「もし知ってたら、地上に降りるのを止めたわ。…たとえ本当にラグが死ぬ事を望んでいても説得できたかもしれない。 マスタードラゴン、貴方はそれが怖かったんじゃないの?自分の側に置いて自分の手下になっても、 自分の近くに自分より強い者がいることが、怖かったんじゃないの?」
 アリーナも、怖かった。目の前にいるマスタードラゴンが。だけど、立ち上がった。今度こそ、後悔しない。 ずっと自分が思っていたことを、クリフトは勇気を出していってくれた。 正しいのだ、この想いは。クリフトがそう思っているならそれは正しいのだと、アリーナは確信できた。
「マスタードラゴン」
 今度はミネアがそっと聞く。
「今の話ですとラグの身体を治すことは可能だったのですか?治す事が出来たのに、天空城にいることを 拒否されたから…ラグの身体をそのまま放置したのですか?」
 全員がミネアを見る。そうだ、マスタードラゴンは言った。”私の元へ下り、私に仕えるならばその身体をこの世に留め置ける ようにしてやろう”と。それはとりもなおさず、マスタードラゴンはラグを助ける事ができたと言う事なのだ。
 クリフトがマスタードラゴンを見やる。
「どういうことなのです?マスタードラゴン!」
「もしそうなら、許さないと言うのか?クリフトよ。お前は神官でありながら、私に逆らうと言うのか?」
 クリフトは、もう一度しっかりと地を踏みしめ、前を見据える。 アリーナがともに立ち上がってくれた、それだけで自信が出た。神官衣を誇らしく 着たまま、クリフトははっきりと言う。
「私は、神に仕えるために神の教えを学んだのではありません。…人を助ける為に神の教えを学んできたのです。」
 それは、神学を学ぼうと決めた時からの、自分の中の真実。


「仇を討とうというのか?その様な事をして、何になると言うのだ。…そんなことをしてもラグリュートは帰ってこぬし、 私にラグリュートを生き返らすことは出来ない。何の意味もない、愚かな事は止めるのだ。」
 その台詞に、今度はマーニャが切れた。
「なによそれ!意味ならあるわよ!あたし達がすっきりするわ。だいたいあんたね!その愚かな、仇討ちって 感情を利用してラグにピサロを討たせたんでしょ!あたし達だって同じよ!散々利用しておいて、その言い草は ないんじゃない?」
「人を呪わば穴二つ、という言葉もありますわ。…その感情を利用して、自分の望みを果たされたあとは、 その感情によって、苦しめられるのかもしれませんわね。…お答えください、マスタードラゴン。 …ラグの身体から逃れた二つの勇者の力は、一体どこへ行ったのですか?」
 ミネアが絶望から立ち直り、鋭い目でマスタードラゴンをみつめる。彼女とて、仇討ちを目指した身。今の言葉で 怒りを覚えないはずはないのだ。
「砕けたラグ殿の魂に篭っていた二つの力…マスタードラゴン、貴方が取り込まれたのか?」
 ライアンが剣を抜き、マスタードラゴンへ向ける。
「…そうだ。二つの勇者の力は、生み出した私の元へと還った。だが、それがどうしたと言うのだ?」
「…それでは、貴方はラグさんを利用して自分が強くなったのではないですか!」
 いつも朗らかなトルネコがきつい声を出した。
「そうじゃ、他人の力を利用して、強くなるなど…自らの力に誇りはないのか?」
 強い目でブライがマスタードラゴンを見据える。いまや七人全員が立ち上がり、 戦闘の構えをためらうことなく見せていた。地上で神と崇め奉られている至高の存在に立ち向かっていた。
「アリーナ…さっきの言葉、間違ってるわよ!こいつはね、ラグを側にいるもの怖かっただけじゃないわ! 地上に置くのも怖かったのよ! 今度はラグが、第二のピサロになるんじゃないか、世界を支配しようとするんじゃないかって、脅えてたのよ!」
 マーニャが怒鳴る。完全に切れていた。そして、それは全員同じだと思い知らされた。
「だが、残念だったな。…私たちとて世界を支配しようと思えばできぬことはない。」
 いつもは言いそうもない人物…ライアンの言葉に、ブライが乗る。
「そうじゃ、わしらとて、人間の中では最高の力の持ち主じゃ!それが七人もおる。権力も財力もある。…ラグ殿さえ いなければと言う考えは間違いですじゃ!」
「ラグさんは家族同然でした。その人をこんな風に扱おうとするなら、私も貴方を許したくありません。」
 いつも温和で、かつては戦争を止めようと尽くしたトルネコまでが不穏な雰囲気を見せる。
「…そうですわね、ラグさんのためでしたら、きっと何でも出来ますわ。 ほって置くのは間違いかもしれませんわよ。私たちは八人あわせて世界を救う光なんですから!」
 最初から、八人だった。八人で旅をする宿命だった。…かつてあった運命なんで知らない。八人で力をあわせてきたのだから。

