「姫様は、何をしてらしたんですか?」
 クリフトが何気なく聞くと、アリーナは一瞬ひるんだ。
「…姫様?」
「時が戻って、記憶もなくなってしまうのよね…」
「そうですね。…それで私たちが何か出来るかわかりませんけれど、頑張りましょう。」
 そう言って笑うクリフトを見て、アリーナは深呼吸をした。
「私ね、マスタードラゴンの話を聞いてる時、ショックだったわ。…私たちがピサロの穴埋めで、ラグは 最初から死ぬ運命で、それをマスタードラゴンが望んでたって事が、とてもショックだったの。 あんなに、ラグは頑張ってたのに…」
「ええ、姫様はとても怒っていらっしゃいましたね。マスタードラゴン様に立ち向かう姫様は、とても 勇ましかったですよ。」
「ううん、違うの。」
 アリーナが首を振る。そしてクリフトの眼を見つめた。

「…私ね、そう思っていたけど自信がなかったの。マスタードラゴンが言ってるんだもの、もしかしたらそれが 正しいのかもしれないって。…意見を言うのが怖かった。」
「でも姫様は立ち向かわれたじゃありませんか。」
 そう言われ、アリーナはひた、とクリフトを見た。
「…クリフトが、立ち向かったから。私の気持ちを代弁するように、立ち向かってくれたから…だから私も立ち向かえたの。」
「姫さ…」
 クリフトの言葉を聞かないように、アリーナは一気にまくし立てる。
「私ね!私ね、いつもそうだった。クリフトが側にいてくれて、初めて自分らしく行動できた。クリフトが側にいて、 私を応援してくれたら、私その行動が正しいっていつでも信じられた。 クリフトが側にいてくれれば、わたし何でも出来るわ。…ずっとずっとそうだったの、気がつかなかったけど。 こんな気持ち、何ていうのかしらって考えてて…クリフトがマスタードラゴンに立ち向かった時、 私初めてわかったの。」
 そこまで言って、息をつく。そしてゆっくりとアリーナはクリフトに告げた。
「こんな気持ちを『愛してる』って言うんだと思うの。今日、その事に 初めて気がついたわ。私、クリフトが好き。ずっと側に居て欲しい、ってそう思ったのよ。」
 紺碧の空、銀の月、煌めく星…そんな空の下、ただ静かな時が流れた。
 クリフトはただうつむき、アリーナを見ようともしない。
 星が、流れる。永遠ともいえる時が、ただ静かに過ぎていく。
「ごめんなさい。」
 沈黙を破り、アリーナが明るく言った。
「クリフトにこんなこと言っても迷惑だって判ってたの。ただ…せっかく気がついたのに、あさってには忘れちゃう のがもったいなくて…忘れる前に言っておきたかったの。」
 ふわりとすそを翻らせ立ち上がる。
「また明日の夜にね、クリフト。…おやすみなさい」
「姫様!」
 去ろうとするアリーナを、クリフトが呼び止める。
 アリーナが止まる。…そしてゆっくり振り返る。

「え…?」
 その時、アリーナはクリフトに抱きすくめられていた。
「違います、姫様。…どう言ったらいいか判らずに…この思いを、告げることが許されるか判らなくて…」
 応援してくれたラグ。…死んでしまったラグを差し置いて、自分が幸せになることが許されるか判らなくて。
 だけど、応援してくれたからこそ。
 ”どうして、どうして実らないんですか?アリーナさんとクリフトさんは生きてらっしゃるじゃないですか! 二人とも生きてらっしゃるじゃないですか!なのにどうして実らないなんて、そんなことはありません!”
 あれがシンシアとラグのことを言っていたのだと、今ならわかる。
 ”頑張ってくださいね、応援してますから。”
 そう言って笑ってくれたラグ。その言葉に後押しされるように、クリフトはアリーナを抱きしめ、搾り出すように 言った。
「…私も、姫のことを愛しています…初めて逢った時から、ずっと…」
 アリーナも微笑んで、クリフトの腰に手を回す。
 天にも昇る気持ち。まるで花畑が広がるようなそんな気持ちを味わいながら。
(ああ、この気持ちを、ラグさんにも味わって戴きたかった…)
 大切なものを抱きしめ、クリフトは心からそう思った。


