 「なんだあ?」 二人のモンスターがいぶかしげにつぶやく。 「なあに、さっき腹が減ったといっとったからな。それが極限に達したのだろう。面白い話を聞かせてもらった。」 それだけ言うとライアンとマーニャは、その入った扉から出て行った。 そこはちょっとした庭だった。そう言う雰囲気を魔物は好むのだろうか、雑然とした森になっていた。 「お父様…」 「姫様…」 すでに元の姿に戻ったアリーナは樹の幹に顔を向けてもたれていた。クリフトが後ろから声をかける。 「生きていた…お父様が、生きていた!」 「本当に、良かったです。」 「駄目じゃないかと、何度も思った。今苦しんでるかもしれないけど、必ず助けられる!デスピサロを倒せばお父様は 助かる!」 「姫様が、今まであきらめずにここまでいらしたからですよ。だから王様は助かるのです。…いままで良く頑張りましたね、 姫。」 アリーナはクリフトのほうを向く。アリーナの目は、涙にぬれていた。アリーナはクリフトの胸にもたれかかる。 「ありがとう…クリフト…」 「ひ、姫様!」 わてわてするクリフト。アリーナはクリフトにだけ聞こえる小声で言う。 「私が頑張れたのはクリフトのおかげ。いつもクリフトがそう言ってくれるから、頑張れたの。ありがとう…」 そっと、いたわるようにクリフトはアリーナの肩に手を乗せた。 ライアンとマーニャはそれをほほえましく後ろから見ていた。 「あーあ、慌ててる慌ててる。あとであれでからかっちゃおうっと。」 「マーニャ殿、あまりからかっては可哀想だぞ。」 「アリーナが泣くなんてね。本当に今日は珍しいものが見られる日ね。」 「いや、アリーナ殿はきっといつもああやって耐えておられたのだろう。怒って 泣いて、感情を出すのは良い事だ。」 「そう?」 ライアンはマーニャの顔を覗き込んで言う 「そうだ。怒らぬ人間は、いつか心が凍ってしまうだろう。 泣かねば心の傷は消えぬ。ずっと心に残ってしまうからな。辛い事があったとき、 涙を流して出してしまわねば、それがいつまでも傷として残るのだ。あの時のマーニャ殿のように。」 マーニャは顔を赤くした。 「う、うるさいわね!知らないわよ!そんなの!」 ライアンは笑う。 「本当に珍しいものが見られる日だな、今日は。照れたマーニャ殿なぞ、めったに見れたものではないだろう。」 「知らないって言ってるでしょ!…そういえば…」 「どうかしたか?」 「あたし、ラグが怒ってるのも泣いてるのも見たことがないわ…」 「僕は、強くなりたかったんです。」 それは願い。ずっと昔からの。 (シンシアを守りたかった。父さんを母さんを守りたかった。師匠に勝ちたかった。先生に感心してもらいたかった。。) もう、叶わぬ望み。届かぬ思い。 「ただ、力を求めているだけではいけませんけれどね。」 「トルネコさん…?」 トルネコが優しい、それでいて真剣な目をむける。 「私が武器を売るのは人を助ける為です。人さえもたやすく殺せる武器。それを活かすのは人の心です。 本当に強くなるためには、心が必要です。」 「そうじゃ。強い呪文とて、弱き心の持ち主がつかえば、へたすればその魔力に飲まれてしまうだろう。」 「たとえどんなに強い力をもっても…バルザックと同じように。けれど、ラグはだいじょうぶだと思いますわ。」 ミネアの断言にラグは聞き返す。 「ど、どうしてですか?」 「ラグさんは、自分の為だけに力を求めてるわけじゃないですから。」 トルネコが続ける。 「私もわかっていますよ。ラグさんは心も強いということを。ラグさんは大変な事があったのに人とふれあう事を恐れて ませんからね。」 「恐れて動かぬ事がなによりも弱い事じゃからのう…だが、ラグ殿はわしらを仲間にしてくださったからのう…」 「僕も、怖くなかったわけじゃないんです…こんな僕に仲間なんてって、思ってましたから。だけど…」 ラグは考える。どうしてだろう?どうしてミネアたちを素直に受け入れられたんだろう? 「ああ、そうか…」 そうしてぼんやり気が付く。自分が人を恐れなかった理由。 ”今までの分も世界の全てを見て、人と関わって、絆を作って。” ずっと心に残っていた言葉。頭で忘れていても、魂で覚えていた言葉達。 その言葉はラグの心に反射し、増幅され大きくなる。 風が吹く。ラグの髪がなびく。 「僕は、ずっとシンシアの言葉に救われてたんだ…」 |
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