 クリフトがきっぱりと言う。
「自らの欲のためにラグを殺したと言うのでしたら、私たちがラグの仇を取ります!!!!」
「私は地上最強の生き物『竜』だ。…お前達人間に、弱くて脆い、 100年も生きずにすぐ死んでしまう人間が、私に勝てると思うておるのか?」
 竜の身体。それはたくさんの力を蓄える為の入れ物。…人の魔力は、身体は、竜に比べると、 ちっぽけなものなのだ。
 二の句が継げなかった。言う言葉が存在しなかった。 このまま沈黙が続けば、あるいはそのまま地上に帰っていたかもしれない。…だが、知性溢れる声が割り込んだ。


「勝てますじゃ、マスタードラゴン。…そなたは知っておられるのであろう?人が、竜に勝った事を。」
 全員がブライを見る。マスタードラゴンですら、驚いたように齢を重ねた人間の魔法使いを見た。
「それははるか昔のこと。…こことは違う世界。…その者はたった一人で、世界を闇で覆った悪しき 竜と戦った。…そして、その者はその世界から光を取り戻した。竜の王と呼ばれし者に 打ち勝つ事で。…知っておられるであろう?」
 マスタードラゴンは初めて、動揺を見せた。
「…なぜ、人間であるお前がそれを知っておるのだ?」
「マスタードラゴン。…人間は弱い生き物じゃ…100年も経たぬうちに死んでいく。だからこそ、 より良い生を求める事に貪欲に生きる生き物でな。わしの糧は知識じゃ。 ましてわしは伊達に年をとっておらぬでな。勉強の仕方なぞ心得ておるわい。…多少読んでもらい 、あとは辞書のようなものさえあれば、新たな言葉を読むことくらい、動作もないことじゃ。」
 カッカッカ、とブライが笑ってみせる。緊迫した空気を帯びたまま、のんきに笑う事が出来る。 …これこそ年の功だった。
「では、お前はたった一日で、天空人の言葉を読めるようになったというのか?」
「たった一日とは失礼な事をおっしゃるのじゃな。わしは長年、知識を求めていたのじゃ。その 長い間積まれた知識あってこそじゃ。」
 ブライなど比べものにならないほど長く生き、地上を眺めてきた天の竜。だが、 マスタードラゴンは、眺めてきただけだったのだ。高い空から、ただ見ていただけなのだ。
 それでもマスタードラゴンは、そのブライをも見下ろし、低く声を響かせた。
「竜王は、悪しき心に囚われていた。魔族に心奪われ、本能に心惑わされておった。竜としての力を 生かす事などできなかった。私とは違う。そして、お前達も竜を打ち倒しし者とは違う。 その者は勇者と呼ばれていた。万能の力を持ち、神から 加護を受けて生まれていた。…そうだな、ラグリュートがいたならば、お前らも私に勝てたやも知れぬな。 だが、お前らは勇者ではない。」
 マスタードラゴンはばさりと翼を揺らした。
「ブライよ、お前ほど知識に長けた者ならば、私に逆らうのがどれほど愚かな事はわかるだろう? 地上の者に、神と呼ばれし我に、人間が勝てぬことなど。 強大な力のゆえに神と呼ばれるのだ。勇者でもない、ただの人間のお前らが私に勝てると思うておるのか?」
 勇者でないもの。…ピサロに勝つためのただの数合わせ。ただのちっぽけな人間で 特別な力もない者たち。だけど。
 ブライは自信を持って言う。
「…先ほどの話から100年のち、悪しき神官が呼び出した邪神に打ち勝ったものは、先の勇者の 血を引くものでしたな、マスタードラゴンよ。 なぜかその者たち三人には『勇者』という表現が一度も使われてはおらぬ。その者たちは 決して万能ではなかったんじゃ。わしやマーニャ殿のように全く剣も扱えない者と、姫やライアン殿やトルネコ殿のように 魔法が全く扱えなかった者と、クリフトやミネア殿のように、剣や魔法を両方兼ね備えつつも、 前の二人に両方で勝てなかった者。だが、そのただの人間が、『神』に打ち勝ったのじゃったな。三人力を あわせることで。」
 たったあの一夜で、ブライはどれほどのことを知りえたのだろうか。たった60年ほどで、 ブライは一体何を学んだのだろうか。
 だが、マスタードラゴンを見据える目にはきらめきがあった。…正しい知識を 正しい時に使っていると言う自信の目が。

「わしは思うのじゃが…マスタードラゴン、そなたは本当に神なのか? ただ一度も、自らを『神』言わなかったですじゃ。ただ『人間に神と呼ばれた』と言っておっただけじゃ。 …竜の王は、神に世界を任される為に生まれてきたと言う。 マスタードラゴン、そなたはもしや、先の竜王と同じものなのではないのか?」


 

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