 どれほど時が経ったのだろうか。何回、頭上に星が流れただろうか。ただお互いの気持ちを確かめ合うように 二人はずっと抱き合っていた。
「…私はずるいわね…」
「姫様?」
 嬉しそうに言うアリーナの顔を見るために、そっとクリフトは力を緩めた。
「本当は、怖かったの。クリフトに受け入れてもらえなかったらどうしようって。でも…今なら 受け入れてもらえなくても、あさってになったら忘れてくれるから…私言えたんだと思う。… ずるいわね、私って。」
「いいえ、今言ってもらえて嬉しかったですよ、姫。」
 クリフトが笑う。
「これで私も、時を越える覚悟が出来ました。必ずラグさんを助けましょう。」
「うん!…でもこの事も忘れちゃうのよね。…なんだかもったいないな…」
 そう言って笑うアリーナを、クリフトは心から愛しいと思った。
「そうですね。でも、少し良かったと思いますよ。…今度は私から言わせて下さい、姫。」
 アリーナの顔が熱くなる。少し視線をそらして言う。
「でも、その時に私、クリフトのことが好きって気づいていられるかしら…」
「そうですね。…ですが、それでも私は今度こそ告げます。姫を愛していると。」
 吹っ切ったように言うクリフトをみて、アリーナにも自信がわいた。
「ううん、大丈夫。例え気づいてなくったって、心は変わらないもの。きっとまた気がついて みせるわ。…そしたらクリフト、ずっと私の一番側にいて。」
 それにうなずく勇気がクリフトには持てなかった。それはある意味プロポーズで、アリーナは姫だから。
「…嬉しく思います。ですが、姫様、きっと王様はお許しにならないでしょう。」
「もしクリフトが良いって言ってくれるなら…私、お父さまに御願いするもの!ちゃんとりっぱな女王に なるためには、クリフトの存在が必要なんですって。」
「ですが、身分というものが…外聞もよくありませんし…」
 アリーナはクリフトの手を思い切り握る。
「痛いです…姫様…」
「クリフトの嘘つき。」
 すこし臍をまげたアリーナに急いで弁解する。
「違います、私のこの気持ち偽りはありません!…だからこそ、私は…私などが王族になるなど、 不相応だと思えるのです…」
「違うわよ、クリフト。クリフトは昔言ったじゃない。『姫が望むなら、私は なんにでもなりましょう』って、言ってくれたじゃない!…なら、王族になって頂戴。 私、クリフトがいいの。クリフトじゃないと嫌なの。…それとも、あの言葉は嘘なの?」
 いたずらっぽく言うアリーナ。そして、その顔をみて、クリフトも笑う。
「…そうですね。では…二人で許しを得に行きましょうね、姫。許されるか判りませんけれど… それでも許されるまで、王様に御願いいたしましょう。」
「平気、言ったでしょ?私クリフトが側にいてくれれば、何でも出来るもの!」
 そういってアリーナがとても嬉しそうに笑う。
「そうでしたね、忘れていました。」
 クリフトはもう一度アリーナを抱きしめた。自らの仕えし女神を。
「…私も、きっと、姫のためなら何でもできます。ずっと、お側に居ます、アリーナ様…」
 これが、魂に刻まれたかわからない。決して果たされる事のない約束なのかもしれない。
 けれど、確かな自信がそこに生まれた。そして。
「きっと大丈夫ですね。…今奇跡がおきたのですから…またきっと奇跡が起こせます。」
「うん、きっと大丈夫。…クリフトと一緒だもの、奇跡だって起こせるわ。」
 幸せな思いを魂に刻んだ二人は、明日へと、そして過去へと向かう心が出来た。



 過去と向き合ったもの。今をかみ締めたもの。約束を果たしたもの。自分を見つめたもの。 互いを愛したもの。
 星の降る夜をめざすため、時を遡るため、大事な人を取り戻す為、自分の心に何かを宿らせた。
 自分に出来る最高のことをなしえた者達は、確かに自分という器に、大切なものを、大切な 出来事や心と共に刻み込ませた。

 月が降る夜がまたやって来た。七人は謁見の間に集まった。
「…心の闇が取れているな…自らのやり方で、悔いが残らない時を過ごしたようだな…」
 マスタードラゴンが、七人をみて、そう述べた。
 全員がこくんとうなずいた。
「…これから時の流れを遡る。…遡った時から今までの時は世界から消える。記憶も何もかもないものとなる。 覚悟はいいか?」
 もはや言葉はいらなかった。ただ目でマスタードラゴンの問いに答える。
「そうか…ならばこれから魂を抜こう。もうすぐ、星が流れる。その時に備えるが良い。」
 ふわさ、とマスタードラゴンの翼が揺れた。

