むせ返りそうな翠の空間。それは全て『命』で出来ていた。
(この世界樹の葉を全部集めても、多分バルザックは生き返らないわね)
 ふう、とため息をつく自分に気がついた。それは醒めるでも悲しむでもない、ただのたわごとだった事に気が付いて。
 バルザックが自らで死を選んだ事を、すんなりと受け入れられていた。いつのまにか。
(あたし、薄情なのかしら。この手で殺しておいて。)
 生きていて、欲しかったと思う。だけど、生きていて欲しいのは、あのコーミズで父と一緒に研究に 打ち込んでいたあのバルザックなのだと、あんな化け物ではないと、もう、心の中で決着がついていた。
(みんなのおかげかしらね。)
 何も責めずに、ずっと一緒に行動してくれた妹。何も言わずに一緒に旅をしてくれた仲間達。 そして…
(『もう泣いていいんだ』『おぬしは、自分に出来る最善のことをやったのだ』かあ…)
 悔しいけれど、その言葉にとても救われていたらしい。少し顔が赤くなった。マーニャは首を振る。
 そうして前を向いたマーニャの眼に、ラグが写った。ラグもなにやら考え事をしているらしい。ラグの 翠の髪が揺れる。
 なぜか、マーニャにはラグがそのまま消えてしまいそうに見えた。マーニャはとっさに手を伸ばした。

 世界樹の葉。それは死者をも生き返す神秘の葉。その輝きはとても優しかった。
『なにより本人の生きたいという意思が大きく影響します。』
 クリフトの声が耳に響いた。愛する人の世界を捨てて、死ぬ事を選んだ優しいエルフ。
 死んでも守りたいと思うたった一人の相手…それが人を「愛する」と言うことなんだろうか。
(私は、皆大切だけど…)
 分け隔てなく、全て平等に。それもまた王族の使命だから。えこひいきするような主には国民は 付いて来ないと、小さい頃から教わっていた。
(特別な…人か…お母様はお父様が特別な人…だったのよね…)
 全てを捨ててサントハイム家へ嫁いで来た母。そう思って空を見上げた。そこは母がいる場所。
 気が付くと、母へのコンプレックスは信じられないほど小さくなっていた。母に似ている容貌も、 母に似ていない行動も、今はほとんど気にならない。
(それは…多分クリフトのおかげかしら?)
 そう思うと、胸の奥がコトリ、と動いた。最近いつもそうだった。これが何かは判らないけれど… そう、悪い気分じゃなかった。
(相談…したかったな。お母様に。お母様ならどう言ってくれたかな。)
 アリーナは初めて冷静にそう思えた。母に逢いたかったと、そう感じることが、嬉しかった。
 ふと前を見ると、自分と同じに考え事をしていたらしいラグが目に入った。ラグは空を見上げる。
 そのラグが、そのまま空に溶け込んでしまいそうで。アリーナはラグの服を思い切り掴んだ。


「な、なんですか?」
 マーニャとアリーナに服と手を同時に掴まれ、ラグは我に帰って二人に尋ねた。
 そうラグが言った瞬間、消えてしまいそうな感じが消えてしまったので、二人はあせって口を濁す。
「えーと、ラグ、足元気をつけないと危ないわよ。大分上まで来たみたいだし。」
「あ、そうそう、あっちに階段があったわ、行ってみない?」
 なんだか苦しい言い訳をいぶかしげに感じながら、アリーナの指差した方向へ足を向けた。そして階段を 登る。
 そこには、一面の蒼と翠が広がっていた。
「頂上…ね」
「すごいわすごいわ!綺麗ね…」
「ここが一番、空に近い場所なのかも知れませんね…」
 そう三人が見とれている時。
「そこにいるのは、誰ですか?」
 白いものが、蒼と翠に割り込んだ。そこには白い翼をもった、美しい少女が座っていた。
「ああ、ここに誰かが助けに来てくれるなんて!あ、その防具は…あなたは…もしや、勇者?」
『勇者』その言葉にびくっと、ラグが反応した。翼を持った少女は感涙したように手を組み、 ラグに話し掛けた。
「ああ、どうか助けてください。私は天空人でルーシアといいます。天空より世界樹の葉を摘みに舞い降りてきたのですが、魔物達に 翼を折られてしまいました。私を天空のお城まで連れて行ってくださいませんか?」
「ルーシアさん…ですか?僕は、ラグといいます。」
 天空人、伝説に名を残すのみの存在。そんな者に会えると思っていなかっただけに、ラグはピントをはずした自己紹介を した。
「僕達も…天空の城に行けたら、と思っていたんです。僕達に出来るなら、かまいませんよ。」
「本当ですか?ありがとうございます!」
 ルーシアがお礼を言った。そこにアリーナが割り込んだ。
「翼、痛いの?大丈夫?回復呪文唱えたほうがいいんじゃない?」
「下に降りたら回復呪文が使えるのが何人かいるし、やってみたらいいかもね。」
「あなたたちは…?」
 困惑するルーシアに二人は自己紹介をする。
「あたしマーニャっての。まあ、ラグの仲間ね」
「私はアリーナよ。翼、大丈夫?」
 ルーシアはにっこり笑って答えた。
「私はルーシア。翼は筋がずれてしまっているようですので、おそらく人の手の呪文ではどうしようもありませんわ。 ありがとうございます。天空の城へ行けばちゃんと治せるので、お連れいただければだいじょうぶだと思いますわ。 それよりも、天空の城に行くためには4つの天空の装備がいるのですわ。」
「あ、聞いた事ありますよ。3つはありますよ。」
 ラグが言うとルーシアはうなずいた。
「残りのひとつはここにあります。聖なる世界樹に守られた『天空の剣』が。」
「ここにあるの?」
「あの宝って、そう言うことだったのね!…うーんちょっとがっかりね」
 アリーナとマーニャは驚いたが、ラグはただ、うなずいた。
「なんとなく、判ってました。…どこにあるのでしょうか?」
「こちらへ…」
 そう言ってルーシアの導かれるまま、ラグたちは世界樹の中心へと歩き出した。




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