ラグと気球が降り立ったのは、サントハイム大陸の砂漠の上だった。
「パトリシア…今まで、ありがとう…」
 ラグはパトリシアの鼻面に顔を摺り寄せる。パトリシアは切なげに鳴いた。
「でも、もうお帰り。ここにホフマンさんがいるから。」
 そう言って目の前の小さな家を指す。パトリシアは哀しげな眼でラグを眺めた。
「いいんだ。行って、パトリシア。…ホフマンさんにありがとうを伝えて…」
 そう言ってパトリシアを優しく撫でると、パトリシアは高く嘶き、ホフマンの家へと駈けていった。
 それを見送ると、ラグは気球に乗り込んだ。
 そして正真正銘たった一人、空へと舞い上がった。
 音のしない空間。一体どれくらいぶりだろうか。ラグは籠から世界を眺めた。
 花は咲き、人は喜びに満ち溢れていた。世界中のすべてが平和で湧き上がっているのを感じだ。
(これが、僕のしてきた道…これが僕の歩んできた道…)
 風と共に、ラグは空を飛んだ。

 ゆっくりと気球を降ろす。側には小さくて粗末な木の家。
 中には入らずに、外からそっと墓を眺めた。
(僕の、父だった人…)
 そっと祈りを捧げる。あの時とは違った気持ちで祈った。一体どんな事かは、ラグ自身にも判らなかったけれど。
 そうして、樹木の切れ間から、深い森へと入る。
 かつてたった一人で歩んだ道だった。いまも、たった一人で、一人きりで歩んでいた。
 遠くまで、歩んできたもの。世界中を巡り、強くなり、仇を討った。
 それでもラグは、ずっとこの森を歩いていたのかもしれない。世界のことなんて見えない、わからない。 ただ、ひたすら何かを求めて、歩いていた。
 あの時は夕暮れせまる森の中。いまはまだ、真っ青な空を森の木々の上に隠していた。
 果てしなく思えた森も、今ではとても小さい事がわかる。
 あの時の同じように重い足を引きずり、ラグはひたすら森の中を行く。
 そうして、青空の下に、ラグは出た。


 そこは、変わらなかった。
 あの時と同じ。
 燃え尽きた家、毒の沼地、戦いの跡。
(わかってたんだ…)
 自分が成してきたこと。それは仇討ちだった。
(仇を討っても何も変わらないって。何も得られないって…)
 小さな切り傷がたくさんついた体を引きずるようにラグは村の中央に来た。
 踏みにじられた花。
(ここは、花畑だったんだ…)
 ここで、シンシアと二人幸せに笑っていた。
 すべて、過去の事だと、もう戻っては来ないとわかっていた。だけど。
(だけど、思っていたんだ…世界が平和になって、ここも、元の平和な村に戻って… 皆が、出迎えてくれるんじゃ、ないかって…)
 世界の平和から取り残されたように、沈み込んだ村。少しかすむ視界で見渡し、そして…誰も いないことを確認すると、ラグは体を持ち上げる気力も無くし、力なく膝をついた。
 拙い望みに託していた。最後の希望にすがっていた。
 ここはラグの世界だった。世界の全てだった。ほかの場所なんて知らない、ここだけが ラグの世界だった。
「結局、僕は世界を、救う事なんて出来なかったんだ・・・」
 ただ、呆然とそうつぶやく。この自分の世界を、救う事など出来はしなかったのだ。
 そうして、また、村を見る。最後に、眼に焼き付けようと。
 かすむ視界がぼんやりと光る。少しずつ、明るくなる。
 その光が、一つの形になっていくのが、ラグには見えた。
「シン…シア…?」
 ゆるやかな長い髪。哀しげな顔。あの日見た、そのままのシンシアだった。

 どさりと音をたてて、ラグが地面に倒れこんだ。それでもシンシアがいる空へ向かって、 ラグは手を伸ばした。
「シンシア…シンシア?シンシア…なんだね…」
 目の前のシンシアはルビーにならない涙を流しながら、首を縦に振った。
「ああ、シンシア…こんな所にいたんだ…こんな所にいたんだね…」
 シンシアの頬へと手を伸ばす。そこには何も感じなかった。それでもラグは、ずっとシンシアに触れようと 手を伸ばす。
「シンシア…逢いたかった…僕は、ずっとシンシアに会いたかったんだ…」
 だが、シンシアは涙を湛え、そっとどこかへ行こうとした。
「いやだ!」
 すでに立ち上がることも出来ないラグが、必死で手を伸ばして叫ぶ。
「いやだ、行かないで!シンシア!…どこに行くの?…僕も一緒に行く、連れて行って!」
 シンシアが必死の形相をする。一生懸命、差し出したラグの手を握ろうとし、そして首を振る。
「そこには父さんも、母さんも、先生も師匠も、みんないるだろ?シンシア?僕も、行く」
 シンシアは泣きながら、とても哀しそうに首を振る。だが、ラグはただ、シンシアの顔を、その向こうに透ける 空を見ながらシンシアに訴える。
「いいんだ・・・シンシアも判るだろ?もう勇者 (ぼく)なんて存在、いらないんだ。必要ないんだよ… だから、連れて行って…。それとも、ここを、世界を救えなかった僕は、皆の所に行く資格なんてないのかな…」
 シンシアは、またぼろぼろと涙を流す。首を必死で横に振って否定した。
「僕も、連れて行って…シンシア。僕はずっとシンシアの側にいたいんだ。シンシアに言われて、世界を旅したよ。たくさん 仲間も出来て、絆も作れたと思う。皆いい人で、僕大好きだったよ。 …でもね、シンシア。シンシアと一緒にいるほどの幸せなんて、見つからなかった。 僕はシンシアの側に、いたいんだ。連れて行って、シンシア…」
 とめどなくシンシアは涙を落す。顔をぼろぼろにしながら、シンシアはゆっくりと、顔を縦に振った。
「ありがとう…やっと、ずっと一緒にいられるね…」
 シンシアが握り締めた両の手が、冷たく感じる。ラグはその手を強く握り締めた。
 そして視点が横へずれたのを感じた。シンシアをみつめる一方で、村の入り口から、旅をした仲間達が 来るのが見えた。
 違う方向が同時に見えることに、ラグは何の疑問も湧かなかった。あたりまえなのだ。力なく 横に向いた自分の体の眼と、シンシアの元へ行こうとする魂の眼があるのは。
「ああ、みんな、来て…くれたんだ…」
 その言葉ははたして空気を震わせる事ができたのだろうか。
「ごめんね、シンシア…の…最後の…言葉の意味…僕、結局わから…なかった…よ…」
 必死にこちらへと走る皆が側に来るより先に、ラグの体の眼は、ゆっくりと閉じた。
 天空の彼方へ、自分が運ばれていこうとするのを、ラグは感じる。
 ラグは、シンシアへ両手を広げ、その体を、力いっぱい抱きしめた。
 体の鼓動が止まる。ラグの口からは、もう吐息を感じる事はなかった。
 そして、空へと伸ばしたラグの手が、ゆっくりと地面へと落ちた。


   長い間ありがとうございました。これで、ラグの長い旅は終りです。
 …とは、なりません。この旅はラグ一人の手で成しえたものではないからです。

 ここから先は、ゲームでいえばスタッフロールが画面に映りだされるところです。ですが、これを見ていらっしゃる皆様は プレイヤーではありません。どうぞ、その裏側をのぞいてください。
 また、これから先はいままで以上にエニックス側の公式設定を無視した展開になります。ご容赦くださいませ。



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