そのトルネコの願いは、残してきた者がある人間にとって当然の願いだと思えた。
「奥さんに…」
 会いに行くんですか?そう言おうとしたラグの言葉をトルネコはさえぎる。
「いいえ。…不思議ですね。今、祈りたいんです。世界が救われるように。…私の家族が 幸せに暮らせるように。今、会うつもりはありません。全てを終えるまで…私は会いません。 ですが、一番側で祈りたいのです、二人の幸せを…」
「きっと神は聞き届けて下さいますよ」
 とても優しい声で、クリフトは言う。
「ええ、かまいませんよ、トルネコさん。」
「それと…」
 快諾したラグの言葉に、トルネコが城を見ながら言う。
「最後に確かめておきたいのかも、知れませんね。自分が何のために戦うのかを。」
 自分の闇に立ち向かう決意を、トルネコは言った。


「いいじゃない!賛成よ!うーん、エンドール、素敵!」
 沈んだ空気を無視するように、マーニャは声をあげる。
「姉さん、まさか…」
 ミネアは冷たい眼を向けた。
「まあ、良いのではないか。今まで4連続で戦ってきた。今戦うのは最善とはいえまい。」
「そうですじゃ、年寄りには疲れますわい。」
「そうね。最善を尽くしたいわ!体力もきちんと回復しとかなきゃね!」
 ライアンたちの言葉を聞き、ミネアが姉に怒鳴る。
「姉さん…まさか、やっぱりカジノに行くつもりでしょ!」
「いいじゃなーい。やっぱりリラックスして挑まなきゃね。そのためにはー、娯楽が一番でしょ?」
「なに言ってるのよ!負けてストレスをためるのが落ちでしょ!」
「失礼ね!これを見なさいよ!」
 マーニャが取り出した杖を見て、ミネアがまた目尻を上げる。
「それは…微笑の杖!姉さんいつの間にホフマンさんの町まで!!!」
「でも見てよ。これが取れるって事は、勝てるって事でしょ?決め付けないでよね。」
 姉妹の口げんかは続いていた。それを横目でほほえましくみつめた。
「あれもコミュニケーションなんでしょうね。」
「いいから行きましょうか、ラグさん。」
「そうですね。」
 ラグはルーラの呪文を唱え始めた。

「あんたね、いっつもそんなに怒ってると、そのうち怒り皺が出来るわよ!お姉ちゃんしんぱーい」
「ふざけないでちょうだい!こんな時に何を考えているのよ!」
「そうよ、ミネア、あんたちょっと笑った方がいいわ。笑わせてあげる。」
 そうしてマーニャは微笑みの杖を振り上げる。脅かしてそっとつつくつもりだった。
 ラグが二人が魔法の範囲に入るようにそっとマーニャの側に寄った。
 トルネコの言葉が、ラグの胸をよぎった。
 ”最後に確かめておきたいのかも、知れませんね。自分が何のために戦うのかを。”
 何のために、今まで来たのか。何のために今まで戦ってきたのか…その答えを。
「じゃあ、いきますよ、集まってください。」
 それは不幸な事故だった。
「ほおら、ミネアちゃん笑って!」
 ラグの呪文が唱え終わるのとほぼ同時だった。少し勢いよく振り上げたマーニャの後ろ。
「ルー…」
 少し勢いよく振りかぶってしまった微笑の杖が、ラグの後頭部に直撃したのは。
 ”私を、守ってね。私を、救ってね。”
 気を失いながら、最後の思ったのは、その言葉だった。

 バチバチバチバチ!!!!
 呪文の範囲だった所を火花が勢いよく散る。
「痛い痛い痛い!!!」
「何でしょうこれは!!!」
 ものすごい火花と風。だが、それでも放たれた魔法力は八人を運ぼうと働いていた。
 いつもは感じない持ち上げる力を七人は感じる。だが七人は痛みに耐えるしかなかった。
 そうして、ラグが気絶したまま、八人は地上へと運ばれていった。


