流れる雲。小さく広がる世界。…そこに立つ白い塔。少し寂しげな気持ちになりながら、気球はエンドールへと 向かう。
 大きな城。そこは大勢の人でにぎわっていた。武道大会でもなく結婚でもない、世界の平和を祈る為に、 すべての人が神への感謝と祝福を語っていた。
「平和になったんですな…」
 その喜びように、とても嬉しな顔をしながら、トルネコはその人ごみを掻き分けていた。
 大きな人垣の向こう。広場を抜けた先。すこしすいたその場所に、トルネコの女神が立っていた。
「ネネ!ポポロ!」
 ネネとポポロは物も言わず、ただトルネコの側に駆け寄った。トルネコがすかさずネネを抱きしめる。
「おかえりなさい…あなた…」
「ネネ、立派に留守を守ってくれたね。私の自慢だよ。」
「ええ…」
 抱き合うトルネコを、あとからラグが追ってきた。あいかわらず人波が苦手で、遅れてしまったのだ。
「お父さん!僕もお母さんを守ったよ!」
 ポポロがそう声をあげるとトルネコはポポロを抱き上げる。
「重くなったな、ポポロ。立派だよ、ありがとう。」
「うん!」
 そう言ってはしゃぐ家族。それをラグは遠くから眺めた。
「あら?貴方は…?」
 ネネがラグを見る。ラグは頭を下げる。そうして名乗ろうとしたが、そのまえにネネが笑って言った。
「あなたがラグさんね?はじめまして、主人がお世話になりました。」
「どうして…」
 聞き返したラグの問いに答えたのはポポロだった。
「あー、この人がゆうしゃのラグだよね?お父さんの手紙に書いてあったよ!」
「え…?」
 戸惑うラグにかまわず、ポポロは近づいてくる。
「ねえねえ、ゆうしゃって凄いんでしょ?いいなあ、凄いなあ・・」
 ラグはポポロの頭をぽん、とやさしく叩いた。

「僕は凄くなんかないよ。本当はね、勇者なんていないんだ。」
「でも…」
「ラグさん…」
 しゅん、とするポポロと困った顔をしたトルネコ。そんな二人に優しく笑い、ラグは続けた。
「僕達は、八人で旅をして、モンスターを倒してきたんだよ。皆が皆、勇気を出して倒してきたんだ。 一人じゃ出来なかったんだ。だからね、勇者は一人じゃないんだ。皆で勇者なんだよ。君のお父さんのトルネコさんも、勇者だよ。」
「本当に?お父さんが、ゆうしゃなの?」
「もちろんだよ」
「わーい、お父さんはゆうしゃだーーー」
 そういって周りを駆け回るポポロ。その様子を眺め、そしてラグはトルネコへ向き直る。
「それでは、僕はもう行きますね。」
「まあ、せめてお茶でも…」
 ひきとめるネネに首を振るラグ。
「いいえ、まだ行く所がありますから。ありがとうございます。」
「ラグさん…また、ここにいつでも遊びに来てください。」
 そう言ってにっこり笑うトルネコ。そんなトルネコにラグは寂しく笑う。
「…ありがとうございます。…さようなら、トルネコさん…」


 寂しくなった、気球。
「初めて出逢った時も、三人でエンドールから旅立ちましたわね…」
 小さくなるエンドールを見ながら、ミネアは小さくつぶやいた。
「そうね。あっという間だったわね…。」
 雲はどこまでも白く、透き通る空の色に吸い込まれそうになりながら、気球はモンバーバラ大陸の中央、コーミズ村に 降りたった。

 素朴な村。変わらない風景。そんな中、厳粛な雰囲気で、マーニャとミネアは家に向かう。
「ここは時が止まったようね…」
 埃のつもった椅子。あの日…父が死んだ日。そしてバルザックが死んだ日と変わらない時。
「だけど姉さん。…それでもどこか優しく見えるわ。」
「そうね…きっと父さんが安心したんでしょうね…」
 そういって裏庭へ続く扉を開ける。そこには大きくて立派な墓と、急ごしらえの 粗末で新しいお墓。
 ミネアは何も言わなかった。マーニャも何も言わなかった。ただ二人、静かに手を合わせた。 父への祈りを。
(終わったから。二人が惑わされた進化の秘法はもう無いわ。…だから安心して…)
(世界は平和になったから。お父さん…安らかに眠ってください…)
 一時の間に、万の思いを込めて、二人は祈った。天へ登った、懐かしい人たちへと。
「もう、苦しい思いをしなくて済むわね…姉さん。」
「あたしたちは、このためにずっとやってきたからね。…いこう、ミネア。もう一つの故郷へ。」

 ふわり、ともういちど気球が浮かび、モンバーバラへの風を掴まえる。そしてゆっくりと降り立つ。
「ラグ、きっとあたしのファンがあたしの踊りを見たがるわ。あたしの復活の舞台を見ていって!」
 マーニャに降ろされ、ラグは二人の後を歩いた。
 にぎやかなモンバーバラ。世界の平和に沸き、そして。
「マーニャちゃ―ん!」
「ミネアちゃ―ん!」
「マーニャ、マーニャ!ミネア!ミネア!」
 一番の人気美人姉妹がこの街に帰ってきた喜びに沸いていた。
 もみくちゃにされる二人。困りながらも嬉しそうに、マーニャとミネアは劇場に向かう。
 熱気溢れる劇場。幸せそうに踊る、マーニャ。ついでとばかりに舞台に引っ張り出されるミネア。いつもの日常。 みな、悲劇が起こる前に出来事へと、日常へと帰っていった。
 ラグは微笑んで、とても哀しそうに微笑んで、そっと劇場を出た。
 八人で乗ってた頃は小さく思えた籠。今、こんなにも広くて大きかった。
 空に浮かぶたった一つの孤独な影は、そっと風に乗った。



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