ライアンの胸の中で、ただ考える。これまでのこと、これからのこと。安らげる自分、安らげる場所を。
 マーニャを胸に抱きながら、ただ考える。自分の生きる道、自分が出来ること、守りたいもの、守りたいことを。
 マーニャは泣いた。喉が嗄れるまで、ただ泣き続けた。
 ライアンはずっと抱きしめていた。その暖かな身体を。
 窓から月が差し込む。マーニャが涙でぬれた顔を持ち上げる。その顔は、とても美しかった。
 ライアンはそっとそのマーニャのまぶたに口付けをかわす。
 今までたくさんの女性と愛を語った。キスをした。…だが、これほどその行為が神聖に思えたのは、今が 初めてだった。
 窓から月の煌めきが零れる。ゆっくりとベットへと横たわり、マーニャがライアンをそっと抱きしめた。
「…あんたは…丈夫ね…」
 そっとライアンの肩にキスをする。
 静かに響く衣擦れの音。しゃらしゃらと月と共に輝きだす。
「…ああ、私はずっとマーニャを守る…、ずっと側にいる。決して死んだり裏切ったりしない。 だから、いくらでもしがみつけばいい…」
 月に照らされたマーニャの身体は、不思議なほど白く、綺麗だった。ゆっくりと、身体に唇を落してく。
 マーニャはうなずき、また涙を流した。
「そうね…あたし…ライアンとなら強くなれるわね…だってライアンといると、素直に、なれるみたいだもの…」

 心に、身体に…そして魂に刻んでいく。今日の出来事を。今の、このときを。
 それは痛み、それは喜び。…そして愛。マーニャはただぽろぽろと涙を流し、ライアンはその マーニャをそっと抱きしめる。
「初めてだとは知らなかった…辛いか?」
 マーニャは首を振る。
「痛いけど…つらくなんかないわよ。…ただ、これ全部なかったことになるのは…哀しいって って思っただけよ…」
 ふわりと意識を飛ばしながら、マーニャが言う。ライアンはもう一度マーニャを抱きしめ、キスをした。
「もしも、ラグ殿を助け、全てが終り…己の責任を果たし終えた日がきたら…共に旅をしよう。天を地を… 自らの生きる場所として生きていかないか?マーニャと2人で、ずっと生きていこう…おぬしの踊りの舞台を 大地に、おぬしの踊りの明かりを陽に、星に、月にして生きていこう…」
「…あんたはいいの?…自分の生きる目標は…みつかったの?」
 ライアンはマーニャの瞳を見つめる。
「…自らの目的を探して旅をしていくのも悪くない…いや、私はそのために生まれてきたのではないかと思うのだ。 …ただ、生きる目的を、自分が納得できるものをひたすら探す為に、私は生きていこう。…それに おぬしの踊りをいつでも真近に見られるのなら…他には何もいらぬ…」
 腕の中で咲き誇る舞姫をただ、ずっとこの胸に収めていられるならば。太陽と、共に生きていけるならば…
「悪く…ないわね…」
 そう言われ、ライアンはただ、破顔した。
「…そうだな…その時までには、私も楽器くらいは心得るとしよう…」
 マーニャも顔全体で笑う。
「あんたが楽器?!…そうね、上手くなればそれで踊ってあげなくもないわ」
「そうか、なら練習せねばなるまいな…」
 月はただ、雫を落とし、陽はただ、山の腕で光輝いていた。