 ぐしゃあああぁぁぁぁ!!!
 優しく降りるはずの呪文。だが、八人は地面に叩きつけられた。
「姫、大丈夫ですか!」
 クリフトが真っ先に飛び起き、とっさにかばったアリーナを見る。その体には無数の擦り傷、切り傷が出来ていた。
「大丈夫よ。皆は?」
 回復呪文をかけられながらアリーナが言うと、ラグを除いたメンバーがゆっくりと起き上がってきた。
「い…た―――い!!!!なんなの、これ!!!」
「…姉さんの、せいでしょ。」
 マーニャの悲鳴は、ミネアの冷たい声で打ち消された。
「どこも打ってはおられぬか?」
「わしは大丈夫じゃ。あとで薬草でも貰おうかのう。」
「はい、ブライさん、ライアンさん、薬草をどうぞ。」
 トルネコは道具袋から薬草を取り出した。
「ラグ?大丈夫ですか?」
 ミネアは倒れたままのラグに駆け寄る。意識は無いが、とりあえず別状はなさそうだった。ミネアは呪文を唱えた。
「後ろ頭にこぶがあったわ。…姉さん。」
「ごめん。そんな気はなかったわ。」
 ミネアの本気で怒った声に、マーニャは真剣に謝る。
「まあ、もしかしたら魔界から地上への移動にもなにやら原因があったかもしれんて。しょうがない事じゃ。とりあえず 皆、無事じゃったからよいではないか。」
 ブライの言葉に頷こうとしたところを、ライアンの緊張した言葉さえぎった。
「これは本当に無事なのだろうか?」
「ここは…どこなの…?」
 呆然としたミネアの声。そこは、尋常では無い所だった。

 踏みにじられた緑。荒れた毒の沼地。人の家はすべて破壊され、燃やされていた。 戦いの爪あと。弱き人間の抵抗と、圧倒的までの魔物の攻撃跡が色濃く残る。そして人が平和に暮らしていた 幸せの痕跡は、何一つ残っていなかった。
「なんて…ひどい…」
 アリーナの声が震えていた。クリフトもその横で祈るようにつぶやいた。
「人の暮らしが、踏みにじられている…全てが破壊され尽くされている…」
 モンスターに荒らされたサントハイムですら、原型を止めていた。建物は無事だった。生活のにおいが留まっていた。だが、 ここには何もなかった。
「モンスターに…荒らされたのでしょうな。なんとひどいことを…」
 たしかにあった幸せの形。それが踏みにじられる最悪の形。トルネコは自らの幸せに重ね合わせ、ここの人たちの 冥福を祈る。
「しかし…ここはどこなのじゃろうか?わしらは世界中、全て行き尽くしたと思っておったが、このような場所 見たこともない。」
「そうよねえ?…来たこと無いわよね?」
「どうされた?姫?」
 アリーナが首をひねる。
「うーん…なんか…どっかで見たことあるような…そんな気がするんだけど…ううん、やっぱりないわね。 気のせいみたい」
「ふむ…やはり先ほどのことで、見たことも無い場所へ座標が狂ってしまったのじゃろうか・・・」
「あたしが…甘かったわよ。」
「マーニャ殿?」
 ライアンがいぶかしがるほどに、マーニャの声は震えていた。
「マーニャさん、この場所知ってるの?」
 アリーナの問いに、マーニャは答える余裕はないようだった。ただ、かすかに首を振った。
「あたし思ってたのよ。オーリンは生きてた。二回も死んだと思ってたのに、生きててくれた。…アリーナのお父さんも 生きてるみたい。…なら、ラグの村の人も、ラグの大切な…シンシアさんも、もしかしたら生きてるかもしれないって。 旅を続ける内にひょっこり会えるかもしれない、ラグが生きてたんだもん、他に一人くらいは…って…」
「じゃあ、マーニャさんはここがラグの…」
「来た事は無いわ。だけど、ルーラの呪文は術者の行ったことがある場所にしか行けないのよ。…あたし達が知らなくて、 ラグが知ってる場所は…多分たったひとつよ…」
 荒れた町。全てが滅ぼされた場所。
「ラグさんが生き延びたのは奇跡と言う他ありませんね。」
「違うわ、トルネコさん!奇跡なんかじゃない!…ラグが生き残ったのは…シンシアさんの…」
 アリーナは涙ぐんでいた。皆は知らない。だが、想像をした。
 愛しい人間が、自分の姿をして、モンスターへ立ち向かい殺され…そして生き残った時に見た、初めての光景。… それがこれだったのだ、と。
 それはどんなに辛い事だろう。
「これが…ラグ殿の故郷…」
 ライアンも呆然とつぶやく。クリフトは、一瞬悲しい目をしたあと、ラグの元へとかけた。
「クリフト?」
「気がついてないようです。ブライ様、ラリホーをかけて下さい。…私たちがここに来た事を、ラグさんはきっと喜びません。」
「ああ、そうじゃな。」
 ブライはそっとラリホーをかけた。ラグはやすらかな寝息を立て始め、ブライをほっとさせた。
「きっとラグ殿は…故郷の光景を人目にさらすのは嫌がるじゃろう…」
「嘘よ…」
「ミネア?!」
 茫然自失なミネアの声。その声は確実にいつもと違う、危険な声だった。
「嘘よ!姉さん、ここかラグの故郷だなんて、そんなの嘘よ!ありえないわ!!!いえ…ここに人が暮らしてたなんて…それすら、 ありえない…こんな場所が、地上にあるわけないわ!!!!」
「おちついて、ミネア!どうしたの?」
「ミネアさん?」
「ミネア殿、どうなされたのだ!!!」
 全員がミネアの周りに集まる。ミネアは膝をつき、あらされた酷い有様を瞳に映しながら、その心は、虚空をみつめていた。
「どうしたのよ、ミネア?、どうしてありえないの?」
「だって姉さん、ここには何もないのよ?こんな所が、ラグの故郷だなんて!!!」
「どうしたのよ、落ち着いて!あんたは知ってるはずでしょ?ラグが…魔物に村を滅ぼされた事を!それがなんで…」
「違うの、姉さん。そうじゃないの、わかってるの、ここがラグの故郷だって… でも…ここが故郷だと言うのなら・・・」
 差し出したマーニャの両手に縋りつきながら、ミネアは続ける。
「どうして誰もいないの?どうして、ここには何も感じないの!殺されたはずなのに、どうして誰の未練も、魂も、感情すらも 残ってないの?!」


