着いたのは、森の端。いつか放り出された場所に、七人は着地する。
 その七人が最初に見たものは、相変わらず無残な村の様相。
 そして、その中央に寝転んで弱々しく空へ手を差し伸べる、ラグの姿だった。

「ラグ!」
「ラグさん!」
「ラグ殿!」
 口々にラグの名を呼び、中央に駆け出す。それに気がついたのだろうか、ラグの顔がこちらをむいた。
 かすかに口が動く、だが、何を言ったのかは聞こえなかった。

 ミネアは見ていた。ラグの手が差し伸べた先に、一人の美しい女の子が涙を流しているのが。
(誰…?…なんなの…?)
 全てが不思議だった、どこか見覚えのあるような顔。普通の力なき幽霊と比較しても、ミネアでさえ見えるのが 不思議なほどの薄い姿。 そして、誰も、何もいなかったはずのこの村に、なぜかいる幽霊。いぶかしげにミネアはみつめた。

 そして、ラグの手が、大地に落ちる。

 その瞬間、とても美しい翠色の光球が、その女の子の胸におさまり…音も立てずに砕けるのがミネアには見えた。
 女の子は、泣いていた。涙をぼろぼろと流す。その光球が砕けて消えた後も、ずっと体を抱えていた。その感触を忘れないように ずっと抱きしめているように見えた。
 全員がラグの体の側に行く。
「ラグ?ラグ!」
 アリーナが呼びかける。服から零れた金の鍵が鈍く光を受ける。 とても幸せな表情を浮かべたままラグは、かすかなぬくもりを残し、アリーナに揺すられるがまま になっていた。
 その様子をじっとみつめ、そしてその女の子はゆっくりと天に昇っていこうとした。
「行かないで下さい…連れて行かないで下さい!お願いです!…貴女が、貴女がシンシアさんだと 言うのなら、どうか、どうか連れて行かないで!!!!」
 なぜか自分の目から零れる涙と、勝手に口から出た言葉に、ミネアは驚いた。それでもミネアは自分の口を 止めるつもりは無かった。その幽霊…シンシアに向かって泣きながら叫んだ。
「私は…私はラグに幸せになって欲しいんです!お願いです、連れて、連れて行かないで!!!!」
 シンシアは、寂しげにミネアをみつめた。そして、とても哀しそうにゆっくりと首を振り、 深々と頭を下げると、少し空へ昇り…薄れゆくように消えた。

「ミネア?ミネア、どうしたの?何か…見えたの?」
 ただ一点をみつめ、不思議なことを叫んだミネアにマーニャが問い掛ける。
 涙を拭き、不吉な予感を押し込めながら、ミネアはアリーナたちに聞く。
「ラグは…?」
 脈を診ていたライアンが、沈痛な面持ちで首を振る。
「おどきください。」
 クリフトが押し分け、そしてザオリクを唱えた。
 だが、ラグの眼は、開こうとしなかった。


「どうして…どうして効かないの?クリフト!どうして、ラグは……いやぁ…!!!」
 アリーナが涙を流す。
「姫、落ち着いてください。また試します。何度でも!ですから…」
 いきなり叫んだアリーナに、クリフトは必死に言う。アリーナは首を振った。
「私知ってる…この光景を、どこか…夢の中で見たことがあるの!ラグが、ラグがこうして、倒れて… どう呼びかけても答えてくれなくて…私、私知ってたのに…止められなかった!!」
 ずっと付きまとっていた、嫌な予感。それはまさにこの事だったのだと、アリーナは今さらながら悟った。 ぼろぼろと、涙を流す。ミネアも呆然とつぶやく。
「…そんな…ザオリクが、効かないなんて…」
 最後に見た、翠の光球。それが砕けていく様。…あれは、なんだったのだろう?
 もう、涙は止められなかった。余りに絶望に溢れ出していくのだ。
「なに泣いてるの。泣くんじゃないわよ!」
 そんな二人に叱咤激励したのは、全く涙を流していない、マーニャだった。
「姉さん…だって、ラグが!」
 泣きながらミネアが言い返す。だが、その言葉でアリーナは涙を拭いて無理やりにも立ち上がる。
「わかったわ。そうね、今は泣いてる時なんかじゃないわ。」
「アリーナさん…」
 ミネアに、マーニャはそっと告げる。とても震えた声だった。
「どうして泣くのよ。今泣いたら、この現実を、ラグが死んだってことを認めることになるのよ?認めてたまるもんですか。 泣かないでよ。」
 強がりの声の中に少しの恐れを読み取って、ミネアも涙を止めた。


「泣いてる場合じゃないわ。ラグが生き返る方法を考えなくちゃ!」
 アリーナが立ち上がると、トルネコがうなずいて言う。
「どうして、ザオリクが効かないのでしょうか?」
「ふむ、その原因がわかれば、もしかして解決策が判るかも知れぬな…」
 ライアンの言葉に、いつか聞いた会話をブライがもう一度繰り返す。
「まず…力が足りぬ時…じゃったか?」
「ですが、ラグさんは何度も生き返っています。」
 クリフトの言葉に、ブライがうなずく。
「では、長き時が経ってしまった場合…じゃが、ラグ殿はそうではない。肉体が無くても駄目じゃが、肉体も無事じゃ。」
「そうよ、ブライ!ラグは、ラグの肉体は…」
 アリーナがラグを抱き起した。そこで初めてラグの体に無数の切り傷があることに気がついた。

「なに…この傷…?」
「アリーナさん、よく見せてください!」
 ミネアが近寄ってくる。そして、体をじっくりと見る。
「この傷に…見覚えがありますわ…私が天空城で治した傷…ラグの頬に出来てました。」
「天空城?天空城のどこでですか?」
 クリフトの問いにミネアが慎重に答える。
「確か、マスタードラゴン様のお話が終わって…そのお部屋から出たところ…」
「ちょっと待って!」
 ミネアの言葉をさえぎるマーニャ。
「変よ、それ!だって、マスタードラゴンの話が終わった時、マスタードラゴンが傷を全部治してくれたじゃないの! どうして、ラグだけ…?」
「そう…だわ…私も…魔力が全快してました…ラグだって、戦闘でついた傷は全部塞がっていたのに…どうして…」
 呆然とするミネア。クリフトはラグへ近づく。
「とりあえず治しておきますね」
「御願い、クリフト。」
 アリーナはラグを地面に降ろした。すると手にざらりとした感触を感じた。
 ゆっくりと手を見る。すると翠色の砂が手の中にあった。
「なに…これ…」
 そして、その色に横で見てたトルネコが思い当たる。
「ラ、ラグさんの髪の色に…似ていませんか…?」
 そう、アリーナの手の中にある砂は、ラグの髪の色だった。そう言えば、心なしか髪が短くなっているような気がする。
「嘘…だって、ラグは進化の秘法なんか使ってないわよ!どうして体が崩れていくの?」
 マーニャの言葉。もう、判らない事だらけだった。
 だが、崩れてしまえばおしまいなのだ。もう、生き返ることは無い。だが、解決策も何も見出せない。 あとどれくらいもつのかも判らない。絶望が全員に走った。

 

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