エビルプリーストの体から血がほとばしる。
「ラグ?」
 それはアリーナにも見えないほどの速さ。ラグは音も立てずに、ただエビルプリーストを切りつけていた。
 ラグの顔はどこまでも静かだった。
「お前がシンシアを殺したのか。」
「ははははは!あの時我が剣で愚かな犬のように死んだ者と、同じ顔とは思えぬな!」
 血を流しながらエビルプリーストは笑う。
(黙れ、シンシアは…お前みたいな奴に、殺されていい人じゃなかったんだ)
「まあ、あのようなクズと同じなどと思ってはならぬか。」
(シンシアは、クズなんかじゃない)
 体から落ちる血を、まったく感じないようにエビルプリーストはラグに笑う。
「あのクズはお前の姿となって、お前の代わりとなって殺される瞬間、幸せそうに微笑んでいたのだからな」
 七人の顔に驚きが走る。その言葉の意味は…
「愚かな自己犠牲だ。…無駄な事だった。どうせ貴様は、ここで私に殺されるのだからな!!!!!!!」
 エビルプリーストは、自らの身を異形へと変えた。


 始まった戦い。
 ラグはただ、目の前の異形に向かって剣を振り続ける。
 ラグは今、生まれて初めて怒りを覚えていた。
 エビルプリーストの魔法が、ラグの足を焼いた。だが、ラグはその怪我に全くかまわない。
 消したかった。この物体の全てを、消し去りたかった。
(許さない、絶対に許さない!お前が、存在する事を、絶対に許さない!!!!)
 頭の中にあることは、ただそれだけだった。

 ラグは、いつも剣を振りながら周りを見渡す。誰かが困っていれば自らフォローし、それが出来ないなら 仲間達に的確な指示を出す。そうしながらも、自分は敵に攻撃を加える。
 みな、その戦い方に既に慣れきっていて、どういったタイミングで仲間に補助をしたらいいか判らなかった。
 こんなに大変だということを忘れていた。

(ああ、もう、邪魔よ!イオナズン、使えないじゃない!)
(姫、どいてくだされ!巻き込まれますぞ!)
 仲間にぶつけないように攻撃呪文を使うこと。

(えーと、今撃ってくるかしら?)
(どこを攻撃すれば効果的だろうか?)
 巻き込まれないよう、邪魔にならないよう攻撃を加える事。

(フバーハ、唱えた方がいいかしら?)
 適切な時に、補助呪文を使うこと。

(ここは、ベホマラーがよいのでしょうか?)
 周りに気を配り、回復呪文をかけること。

 すべてラグに頼っていたわけではなかった。だが、いつもあったことが無くなり、 いつも自然にやってた事さえできなかった。ラグが今までしていた事が、どれほど大変か、皆が思った。
(だけど、やらなくてはいけない)
 それは全員の思いだった。ラグがしていた事を、一人一人が気にし、攻撃をする事はとてもやりにくかった。そのため、 いつものテンポいい攻撃が出来なくなっていた。
 だが、それを吹き飛ばすほどに、今のラグは強かった。
「ギガディン!」
 ただ冷静な顔で、相手の傷口をえぐり、敵の攻撃かわし、また体に傷をつける。
 その姿は、仲間の背筋にぞっとした感情を走らせるものだった。

「ば、馬鹿な…後一歩で、私が魔族の王となれたというのに…許さん…お前達だけは絶対に…」
 かすれる言葉。すこしずつ崩れていくエビルプリーストの体。もう、死は間近だった。
 しかしラグは少しも聞いていなかった。かまわず天空の剣を横に薙いだ。
 そうして、それが止めとなって、エビルプリーストは塵に消えていった。
 ラグは、それをただ、静かに見ていた。
 ふと、足の痛みに気がつき、機械的に回復しようとしゃがみこむ。そしてその時、天空の剣にあたり、高く響く音を立てたものが あった。
(鍵・・・)
 その音がの正体がわかり、ラグはようやく我にかえった。


 誰も、言葉をかけなかった。ラグが心に抱えているもの。どうしてラグが、あれほどに自分が勇者であることを 否定するのか。
 ラグはまさに、自分の存在の為に、誰かを犠牲にしなければならなかったのだ。
 それはどんなにか、辛い事だったのだろうか。
「あ、すいません。」
 ラグがこちらを向く。いつもの顔をして。
「ごめんなさい、僕。一人でつっぱしっちゃって…皆さん、無事ですか?」
 それが余りにも普通すぎて。皆はただ、ぽかんとみつめるしかなかった。
「あ、もしかしてどこか怪我でも?」
 様子がおかしい皆に、ラグがうろたえながら一人一人、怪我がないか見ている。
「あはははははは!!!」
 マーニャが笑った。
「マーニャさん?」
「安心したわ。あんたもやっぱり人間ね。」
(ずっと笑顔しか見せなかったラグが、ちゃんと怒る事が出来るなんて。)
 それはずっと心配していた事だったから。マーニャは笑った。
 その言葉に、釣られて皆も笑い出す。マーニャの言葉もだが、いつもどおりのラグに とてもとても安心したのだ。
「ふふふふふ」
「あはははははは!」
「ははははははは」
 ラグも笑っていた。こわばった顔をほぐすように。
 八人は笑い続けた。 星も無い、太陽も無い空へ、響きわたる、明るい声で。


