「ふむ…」
 そこにブライが立ち上がった。
「ブライ…?」
「とりあえず保存せねばならんの」
「保存とは、どのように?」
 ライアンの問いにブライが、ほかのメンバーをラグから遠ざけながら言う。
「わしのマヒャドで凍らすのじゃ。凍ってしまえば砂になることもないやも知れぬし、砂になってしもうても、 ラグ殿を全て保存できる。」
「ですが、マヒャドではラグさんは貫かれてしまうのでは?」
 トルネコの言うとおり、マヒャドは氷の刃を生み出す呪文。下手をすればラグの体はずたずたになってしまうだろう。
「わかっておる。じゃからマヒャドの範囲を広げるのじゃ。もっと全体から氷を包み込むようにすれば…」
「無茶よ、ブライ!」
 それを止めたのは同じく魔法の使い手マーニャだった。
「わかってるの?無理やりに呪文の効果を曲げるなんて、そんなことしたらブライの体がもたないわよ?」
 全員不安な眼がブライに集まる。だが、ブライは毅然として言う。
「わかっておるわい。…じゃが、わしにしかできん事じゃ。それに、このままではラグ殿がだめになってしまうじゃろう。 …わしの目の前で、わしより若い者が死ぬところは見とうないわい。」
 そう言って呪を唱えようとするブライに、マーニャがため息をつく。
「わかったわ。あたしもやる。」
「マーニャ殿?おぬしは炎しか出来ぬはずだろう?」
 ライアンの言葉にうなずく。
「あたしはブライを手伝うだけよ。マヒャドみたいな高位呪文をただ変形して散らそうなんて、負担がかかりすぎるわよ。だから、 あたしがメラの呪文を同じように空気に散らすわ。周りの温度が暖かかったら、氷の勢いも弱まるはずでしょ?」
「マーニャ殿、それこそ無茶じゃ!氷と違い、炎は人の手を受けぬ。それを変形させようなど…」
「あたしがやるのは一番初期魔法よ。多分なんとかなるわ。あたしはこの世界で一番の炎の使い手なんだから。 …それに無茶は同じよ、ブライ。これもあたしにしかできない事よ。」
 きっぱり言うマーニャにブライは黙る。
「それに、ブライ。もしブライが死んでラグが生き返ったら…ラグはきっと今まで以上に苦しむわよ。 だから全員でラグに逢いましょ。」
 マーニャはそう言ってウインクした。
「頑張って…二人とも。…クリフト、先にラグを一度回復しておいて。」
 アリーナが指示を出す。クリフトはうなずき、ラグに回復呪文をかけた。傷が塞がる。そして、全員でそこから離れる。
「祈る事しか出来ません。ですから精一杯祈ります。…頑張ってください、二人とも」
 トルネコの言葉に全員がうなずいた。


 いつもより慎重に呪を唱える。二人の額に汗が浮き出る。
 ブライの手に氷の大きな結晶が、マーニャの手に小さな火が生まれる。
「ぐ…」
 うめき声をあげたのはどちらだっただろうか。だが、どちらも同じ状況だった。
 魔力がこのまま放たれたがっているのだ。拡散しようとしない。空気に散らそうとしても、 そのままの状態で飛び出そうとするのを、二人が必死に抑えていた。
 精神力がどんどん削られていくのを感じる。
(じゃが、やらねばならぬのだ)
(負けてたまるもんですか!)
 薄れそうになる気迫を持ち上げ、必死で手の先に生まれ出た魔法に集中する。だが。
(どうしても、散ってくれぬ!)
(もう…駄目…?)
 そのまま、二人の魔法が放たれようとしたそのとき、
「バキマ!」
 ミネアの声が後ろからする。いつも生まれ出でる鋭い風の刃ではない、強く優しい風が周りの空気をかき混ぜる。
 その機を逃す二人ではなかった。気合を入れて、最後の呪を唱える。
「マヒャド!」
「メラ!」
 ミネアの風に乗り、二人の呪文がかき混ざる。そして、ラグの体にゆっくりと氷の被膜がかぶさり、すっかり氷が ラグを包んだ。