 トルネコは、そっと胸に手紙を抱え、目を閉じた。一晩かけて書いた、自分の心そのものを、大切に抱えた。
 ブライは自らの杖を持ち、魔法を唱える時のように集中した。それが自分の生き方だから。
 ミネアは、左手を抱きしめ、目を閉じた。夕昏の石がついた指輪を大切に抱えるように、その暖かさを刻み込むように。
 ライアンは、マーニャを後ろから抱きしめた。マーニャはそのライアンの手をそっと握り、祈るように眼を閉じる。
 クリフトはひざまずき、祈る。アリーナもそれに倣いひざまずき、そっとクリフトの手を握って、ただひたすら 祈った。

 星が、月に流れる。マスタードラゴンが吼える。その瞬間、ふっと自分が居なくなるのを感じた。
 ”…私も祈ろう…勇者ラグリュートが、新たな時を迎えられるように…”
 そう聞こえた声の行方は、もはや判らなかった。


 暗く激しい河。時の流れ。ただそれに向かい逆らい泳いでいく魚。
 後ろは滝。その滝はどんどん迫り、魚達を飲み込もうとする。それに負けまいと魚達は泳いでいく。
 岩で身体が傷ついていく。うろこがはがれ、きらきら光る。
 もういいだろうか?ここで滝に落ちれば楽かもしれない、魚達はそうも考える。
 ―――けれど…
 剥がれそうになるうろこ。その中で胸で光る一番大切なうろこを、そっと抱きしめる。 これだけは剥がれないようにと。そしてただ、暗い河を上っていく。

 遠くに、小さな光が見える。淡い星のように小さな光。それは少しずつ近づいてくる。
 ”あそこだ!あそこにむかうのだ!”
 魚達はそう思って、ただ尾びれを動かす。うろこはもう、身体にほとんど残っていなかった。
 光に飛び込む7匹の魚。その向こうに、自分の居場所があった。
 暖かく、居心地のいい場所に魂は飛び込んだ。自らの肉体へ。

 ラグのためにしなければならないことがある。
 デスピサロを倒す事を考えなければならない。
 奇跡を起こさないといけない。
 そう思う記憶はどんどん薄れていく。強く思えば思うほど、意識がはっきりしようとすればするほど、 その記憶は引き伸ばされるように薄く消えていく。
 記憶を止めておこうと思うほど、穴の開いた砂時計のように、薄れていき、別の記憶に すり替わる。
 大切なものを止めておこうと思うほど、別の映像が浮かび上がる。
 それでも七人は強く思う。強く、祈る。
 忘れてはいけない事がある!
 しなければいけないことがある!
 …のために、まだやりのこしたことが…
 …をおこさなくては…
 …が…でしまうから…
 …………


「それじゃ、そろそろいきましょうか。」
 ラグの声で、皆が祈りから我に帰った。

 はい、これでエンディング、スタッフロールが終り、ついに6章に辿り着きました!ほんとう―――――に 長い間ありがとうございました!…まだ終わりませんけれど。しかしここで 終わったら、ある意味壮絶なバッドエンドですね。
 この七人には過去の記憶はありません。ただ「魂」が一緒なだけです。幸せを迎えた人たちも、残念ながら その記憶を有してません。そんな七人に、そしてその七人にその幸せを捨てさせるほど愛されている ラグ君になにができるか、見守ってください。

 そして、マーニャとライアン、クリフトとアリーナがついにくっつきました!長かったです!書きたかった シーンなのでとても嬉しいです。幸せですね!
 えっと、マーニャとライアンのあの描写ですが…色々迷ったんですが、やっぱり18歳と20代後半の 恋愛として必要かな、とそう感じたので書きました。描写自体は少女漫画以下だと思います。(○○禁に するまでもないと思うのですが…どうでしょ?)賛否両論あると思いますが、元々ドラクエにも 「夕べはお楽しみでしたね」等の表現があることですし…と思いまして。

 クリフトとアリーナは…ラブラブですね。星空の下の約束、というのが書きたかったので凄く 本望です。サントハイムの夜の伏線がやっと使えましたし!(長かった…)

 さて、次から久々にラグが書けます!嬉しいです!すこし待たせることになる予定(3/22現在の予定) なのですけれど、見捨てないでお待ちくださいませ。


 


戻る 目次へ トップへ HPトップへ 次へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送