ラグの頭が真っ白になった。
「…それは…本当ですか…?」
「ええ、世界樹の花は…葉では生き返らない、力なき者の魂をも土に眠りし肉体へ宿らせるもの。」
 まともに頭が動かなかった…それは、それは…
「ですが、その奇跡は1000年に一度。エルフである私たちですら見ることは難しいですわ。… 人間の身では、それは不可能と言えるでしょうね。」
「じゃあなに?こんだけ期待させておいて…今は咲かないってこと?」
 マーニャがうんざりしたように言った。
「ええ…以前に咲いたのは800年前だと聞き及んでおりますわ。…世界樹の花は世界樹の全ての 生命の雫を集めるもの。…あと200年はそのエネルギーを蓄えなければ、花は咲かないでしょう。」
「…あと200年ではのう。わしらにはどうしようもあるまいて。」
 ブライがあっさりと言う。それは『過去』に未練を持っていない証拠だった。 辛かった過去を、すっきりとあるべき場所に整理できた…そんな感じだった。だが何故ここまで吹っ切って いるのか、自分にも判らなかった。だが、それも悪くないとブライは思った。

 友を、母を、父を、想い人を…亡き、愛しき者がいるものもみな同じ心境だった。
 渇望しない心。そうしてただ、失ったのではなく、心の奥に色づいていたと… 確かにその過去が、今の自分に生きていると確信できる。
 …これは一体、どこから来たのだろう?

 だが、ただ一人ラグだけは、癒される心も、よりどころも、癒された夜も、持ってはいなかった。
 …現実はこんなにも残酷で。…事実はこんなにも自分を傷つけるものでしかなくて。
 一瞬の希望も、ありえないこととして、ただ受け入れなくてはいけない事。
 ただ、心が凍っていく。あきらめが雪のように心に積もっていく。風のない湖のような心。 自分の運命が、決して変えられることのないことだと、ラグは思う。だから、ただ自分の復讐と、皆の願いの ために生きよう。
 勇者として、デスピサロを討つ事を忘れてはいけないのだと、エルフが言ったように思った。


 ただ、黙々とダンジョンを進んでいく。一体何の為にか、ラグには判らない。ただ、焦燥だけが募っていく。 なにへの焦燥か、世界の危機へか、勇者へ期待か、…仇を討ちたいと言う自分への焦燥か…それとも、ピサロへ の心変わりを起こしそうな、ピサロの心を理解しそうな心へ対する焦燥か…ラグには判らなかった。

 すでに慣れてしまった『ありえない空間』を進み続け…ラグたちは旅の扉の前に辿り着いた。
「…もうすぐ、このダンジョンも終り…そんな気がしますわ」
 ミネアの言葉にみんなが息をつく。
「やっと終わりか…一体どれくらい歩いていたのかしらね?」
「しかしそれにしては…疲れもせず、眠くなりもせず…」
 ライアンの言葉にトルネコが付け足す。
「ええ、お腹も空きませんでしたね。ここは一体どういうところなんでしょうね?」
「神ならざるもの、とは一体なんなんじゃろうな?」
 ブライが首をひねった。その時
「行きましょう。」
 ラグの声が横から挟む。先ほどからラグは言葉をほとんど発しなかった。そして…この声も どこか心ここにあらず、といった感じだった。
 全員が頷いた。だが全員の心のどこかにあせりが見られた。ラグの表情と、何も起こらないダンジョンに。
 ”ここは、一体どこなのだろう?”
 ”『何か』をもたらしてくれるのだろうか?”
 台座に近づき、八人が飛び降りた。
 その先の試練を越えられるかに…『運命』がかかっている。


 そこは、今までとはあまりにも違う空間だった。
「のどかですね…」
 高い崖の上。すこし違う空の色。たくさんの芝生。不思議な火山。そこにかかる美しい樹の絵。そして。
「わわわわわ!」
「大丈夫ですか?トルネコさん?」
 トルネコがつまづいてこけた。ラグがトルネコの手を掴んで起こす。
「大丈夫です…いやいやこんな所に石があるなんて…た、卵?」
 トルネコの足元にあったのは、卵だった。
「こっちには鶏もいるわよ。」
 アリーナが指差した先には、コッコと鳴く、何の変哲もない鶏が居た。
 ミネアが慎重に鶏を観察する。そして。
「間違いありません。…これは…なんの変哲もないただの鶏ですわ。」
 緑あふれる丘。そこにいる鶏。…それはきわめて普通の光景だった。とてもありふれていて、だからこそ異様だった。
「なんなの?これ?あたしたちはたかが卵や鶏のためにあんなダンジョンを越えてきたの?!」
 マーニャがそう叫んだ時だった。
「卵は偉いんだぞ!!!」
「なにおう!鶏こそ偉いんだぞ!!!」



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