星の導くその先へ
 〜 翠の鳥の歌 〜




 天空城であてがわれた部屋。ベットに横たわりながらラグは一人ためいきをついた。
 勇者、運命、両親、歯車、宿命…マスタードラゴンと交わした言葉がぐるぐると頭を巡った。
(なんだか頭が混乱してる…)
 神に与えられた、「ラグリュート」最後の瞬間まで皆は自分をそう呼ぶことはなくて。ただ、村で つけた名前で別れを告げてくれた。
 ”…おいきなさい。私の最後の願いです。愛してるわ、ラグ。” 優しく言ってくれた母。
 ”私はお前を誇りに思っている。” ”どうか、生き延びてくれ。ラグ。” 厳しくも優しい眼で 言ってくれていた父。
 ”もっともっと強くなれる。力も、心も。私の手でお前をもっと強くしてやりたかった。 お前との修行の日々、楽しかったよ。ラグ。…元気でな。” 寂しげに言ってくれた師匠。
 ”ラグ…今まで貴方といられて楽しかった。色々遊べて、嬉しかった。私、ラグに逢えた事が、最高に 幸せだと思うわ。” ”今までの分も世界の全てを見て、人と関わって、絆を作って。そして、今まで私や村の人といた 幸せよりも、もっと大きな幸せを見つけて、その幸せをつかんで欲しいの…私の分も。”
 恐怖の声を押し殺してまで自分にそう伝えてくれた、シンシア。
 そのために、そんな皆の為に、自分はここへ来た。そして、デスピサロを倒さんとしている。
(だけど、だけど…皆…)
 ”もう、もうあんなピサロ様は見たくありません!ピサロ様の手が血に汚れる事も…。お願いします、ピサロ様を 、ピサロ様を止めて下さい!” そう、ルビーの涙を流すロザリー。
 ”許さん、許さんぞ!人間ども!例えこの身がどうなろうとも一人残らず根絶やしにしてやる!” そう叫んだピサロ。
(僕は色んな物を、見たんだ…皆を殺したものは、僕と同じものだったんだ…誰かを愛して、 それを苦しめた誰かを憎んでいるんだ…僕と、同じなんだ…)
 ただ、対象が違うだけなのに。どうして『魔王』と『勇者』になんだろう…
 ラグはもう一度ため息をついた。そして起き上がる。
 どうやら眠れそうにない。ラグは少し天空城の中を散策する事にした。


「おや、ラグさん。眠れないんですか?」
 廊下を歩いている時にトルネコに会った。天空城で用意された、ラグとお揃いの真っ白な寝巻きを着ていた。
「ええ、色々混乱してしまって。」
「なんなら私が子守唄でも歌いましょうか?」
「あははは、どうしても眠れないようだったら御願いします。でも少し、この城の中を見てみたくて。」
 トルネコはうなずいた。
「そうですね。実はここでは世界樹の若木を育てているようなんですよ。」
「そうなんですか?でもそれならどうして、ルーシアさんが世界樹にいたんでしょうか?」
「いえ、若木にはまだ死者をも甦らせる葉にはなっていないようなんです。その代わり、その木から湧き出る 雫は仲間全員を活力付けるほどの力があるそうです。…一つ譲ってくれないかと頼んだんですけれど、 管理はエルフがしているからと言われてしまいました。一応話してみて下さるらしいですけれど…。」
 踊っていたエルフを思い出す。…2人はそっとため息をついた。
「それで、トルネコさんはどうしてこんな時間に?」
 トルネコは、外を見る。そこには雲にさえぎられる事ない、美しい星空が広がっていた。
「外があんまり綺麗ですから。ネネやポポロと一緒に見てみたいと思いまして。それでせめてよく見て、 手紙でも書こうかな、そう思いまして。いやしかし、返事は来なさそうですな。」
 この先行く所。それは人間が決して今まで踏み入れたことのない場所なのだから。
「幸せですね…」
 外はとても美しかった。村の空に勝るほど。
 けれどラグにはいなかった。共に、星空を見たいと思える相手は、もう。
 トルネコは、息子にするようにそっとラグの頭を撫でた。
 勇者と呼ばれ、恐ろしいまでの力を操り、神にも頼られるほどの少年。だが、こうしているとただの一人の 小さな男の子だった。
「昔ポポロに言いました。死んだら人は空に行くのだと。…ここはきっとラグさんの家族に一番近い場所ですよ。 一緒に星でも見てみたらどうですか?」
 いつもの笑顔で言うトルネコが、とても暖かくて、ラグは嬉しくなった。
「ありがとう、ございます。」
「ああ、そうでした、忘れるところでした。」
 トルネコは天空の剣を取り出した。律儀なラグは、あのあと、トルネコへ返しに行ったのだ。
「本当に素晴らしいですね。これこそ私の求めていた、天空の剣です。」
「トルネコさんの夢のお手伝いができて、僕も嬉しいです。」
「いいえ、ラグさん。違いますよ。」
 トルネコはそう言ってラグに天空の剣を差し出した。
「え?」
「私はこれを手に入れ、伝説の勇者へと手渡すのが夢だったんです。受け取ってください、ラグさん。」
 ラグはためらいを見せた。それを打ち消すようにトルネコが言う。
「この剣は、ラグさんの剣です。それは伝説でもなんでもなく、この剣がそう言っています。 今のラグさんは、この剣に相応しい実力と、そして心を持っています。この剣も、今のラグさんに相応しい 力を秘めています。…受け取ってください。」
 そっと、ラグはトルネコのもつ剣に手を伸ばす。
 剣は喜ぶようにふわりと光る。
「やはりよく似合っています。…それでは私はそろそろ部屋に戻ります。ラグさんも、余り夜更かししては 駄目ですよ。」
 ラグは頭を下げる。鍵が剣に当たり、ちりんと音を立てた。先ほどの言葉を、さきほどとは違う思いを込めて告げる。
「本当にありがとうございます。…おやすみなさい、トルネコさん。」