 クリフトがミネアの視線の先を追った。酷い空間。何もない。クリフトの目には荒らされた村しか見えない。… そして、ミネアの目にも見えないというのだろうか。
「ミネアさん!それじゃ、あなたには何も見えないというのですか?」
 この世にあらざるものを見、心を感じるミネア。地上に留まる、たくさんの魂をミネアは見れるはずなのだ。
「どういうこと?誰もここで死んでないっていうの?」
「いや、アリーナ殿。それはあるまい…この有様だ…」
「では何故でしょうか?皆さん成仏してしまったのでしょうか?」
「トルネコ殿…このように殺され、人は本当に未練を残さないでいられるのじゃろうか?」
 ミネアは首を振った。
「私も、それも考えました…ラグの村の方は皆良い方ばかりだったようですので、ラグが助かった事に 満足して、皆成仏したのかもしれない…ですが、感情は…死んだときの苦しさや痛さ、そんな感情は この地上にどうしても残ってしまうのです…殺されてしまったのなら…けれど、ここには本当に 何もないのです。まるで綺麗に消し去ってしまったように…」
「知らないうちに、寝てるうちに死んだとか…?」
「いや、この戦いの跡、確実に応戦をしている。」
 マーニャの言葉をライアンが打ち消す。そして、ミネアがまた悲鳴のように言葉を発する。
「それでも、本当に満足したのかもしれない、それが残らないほど…ありえないけれど そう考えました。ですが、生活していたのなら、その温かみを感じます。それに…」
 次の台詞は、皆を震撼させる。
「もし、ここで戦ったのなら、どうしてここを訪れたはずのモンスターの魂すらないの?!」

「ほんとなの?確かなのね、ミネア!?」
 マーニャの悲鳴。それにミネアは確かにうなずく。
「どういうことなのでしょう…一匹も倒せなかったということでしょうか?」
 ブライは首を振る。
「わしはラグ殿に聞いた事がある。…剣や魔法を教わっていたと。ラグ殿は勝てなかったと。ならば 一匹くらい仕留められよう。」
「なら、どうしてなんでしょう…?」
 アリーナが、ラグの体に近寄る。
「姫?」
「ここで考えていても、しかたないわ。…気になるけど、ラグに聞けることじゃないし、 ラグが起きる前にここから離れましょう?」
 マーニャは頷いて、ミネアの背中をぽんとたたいた。
「落ち着いて、ミネア。とにかく、行きましょう?」
「ええ、ごめんなさい、姉さん、皆さん。取り乱してしまって。」
「いや、それはミネア殿にしかできぬ事。よく気がついてくれた。」
 ライアンはラグをそっと持ち上げた。今度はマーニャがルーラを唱えた。


 エンドールの夜はいつもにぎやかだった。だが…最後になるかもしれない地上の一時を、八人は静かにすごした。 ブライは明日に備え、睡眠を取った。トルネコは、一番近い場所から、出さない手紙を書いた。ミネアは、自分の心の内を おさめるため、精神統一に励んだ。アリーナとクリフトは、そっと城に忍び込み、スタジアムを見に行った。 ライアンとマーニャは静かに酒場でお酒を飲んだ。

 ”足手まといに決してなるまい。…若き者の命を散らさぬように…”

 ”ネネへ。私は明日、デスピサロを倒しに行きます。…生きて帰れるか判らない。 けど、私は行かなくては、いけないのだと思う…”