 三人が荒い息をして、へたり込む。遠くから皆が走りよってきた。
「大丈夫か?」
 ライアンがマーニャを支える。マーニャはライアンの胸の中でこくんと頷いた。
「ブライ様!」
「ブライ!」
 クリフトとアリーナがブライの元へ駆け寄る。そしてそっと支えた。
「ミネアさん。いきなりお二人の方へいかれるので驚きましたよ。大丈夫ですか?」
「ええ、もともと風は空気にいるものですから。二人よりは負担はありません。少し休めば平気ですわ。」
 ミネアはそれでも今、立ち上がることはできないようで、トルネコに向かって座り込みながらにっこりと笑う。
「三人とも、そのままできいてくれぬか。」
 ライアンがマーニャを支えながら全員に話し掛けた。
「私は魔法のことなど判らぬから、なぜ魔法でラグ殿が生き返るかわからぬ。だから、私はずっと 考えておったのだが…どうして、ラグ殿が死ななければならなかったのだ?」
 その言葉に、倒れていた三人も、それを支えていた人間も、とっさにおきあがった。
 ふらつくブライたちにライアンが止める。
「いや、休んでいてほしい。無理は禁物だからな。… 私は様々な怪我人や、死人を見てきた。だから、断言しても良い。先ほどのラグ殿についた切り傷では死には いたらぬ。ラグ殿に死ぬ理由が私にはどうしても見出せぬのだ。」
「私は思い出していました。」
 トルネコがライアンに続く。
「ロザリーさんがなくなったとき、どうして生き返らなかったのかを考えた事がありましたよね。」
 あれは遠く、近いイムルの村。懐かしく、苦い記憶。
「確か話を総合すると、力の問題、魂の問題、肉体の問題、心の問題でしたよね。」

 ”魂が離れようとするのを呪文で呼び寄せ、元通りの肉体へ宿らせるわけです。ですが、ただ 魂が宿っただけでは生き返る、と言うことにはなりません。いくら魂があってもそれを 自らの肉体へ保護する力、それがなければ出て行ってしまいます。 たいていの生き返すことの出来ないのはこの「力が足りない」状況です。”
 ”あとは余りに長いときを経てしまった場合ですわね。余りに長いときが経ってしまった人間の魂は 空に登って行ってしまいます。そうなってしまった魂を呼び戻す事はできませんわ。”
 ”強い心残りがあったりして、地上に残っても たいてい魂が変質してしまいます。よほど強い精神力があれば別ですけれど、その場合でも、たいてい 体が地に帰ってしまっていますから生き返ることはできませんわ。”
 ”「力」というのは素質はもちろんですが、なにより本人の生きたいという意思が大きく 影響します。”

「私にわかるのは、ラグさんに生き返る力…素質があったこと、そして今肉体があることだけです。」
 ミネアは息を飲んでいた。…気がつきたくない問題を必死に押し殺していた。
 クリフトが続ける。
「心は…わかりません。ですが、魂の問題でしたら、マスタードラゴン様が保護してくださっているはずです…」
 そこで、クリフトの顔が、希望で溢れる。
「そうです、尋ねてみましょう!恐れ多いですけれど、天空城の マスタードラゴン様に!全てを見通す方なのですから、きっとすべてご承知なはずです。」
「そうですわ…ラグはあれほどに神様のために頑張ったんですもの。きっと、きっと助けて下さいますわよね!」
 ミネアが手を組んでうるうると眼を潤ます。
「そうじゃな、きっとなんらかの手を講じてくれるじゃろう。」
 ブライがほっと息をつく。
「そうと決まったら、早く行きましょう!」
 アリーナがラグを抱えようと近寄った。だが、トルネコがそれを制してそっと布でラグを包む。
「アリーナさんはミネアさんを支えて差し上げて下さい。まだ少しきついようですし。」
「いいの?トルネコさん?重くないかしら?」
 トルネコは、布で包まれた冷たいラグをそっと抱き上げた。
「ええ…私はただの商人で、なにも出来ません。…ですからこれくらいは、させて下さい。」
 ライアンに支えられたマーニャが、そっと唇をしめらせ、呪を唱え出した。皆がマーニャの側に集まる。
「…ルーラ」
 行くのだ、天空の城へと。全てを見守る神のいる城に。自分たちを、そして世界をも平和に導いた、孤独な勇者を 幸せにするために、七人の導かれし者は、希望を求めて空へと飛んだ。


   …展開がダイの大冒険ちっくなのは、気のせいです。気にしないで下さい。(実際 この話を考えたのは、ダイの大冒険を読む前ですし。)
 これから、怒涛の謎解き編に入ります。…もっともたいていの謎は皆様もう予想がついてらっしゃるのでしょうけれど。 できれば気がつかない振りをして読んでくださるとありがたいです。
 それでは、次回、ミネアの予言のネタバレをする予定です。どうぞおたのしみに。



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