 剣を持ち、ラグはまた歩いた。書庫の少し開いた扉の向こうに、辞書と格闘しながら楽しそうに 本を読みふけるブライの姿を見つけ、ラグは微笑んだ。
 空はどこまでも澄み、そしてそれに応えるように城の壁は白く輝く。まさに『雲の上の城』だった。
 ラグは広場にある井戸を覗き込んだ。そこには灯りが見えた。
(星…?違う…人の家の灯りだ…)
 それはとても暖かかった。かつては当たり前だと思っていたもの。
(それを守ろうとしてるなんて、変な気分だな…)
 ふと背後に感じだ気配。
「…そこに、いるのは誰?」
 同時にためらいがちの女性の声。
 ラグがふりむくと、少し年老いた天空人の女性がいた。
「僕は、今日ここに尋ねて来た者です。」
 女性は、ラグの姿を見て、声も出ないようだった。まるで幽霊でも見たかのように、ただ、ラグの顔を凝視している。
(あ、羽根が…)
 ここには羽根のない人間はいないのだ。さぞ奇異に映っただろう。
「あ、すいません、脅かしてしまって…」
「あ、あなた、は…マスタードラゴン様に…呼ばれた勇者、ラグリュート?」
 息を大きくつきながら、女性は言う。ラグはうなずいた。
「夜分遅くにすいませんでした。おやすみなさい。」
「待って!」
 立ち去ろうとするラグの服のすそを掴む。
「あ、あの、もし良かったら…その…おばさんの戯言に付き合ってくれないかしら?」
 少し不思議に思ったが、ラグはうなずいた。2人は広場の隅に座った。


「ごめんなさいね、年を取ると、なんだか寂しくなって。」
 ラグの母親くらいの年齢の女性も、そうつぶやくとあと30も年取ったように見える。
「いえ、僕も眠れなくてどうやって時間をつぶそうかと考えてましたから。」
 女性はラグの顔を凝視しながら、夢見るように言う。
「あれは、いまから20年程前の事になるわね。ここで、とてもとても大切にされていた娘がいたのよ。その子は とっても特別だったから、…そうね地上で言うとお姫様みたいに扱われていたの。だけど、その娘はそれが 窮屈に感じてたの。だから、この井戸を眺めて広い地上にいつも憧れていたの。…そしてあるとき、 人の眼を盗んで、ここから逃げ出したの。世界樹以外の場所へ、天空人が降り立つのは禁止されていたのにね。」
 2人で井戸をみつめた。星を湛えたかのように井戸は、地上の灯りを輝かせる。ラグは笑った。
「僕の仲間にもお姫様がいますよ。…やっぱりお城から逃げ出したみたいです。」
 女性も笑う。
「そう、やっぱりこういうことはどこでも一緒なのね。…だけどその娘はとても世間知らずだったから、 森の中で怪我をしてしまってね。そしてモンスターに襲われそうになって、 そこを通りかかったきこりの青年が助けてくれたそうなのよ。」
「それって…」
 いつかどこかで聞いた話。ラグは、黙って聞くことにした。
「そのきこりの青年は、とても無口で荒っぽくて。でもとても優しかったそうなの。だからね、世間知らずの娘は その青年に恋をしたの。…初めての恋を。青年も娘を好きになってくれた。翼に羽根が生えていてもかまわないって。 そこに一緒に暮らしてたお父さんも祝福してくれたそうなの。」
 ラグはすこし笑った。あの無口でぶっきらぼうで、それでいて優しかったきこりのおじいさんを思い出す。
「そして、2人は夫婦になったの…娘は忘れてたわ。自分がどこに生まれたか。…どうして自分が 特別だったか。だけどとても幸せだったそうなの。そして子供を身ごもって…かわいい赤ちゃんが生まれたのよ。 …だけど天空人と人間は夫婦になれない宿命なの。そして、その娘は特別だったから、神様は 怒った…きこりの青年は雷で撃たれ…娘は連れ戻され、罰を与えられたわ。」
 ラグはそっと聞いた。
「罰って…なんですか?」
「一つは、子供を自らの手で育てる事を許されなかった…マスタードラゴン様は娘の手から赤子を取り上げ、エルフの手にゆだねたの。」
「…一つ?…」
 女性は困ったような曖昧な笑みを浮かべた。そして話を続けた。