 そっと塔を出て、城を見る。その城から、今までとは比べ物にならないほどの魔の気が漂ってきていた。
「進化の完成が間近に迫っているのでしょうか…」
 だが、今の皆にはあまり闘志なかった。
「ロザリーさんのために…デスピサロは…」
 城を見ながら、ラグはポツリとつぶやく。
「ラグさん・・・」
「僕、さっき、初めて怒りました。」
 ラグは独り言のように城に言葉を発する。城は不気味な気を発し、時々閃光をほとばしらす。
「そこで初めて、本当にピサロの気持ちがわかった気がするんです。…大切な人を殺した者を消し去りたい、 そんな気持ちが…」
「ねえ、ラグ…戦うの、止める気なの?」
 アリーナの言葉にラグがふりむき首を振る。
「いいえ。ですけど、似てるなって。僕とピサロが。皆さん、以前僕とピサロの気が似てるって、そう言ってましたよね。 もしかしたら、そう言うことなのかもしれないなって、そう思ったんです。…僕ももしかしたら、 そうなっていたのかもしれないって。」
「いいえ、きっと違います。ラグさんだけじゃない。皆一緒ですよ。誰しも皆、力を望みます。でも、力 を使い違えると…きっと全てを破壊するのでしょうね…」
 クリフトの言葉にブライがうなずく。
「そうじゃな…人には皆、心の闇を持っているのじゃ。迷いもあろう。力をもち、それに囚われると…力に 自らも飲み込まれるのじゃ…」
「エビルプリーストに、力を与えられた…商人のように…ですね…」
 トルネコの言葉。それは誰しにもある闇。誰しも、もっていた迷い。
「力を持て余し、悩む事もあるな。」
「憎しみで自分が見えなくなることも…あるものね…」
 旅を始めた時の、自分。…確かに…闇に体を支配されていた。

(もう少し、早ければ。友を殺す事も無かったのに。私は亡霊。友の、その遺言を果たす為の)

(自分の事しか、考えてなかったの…だから、守りきれなかった…大切なもの)

(生涯秘めたる想い。守るは君主とその姫君。ですから、お許しくだされ。心に眠る、その想いを持ち続ける事を。 お二人の子供と一番側にいることを。)

(神につかえる身の上で、ただ一つだけ、守れぬ事。神が何よりも尊いこと言う事。手に入れたいわけではない。 ただ、許されるまで、側にいたいだけなのです…)

(何より大切なのは、なんなのでしょう…最も大切な家族と離れ、私はいったい、何をせんとしてるのでしょう…)

(罪人になるわ。殺すの、あの人を。今度こそ。なんのため?父の為?…永遠にあたしの物に、するため?)

(私の命はあの人のもの。あの人に守られたもの。だから生きなくては。宿命のために。けれど…あの人なしの幸せって… あるのかしら…)

(僕はなんなのだろう。僕はラグなのか、それとも…勇者なのか。皆や、父や、母や、村の人、そしてシンシアは… 僕をどう思っていたんだろう…そして、僕は…なんのために、生きてるんだろう…)

 晴れた闇、持っている闇。これからも、持ち続ける闇。導かれし者は、それをそっと抱えた。
 ミネアが星見えぬ、暗い空を見上げる。
「星の軌道が…少しずれてしまったら…もしかしてそうなっていたかもしれませんね… そして…ピサロは軌道をずらしてしまった…そして、狂ってしまったのかもしれませんね…運命が…」
 ”…歯車が狂わなければ”
 マスタードラゴンのその言葉を思い出し、ラグはどきんとする。
「…星の軌道が狂ってしまったら…運命の歯車が少し、ずれてしまったら…一体…どうすればいいんでしょう…?」
 星の道を読み、運命を垣間見るミネア。その言葉は巫女の予言のように魔界に響く。
「一つの狂いは…のちに大きなゆがみを生みます…きっと、その原因を取り除くしか、ないのでしょうね…」
 デスピサロが、進化の秘法を使い、世界を滅ぼそうとしているように。
 今、進化をしているのは、自分の心の闇なのだ。
 ラグの周りの風が、ふわりと揺れた。ラグの目は、遠い何かを捕らえていた。
 皆が、ミネアのその言葉に、もう立ち止まれないのだと、感じた。


「御願いが、あります、ラグさん。」
 トルネコは真剣な表情をしている。
「なんですか?」
「エンドールへ、行きたいのです。」


   

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