「ここは天空城、竜の神と呼ばれる、マスタードラゴンさまが治めている城です」
 背に翼がある、天空城の兵士がラグたちを迎え入れた。
「しかし興味深いですね。これは地上にあるどんな石とも違いますよ。」
 階段を見ながらクリフトがつぶやく。ブライとトルネコも興味深そうに眺めている。
「うわあ、本当に神様の視点ね!高いわ!」
「こんなに高いと、細かい人の憂いは見えないかもしれませんわね…」
「あたしの踊りもここじゃ見えなさそうね。ここの人も可愛そうに…」
 女性三人は身を乗り出して、外を見ていた。ライアンは周りをしきりに眺める。
「…しかし、妙に人が見ているような気がせぬか、ラグ殿。」
「そうですね…それにしてもここの人たちは皆、背中に羽があるんですね…」
「まあ、この城に翼無きものが来るなんて、何年振りでしょう!」
 ラグの呟きを肯定するかのような囁きがあちこちに聞こえた。
「と、とりあえず人の目の無い所にいきませんか…?」
 はしゃいでいた所を注目された事に恥ずかしくなったミネアが、ラグの背中を押した。
「そうじゃな、マスタードラゴンはおそらく城の中じゃろう。」
 ブライの言葉に皆がうなずく。そして手近な扉から、中へ入った。

 中は、より不思議な雰囲気に満ちていた。井戸を眺めるもの、うろつくもの。不思議な若木を育てるもの。 皆はきょろきょろ周りを見渡す。ラグは楽しげに笑う。
「なんだか、懐かしいです。」
「ラグ?見たこと、あるの?」
 アリーナが恐る恐る聞く。勇者とは、そう言うものだろうか?と。
「いいえ、そうじゃなくて、冒険を始めた頃は…いつもこんな風に周りを見渡していたなって。」
「…そうね、ラグはいつだって街の様子を新鮮に眺めてましたわね…」
 ミネアも懐かしく思い出した。いつのまにか、見たことない風景が当たり前になっていた、そんな自分に気がついた。
(旅をして、僕はきっと随分変わったんだ…。)
 それがどんな方向かわからないけれど。それでも。人は変わるのだと、ラグは思った。

「あら、結構素敵ね。まあ、あたしに比べればまだまだだけど。」
 扉の向こうを見ながら、マーニャが批評した。その視線の先に、エルフ達は軽やかに踊っていた。
(それでも、シンシアを失った時の気持ちは、今も一番深いところにあるから…忘れてないから、シンシア。 僕が、皆を殺したって事…)
「こんにちは、いい踊りですね。」
 一番人当たりのいいトルネコが、にこやかに声をかける。  だが、その声を無視して、シンシアに少し似たエルフがラグの元へ恐る恐る近づいてきた。そして 茫然自失になりながらも、ぼそりとつぶやく。
「…あなたは…あなたは…まさか…もしかして…」
「リース!人間と口を聞いてはいけませんよ!」
 鋭い声が、リースと呼ばれたエルフの言葉を止めた。
「リース?」
 アリーナが少し考え込む。リースはむりやりラグから視線を外した。
「は…はい、おねえ様…ツーン」
 少し涙声になっていたような気がしたのはラグたちの気のせいだろうか。だが、その後いくら声をかけようと、 エルフ達はこちらを見ようともしなかった。
「しょうがないですね、いきましょうか。」
 ラグがため息をついた。責める気にはなれなかった。エルフが人間にどんな扱いを受けているか、この旅で 痛いほど良く知ったから。
 皆も言わなかった。それぞれの想いを秘めていたから。


 そして八人は大扉の前に来ていた。
「ここだろうな…」
 ライアンが扉を見上げた。
「ああ、ついに神にお会いできるのですね!」
 クリフトが浮かれている。皆の心も破裂しそうなほど、はねていた。
「開けるぞ。」
 ぎぎ、と音がした。だが、扉を気にするものは誰もいなかった。ただ、その向こうの圧倒的な 威圧感に皆押されていた。
「良くぞここまで来た!導かれし者たちよ!そして勇者ラグリュートよ。さあ、我が前に立つがいい!」
 ラグリュート。その言葉には、聞き覚えがあった。一瞬の動揺。声のした方を向く。  そこには黄金色に輝く竜が玉座に座っていた。ふらりふらりと八人は引き寄せられた。 そして頭をさげる。
「我はこの城を治めるマスタードラゴン。人間達に 竜の神と呼ばれているものだ。私はここにいて、全てを知ることが出来る。」
 それは低く、高く空へと響く声。
「よくぞ、ここまで来た。おぬしらの行動、我はしかと見ておった!…だが、私にデスピサロという者の進化を 封じる事は出来ない…」
 マスタードラゴンはただ、とつとつと言葉を発していた。
「…私も万能ではない。エスタークを一時的に封ずる事しか出来なかったように。我が能力にも限界がある。」
 それはあたりまえのようにも、残念がっているようにも聞こえた。
「…マスタードラゴン…貴方は、僕達に一体何をお望みなのでしょうか…?」
 言葉を発したラグを、皆がハッとしてみる。ラグはただ、マスタードラゴンの瞳を堂々と見つめていた。 それは、七人には出来なかった。余りにも、神々しく、余りにも恐れ多かったから。
「それは…」