「だけど、その娘は、決して自分の子供を忘れる事はなかった…いつも愛しく思っていた。いつもここから その子の無事を祈っていた…もし、今のラグリュートを見れば、泣いて喜んだでしょうね…」
 ただじっとラグの顔を見つめた。女性の目には涙が浮かんでいた。
「あら、ごめんなさいね。貴方には育ててくださったお母さんがちゃんといるんですものね。だけど心の 片隅にでも置いておいてあげて。…生んだ母親も父親も貴方を愛していた事を…」
 ラグはうなずいた。
「会った事もないし…よく判らないけれど、嬉しく思います。」
 女性は、そう言って微笑むラグの顔に、両手を添えた。
「貴方の顔は、本当に貴方のお父さんそっくりよ。…とても、優しい顔…」
「そうですか…」
 当たり前のことながら、ラグは父や母に似ていると言われた事がなかったので、少しくすぐったいような不思議な気分になった。
「ねえ、私は…地上のことを良く知らないわ…貴方は一体どんな村で育って、どんな人と共に時を過ごしたのかしら?もしよかったら おばさんに教えて頂戴。」
「そうですね…」

 ラグは考えて、小さな村の光景や、父や母との会話、師匠や先生との訓練、シンシアとの遊びを簡単に話した。 女性はどんなささやかな事でも、
「まあ」
「あら」
 そんなあいずちを打ちながら楽しそうに聞いていた。
 井戸の中で地上の星がきらきらとまたたく。ラグはそれを見ながら立ち上がる。
「ありがとうございました。詳しく聞けてよかったです。…そういえば、貴方は?」
 女性はすでに涙でぐしゃぐしゃになった顔を無理に微笑ませた。
「…私は、貴方の…親と親しかった者よ…ありがとう、とても嬉しかったわ。」
 それだけ聞くとラグは一礼して部屋に戻った。その後姿をいつまでも女性がみつめていた事を、ラグは気づく事はなかった。
(マスタードラゴン様…たとえ、罰が与えられたままでも、私は幸せです…こうして、会う事ができたんですもの…)

 ベットに入った。眠気が少しずつ襲う。
 少しいい気持ちで今日の出来事を、先ほど聞いた事を反芻した。
 眠りの際で、ラグの頭にある疑問が浮かんだ。
(どうしてあの人は…僕の父親のことを…顔を…知っていたんだろう…)
 朝になれば忘れてしまう疑問を、その夜胸の中へ秘めた。


 陽の光に一番近い朝。それはとてもすがすがしいものだった。皆の顔も、この城に来た時よりずっと晴れ晴れとしていた。
「じゃあ、行きましょうか?」
 全員がこっくりとうなずく。高所恐怖症のクリフトも覚悟を決めたらしく、力強く頷いた。
「待ってください。」
 ふりむくと、魔物の姿をした者がこちらに走ってきていた。
「あなたは…?」
「世界樹の若木を育てていた方ですよ!」
 ラグの疑問にトルネコが答える。その人物?は立ち止まり、不思議な瓶をさしだした。
「持っていってください、世界樹の雫です。」
「しかし…駄目なのではなかったのですかな?」
「いいえ、一つならかまわないと。…人間は嫌いだけど、筋は通ってそうですもの、そう言ってました。」
 それだけ言うと、その人物?は去っていた。クリフトはそっとアリーナを見た。アリーナはクリフトの視線に気がつくと、 少し照れたような、それでいて誇らしい顔をして見せた。

 そうして、眼もくらむような空の上。忌まわしき力を持って開けられた穴を見下ろす。
「やだやだ、死んだりしないでしょうねー」
「大丈夫よ、姉さん。ですけれど、この穴の下には…とても強い力を感じます…」
「この下が、魔界への入り口なのだろうからな。」
 ライアンの言葉に、皆が息を飲んだ。
「ふむ、ただの人間の身で、魔界へ行くとはなんともはや・・・しかこのブライ、全力を持ってデスピサロへ挑みますぞ!」
「は、早く行きましょう…こうしていると決心が鈍りそうです・・・。」
「クリフト…いいかげん慣れたらいいのに…」
「こういうものが平気になる道具が、なにかあればいいのでしょうけれどね。」
 いつもの言葉で話す仲間達に、ラグは安心した。
「…行きましょう…デスピサロの元へ!」
   全員は恐怖を押し殺し、何も考えないようにして、穴へと飛び降りた。


 
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