空が紫に染まる頃、リハビリ代わりに町を散歩するのが、オーリンのここのところの習慣だった。
 この時間帯が、オーリンは一番好きだった。染まる空の色が、髪の色のようだったし、なにより、 5年程前に光に出逢った時刻でもあった。
 教会の前で座り、空をみつめる。
 世界に平和が訪れたことは人から聞いて、知っていた。ではあの方々はやり遂げたのだ。
 ここで、怪我を癒しているだけの自分とは違う人たち。
(なんの…役にも立てなかった…)
 そんな自分が歯がゆくて、この町でも少しずつ研究を続けていた。その中でも一番成功した 作品が、オーリンの手の中にある。
 それは、この空と同じ、紫水晶色に光っていた。

 樹木の陰影が、空を虚に見せる頃。空の紅が静かに山の奥へと沈もうとする。月ははかなく輝きだし、空に彩りを添える。 それはまさに、美しい姉妹の色だった。
 約束を待っていた。平和が来た時から、ずっと待っていた。 何も出来なかった自分は、ただ、約束を果たす為に、そしてかつての決意を実行する為に、 ずっとここに座っていた。
 オーリンはゆっくりと立ち上がる。そろそろ帰る時間だからだ。宿屋へ向かおうとしたオーリンが、一度だけ教会の向こう―― 村の入り口を振り返った。

 ふわり。雲が羽根のように散らばっている。一瞬、月の光が溢れた。空の色に染まった薄紫の衣服がはためく。 それを覆うように、空の色の髪が覆い被さる。空からゆっくりと降りてきた、夕昏を纏いし天使。
 天使が振り向く。天使はこちらを見ると驚いたように近づいてきた。
「ミネア様?」
 天使が答える。
「オーリン!」
 天使はオーリンの側まで、駆け寄る。
「オーリンどうしてこんな所に…もう怪我は大丈夫なんですの?」
 オーリンは呆けた顔をしている。
「驚きました…」
「え?」
「夕昏の、天使かと思いました…」
 目の前に居る天使は、夕昏の薄紫に染まらぬ赤い顔をしていた。

「お疲れ様でした。よくやり遂げられましたね」
 腕の中の天使に、オーリンは優しく告げる。だが、ミネアは首を振った。
「いいえ、私は何も成せなかった…なにもやり遂げられなかったんです…」
 そこで初めてオーリンは、ミネアが涙ぐんでいる事に気がついた。
 世界で一番脆く、世界で一番尊い宝物をそっと抱きしめるように、オーリンはミネアの肩に手を伸ばす。
「…いいえ、ミネア様。…あなたは私との約束を果たして下さいました。…すでに何かを成しているのですよ。… 私はずっとあなたを待っていたのですから…」
「聞いて…くれますか?オーリン…。長い長い、星の軌道の話を…」
 迷わず、オーリンはうなずいた。そっと、教会への階段に腰をおろす。
 篝火が灯り、星が美しくかがやきだす。…ゆっくりとミネアが語りだす。消えてしまった一番星の伝説を、魂に 刻むようにゆっくりと。


 ずっと考えていた。『魂』とはなんだろう、と。
 月の輝く夜が来てもその答えがよく判らない。薄暗い部屋の中でぼんやりと考え続ける。
 自分は武器屋。武具や防具を売るもの。お金を稼ぎ、人に物を売るもの…
 だけど自分が物だけを売ってきたかというときっと違うと思う。…違うと思いたい。
 人と人との触れ合いを、心を、絆を売ってきたと思う。だからこそ、自分は人に喜ばれてきたのだと そう思っている。
 なら、その触れ合いや心を宿らせる…武具や防具をしまいこむ袋のようなもの…それが魂なのだろうか?
 とりあえず、納得した。自分はネネやポポロやラグやマーニャやミネアやアリーナやクリフトやブライや ライアン…全ての人間から得た心 をしまいこんだ場所は、自分自身の中にあることを知っていた。つまり魂とは自分自身。しまいこむ袋だと 言うなら、それは、混じりけのない自分なのだろう、と思った。
(だとしたら魂に刻む、とはどういうことを示すのでしょうな・・・)
 袋にナイフを入れる…いや、そんなことをしたら、中のものが全てばら撒かれてしまう。何よりぼろきれに なった袋は既に袋ではない。
(じゃあ、逆に考えましょうか。自分の魂に刻まれているものとは、なんだろう?)
 ネネ。笑うポポロ。暖かな、家族達。今も鮮やかに脳裏に甦る。置いてきた家族達。だけど一番愛していると核心 できるもの。
 …きっと記憶がなくなってもなくならない暖かな想い。その積み重なり。

「ああ…私はきっと、もう大丈夫ですね。」
 その二人に応援されながら、悔いのないまま自分はラグの憂いを解決しに来たのだから。… 刻まれていないわけがない。
 心の奥底にしまって…そしてそれが少しずつその袋に染み出して、その物の形を浮かび上がらせている。きっと 自分の袋の中には、ネネと、ポポロと、夢と、冒険と…仲間達の笑顔が描かれているに違いない。

 そう確信できる自分がなんだか嬉しかった。そう確信できる自分でいさせてくれた、家族や仲間達が誇らしかった。

 …だから、その全てが笑える時を作ろう。他でもない自分のために。

 トルネコは机の灯りをつけた。そして袋から道具を取り出す…手紙箋と筆記具を。
 一夜かけても終わらない、長い長い手紙を書こう。それは出さない手紙だけれど、最愛の 家族達にいつもどおりに。
 一番遠くから書く手紙。…すぐ横には一番近くから書いた手紙。同じ封筒に入れて大事に取っておこう。

 ”それが、わたしの魂だから”




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