 ”もう、ラグさんのような方を作り出してはいけないの…私は心を強く持ちたい…。”

 ”「姫様、また、ここへ来ましょう…いつか二人で。」「うん、いつか武道大会が開かれたら…」「 そしたら、姫様。私に側で応援する事を、許して下さいますか?」「一番、近くにいて、クリフト。 なんだか判らないけど、きっと私、それが一番強くなれると思う。」「はい、光栄です…」”

 ”「明日が最後だな。」「緊張する?」「そうだな、しないと言えば嘘になるだろう。…今死ねば後悔もある。」 「へえ、後悔って…なに?」「…今は言えぬ。後悔を残したいのだ。…生きるために。」「そうね… そうあるべきね。未練があって、死ねないくらいがいいわ、きっと。」「…生きて帰ったら、教えよう、 マーニャ殿。」「ふふ、つまらないことだろうけど、ま、楽しみにしといてあげる。」”

 …そして、夜が明けた。

「おはようございます…あの、僕覚えてないんですけど、昨日、何がどうなったんですか?」
 マーニャは笑顔で、…そして自然に申し訳ない表情で言った。
「ごめん、ラグ。…あたしが微笑みの杖、おもいっきりぶつけちゃったみたい。でもラグってばそれで気絶しちゃうんだもん、 あたしびっくりしちゃった。」
「姉さん…反省してる?」
 ラグは笑う。にらむミネアを制した。
「いいですよ、無事でしたし、ちゃんとエンドールにも着けたみたいですしね。」
「…そうね。」
 少しだけ、みんなの顔に影がよぎった。幸いにして、ラグは気がつかなかったが。
「じゃあ、教会に行きましょうか?」
「そうですね、すいません、私のわがままで。」
「いえ、ゆっくり休めて、体力も回復できましたから。」
 その笑顔は、あの出来事を乗り越えて作られたものだと、もう皆は知っていた。
 教会のドアが開く。そうして全員が祭壇の前にひざまずく。そうして祈った。
 皆の頭に、様々な映像が浮かぶ。今まで旅をしてきた村や街。出会った人々。
 そして、家族の無事を、皆の無事を、世界の平和を。神へと、そしてこれを見守っているマスタードラゴンへ 言葉を投げかけた。
 アリーナの頭にも昨日のラグの故郷の映像がうかぶ。
(忘れなきゃ・・・今は、そんなこと、考えてる場合じゃないわ…)
 そう思うのに、妙に、気にかかった。…頭の隅に何かがひっかかる。

「それじゃ、そろそろいきましょうか。」
 ラグの声で、皆が祈りから我に帰った。
「姫、震えていらっしゃいますか?」
 クリフトの言葉で自分を省みると、確かにアリーナの体はなぜか震えていた。
(どうして?…こんなの、初めて…)
「私…なにか・・・気にかかって…ラグ…」
「大丈夫ですか?」
 覗き込むラグの顔。その顔はいつもどおり朗らかで。
「ごめんなさい、ちょっと武者震いだと思うわ。私、おかしかったわね。」
「そうですわ、きっと大丈夫です、アリーナさん。」
 ミネアも、アリーナの肩をやさしく叩いた。
「そうよ、アリーナらしくないわよー」
「大丈夫ですよ、アリーナさん。私達ならやり遂げます。」
「我々は導かれ者だ。…きっと時は我らに味方してくれよう。」
「そうじゃ、姫。こういうときこそしゃんとしなされ。」
 仲間の口々の励まし。
「ええ。」
 アリーナも笑顔で返す。
 ぎぎ、とラグが扉を開ける。そこから光が差し込み、ラグの顔を、照らした。
「じゃあ、いきましょう!ピサロとの、決戦に!」


   次回、最終決戦です…。

 って、ごまかすまえにあやまっときましょう。ごめんなさい!原作じゃ、エビルプリーストはシンシアの仇なんて 言葉、出てきません!私のオリジナル設定です!!!
 これは「ピサロって自分の腹心に裏切られるほど間抜けなのかなー?」と考え「疑ってたけど 手柄立てちゃったからきっと仕方なかったんじゃないかな」と言う結論に達したんです、はい。いちおう、 この小説を書くときから決めてたので、予定通り出せて満足です。良かったら見直して下さい。 シンシアは魔法で足止めされて倒されてます。
 そしてもう一つ。ラグの故郷の事。ルーラのこと…あうう…おもいっきり「ありえない」ですね…色々と。 とりあえず「謎が増えたなー」と思っていてくだされば嬉しいです。
 では、次回。対面するピサロの様子をどうか見守ってやってください。  



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