 空は深遠な色を、形を変えていつも見せる。
(空の城に、神はいなかった…ならば、人は何をよりどころにして生きていけばいいのでしょうか…)
 今日の出来事で判った、いや、ずっと昔から知っていた、…自分のよりどころ。 だが、全ての人にそれがあるわけでもなく…もしよりどころがなければ、ラグのように消えてしまうのだろうか。
 消えない白い雲の上。…高いところが苦手なクリフトは、ただ空をみつめ、祈っていた。
「…まさかクリフトがこんな所にいるなんて思わなかったわ。」
 ふしぎにしっかりとした足元を踏み、栗色の髪をした少女がこちらへと歩いてくる。
「姫…」
 真っ白な足元。真っ白な服。…まるで生粋の天空人のように気高く美しかった。
「クリフト?」
 ぼーと見とれていたクリフトに手をひらひらさせて様子をうかがうアリーナ。
「あ、すみません。なんだか眠れなくて…アリーナ様もですか?」
 アリーナはクリフトの隣りに座り、夜空を見上げる。
「…うん、そう。今日一日、いろんなことがありすぎて、なんだか頭がぐるぐるしてるわ。」
 ざらりとした、ラグの髪の感触。絶望感。マスタードラゴンに立ち向かった、恐怖感。…そして…
「そうですね。…今も思い出すと手が震えます。私がマスタードラゴン様にはむかうなんて…」
「クリフト、でも」
 アリーナの言葉を柔らかくさえぎる。
「ですが、不思議ですね、間違ったことをしたとは今でも思っていません。恐ろしかったですし… 背徳感が消えませんけれど、それでも私はああしてよかったと思います。」
「…私も、そう思っているわ、クリフト。」
「姫様のおかげですよ。」
 月光の下、クリフトがやわらかく微笑む。
「私、何もしてないわ。…知ってたのに、何も出来なかったもの…」
 今ならはっきり思い出せる。…緑の丘に横たわるラグ。胸で光る金の鍵。…いままで見たことのないほど 幸せな笑顔。…それは現実と全く同じだったから。
「いいえ。姫様がもし城を出てラグさんを見にいくとおっしゃってくださらなかったら、もしかして 私は気になったラグさんの様子も、そのまま流していたかもしれません。」
「…でもきっとマーニャさんやミネアさんたちが来てたわよ。」
「それは、いまだから判る推測でしかありません。…私は姫に導かれていました。ですからこれは 姫のおかげです。」
「私、ラグのためになにか出来たのかしら…?」
「ええ。きっと。」
「そう…クリフトがそう言うなら、きっとそうなのね。」
 アリーナは微笑む。クリフトも微笑んだ。

「今日一日で、様々な事を知ったわね…ラグとピサロのこと…」
「ええ、おどろきました。…ピサロを討って旅も終りだと思っていたら、こんなことになるなんて思いも しませんでした。」
「…時が戻るって、どういうことなのかしらね?」
 アリーナが星をみつめながらつぶやいた。クリフトはアリーナを見たが、アリーナはずっと空を 焦がれるようにみつめていた。
「…私にもわかりせん。きっとブライ様にも判らないのでしょうね。魂に刻むと言われましても、 私にはどうすればいいか判りません。」
「そうね…今、クリフトは何をしていたの?」
 こちらを見たアリーナに、クリフトは神官の空気をまとって告げた。
「せめて、自分に出来ることをしようと、ただ祈っていたのです。…私に出来ることはただ祈ることですから… せめて悔いが残らないように、私は祈っていました。」
 そうすれば、自分の中に、魂に刻み込まれると信じて。
「ですが、何に祈ればいいか判らなくなってしまいました。」
 少し寂しげに笑う。そんなクリフトにアリーナは笑う。
「神様に祈ればいいのよ。」
 あっさりと告げられた一言に、思わずクリフトはアリーナを見返した。
「マスタードラゴンは神様じゃないってブライも言ってたわ。…私、クリフトより信心はないけど、 きっと神様っていると思うわ。…今日、心の底からそう思ったわ。」
 そう言うアリーナは、月明かりに照らされ、神々しく輝いていた。
「…そう…ですね…」
 その姿が余りに美しく、女神のようでクリフトは頷いていた。
 ラグは生き返らなかったけれど、もう一度機会を与えられた…その奇跡を作り上げられたのは、どこかにいる神と、 側にいる女神のおかげなのだから。
 二人で、空を見上げる。どこかにいる神へ、奇跡を願う為に。



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