 ゴゴゴゴゴゴゴ!
 天の城が揺れた。何かが貫かれる音。
「なにか…悪しき邪気を感じますわ!」
 ミネアの悲鳴を聞くまで無く、全員は反射的に構えていた。
「マスタードラゴン様!ご報告します!」
 そこに天空人の兵士が入ってきた。
「いや、判っている。ご苦労だった。皆が動揺せぬよう、指示を出せ。」
「は!」
 マスタードラゴンの指示に、兵士は頭をさげ、出て行った。
「おのれ!デスピサロよ!我の城を破壊しようと思ったのか!あれごときの力で、我の城が打ち落とせるとでも 思うたの!」
 マスタードラゴンが怒りに燃えていた。その覇気は余りに強く、恐ろしかった。体が無意識に震えた。 それは、目の前にいるものへの恐怖だった。
「…地上で生きるものは、おろかなものだな…だが、人間というものは不思議な ものだ。かよわき人間が思わぬ能力を発揮する事もある。それは天に生きるものには無い力のように我は思うのだ。」
 先ほどの覇気が嘘のように優しく響いた。皆に力がたぎる。マスタードラゴンはラグを見た。
「我は、そこにかけてみようと思う。天空の勇者として運命付けられ、 天空人と人間の血をひきし者、ラグリュートよ! そなたたちになら、進化した邪悪なものを倒せるやも知れぬ。そなたに我の持つ力を与えようぞ! 天空の剣を構えるがよい!」
 ラグは、トルネコから剣を受け取る。そして構えた。
 マスタードラゴンはラグへ手を向け、翼を振った。すると、目の前が真っ白になるほど、だが、 眼がくらまない不思議な暖かい光が天空の剣から発せられた。
 そして、光が収まり…そこには不思議な光を纏ったラグが立っていた。

「さあ、ラグリュートよ、その剣を持ち行くが良い!邪悪なものがあけた雲の穴から闇の世界の入り口へと向かうのだ! その力がきっと役に立つであろう!」
 マスタードラゴンがそう言うまで、仲間たちは、ただラグに見とれていた。それはこの世のものとも思えぬほど、美しかった。 そこにただ立つ、見慣れたラグが。
「マスタードラゴン…僕は貴方に聞きたいことが、たくさんあります。」
 だから、最初に言葉を発したのはラグだった。
「なんだ?」
 そう、マスタードラゴンに問われ、ラグは初めて自分の心が定まっていない事に気がついた。
「…僕の両親は、一体…今、どうしてるんでしょうか?」
 最初にすべり出た言葉は、その言葉だった。自分にとって一番聞きたいことではなかった。だが、 さきほどのマスタードラゴンの言葉が気になっていたことは確かだった。
「おぬしの両親は、もういない。…運命の歯車を狂わせた罰を与えた。」
「それは…一体…」
 ラグの声は震えていた。そのラグの肩をたたくものがいた。
「ラグ、あたし達外にいるわ。」
 ただ、それだけを言うのに、とても勇気がいった自分に、マーニャは驚いていた。信心深くも無く、 神を馬鹿にさえしていたような自分が。
「とても、あたし達が聞くような会話じゃないしね。」
「もう、日も暮れよう。部屋を用意させる。今晩は疲れを癒すがよい。」
 マスタードラゴンの指示で、謁見の間にいたものが、忙しげに部屋を出て行く。
「・・・私もしたいことがあるから。ラグはゆっくり話していて。」
 アリーナがにっこり笑い、謁見の間を出た。それに続くように皆も謁見の間を出て行った。
 そして、ラグはマスタードラゴンと再び対峙した。


     

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